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幸せになりたかった僕らは  作者: あさぎ
3.オレの追憶
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まさかここで終わるなんて

 


 沙夜は静かになった。




 あれほど取り乱すなんて。きっと彼女なりに何かあったんだろう。

 とはいえ手を出してしまっては犯罪なのだが、今回はいきなり敷地に入ったオレも悪かった。


 特にオレは今の事についてどうこう言うつもりはない。

 通報もしないし、このままなかった事にしておこうと思った。




 これでようやく帰れるとホッとして背中を向けると、後ろから呟くような声が。




「……り……」

「うん?」


 何か聞こえる。


「……ぱり……」

「……?沙夜?」


 彼女は項垂れたまま口だけをぼそぼそと動かす。


「……やっぱり……」


 やっぱり?


 意味ありげな発言に思わず振り向くと、そこにはぶつぶつと足元を見ながら呟き続ける沙夜がいた。


「……沙夜、どうし……」

「やっぱりそうだった!」


 心配の声を遮り、沙夜は突然大声で叫び出した。


「ああ、やっぱり……!やっぱりそうだった!やっぱり彼を殺すつもりだったんだ、亜夜……!」

「沙夜!違う、それは……!」

「亜夜は、」

「頼む!聞いてくれ……!違うんだ、沙夜……!」


 弁解しようにも声は届かず。

 沙夜にはもう何も聞こえていないようだ。


 今の彼女の中には姉に対する憎悪、それしかなかった。

 黒い激情が彼女を完全に支配していた。







 言葉を失い、圧倒されていると後ろに気配が。


 物音。何かが近くでガサガサと蠢いている。


 野良猫?それにしては音が大きい気がして。


 まさか家の主が帰ってきた?

 亜夜の話だと、今日は遅くなる日のはず。

 留守を狙ったつもりだったが……




 生い茂った生垣の向こう、隙間からちらっと見えた。


 アパートのすぐそば、道路を歩くその人影は男のようだ。


 黒いトレンチコートを着ている。

 オレと同じように仕事終わりだろうか。


 オレと同じように歩いてきて、今ちょうどまさに敷地に入ってきた。


 沙夜はまだ一人虚空に向かって叫んでいる。




 これは、あの男本人のご登場か?

 それともまた別の人間か?




 どちらにせよあまり良い状況ではない。




 その男に話しかけようとすると、沙夜がまた叫んだ。ひときわ大きな声で。


「京介!そいつよ、そいつ……亜夜の男!」







 声の大きさに驚き沙夜の方をオレが向いた瞬間、首に紐状の何かが引っかかる。


 紐をなんとか外そうと、そして締まっていく苦しさから逃れようと、首を爪で引っ掻くように暴れもがくも……抵抗虚しくそれはスルスルと締まっていった。




「……っ!ぐっ……!」


 息苦しさ。そして肉に食い込む痛み。


 必死にもがくも首を後ろにぐぐぐっと引っ張られ、そしてまた思いっきり締め上げられて。




「……っ!!」


 目の前がチカチカしたかと思ったら、急にスイッチでも切ったかのようにフッと真っ暗になった。




 ああ、どうやらここで終わるらしい。オレは。


 ごめんな、亜夜。

 君の言う通りだったのかもしれない。

 あるいはオレじゃなくて警察に任せればよかったのかもしれない。


 そうしていれば、今頃きっと……







 どさっと膝から崩れ落ち土の上にぐったり横たわるオレから、足音が二つ離れていく。


 コツコツと硬いコンクリートを踏んでいくそれはピタッとどこかで止まり、途端に始まる囁くような話し声。


 なんだか物騒な内容のようにも聞こえて、最後までしっかり聞いていたいところだが……音は耳に入っても、その意味まではもう分からなかった。







「ありがとう、京介。助かったわ」

「……たな」

「ところで、……持ってきた?」

「ああ。……だ。はい」

「……」

「……ら……か?」

「う〜ん、もう少し様子……と思って……けど……やっぱり……」

「……」

「明日……わ。もう……れない」

「……!」

「……!あの女……!」

「……のか?」

「……!……終わらせて……!!」







 アパートの塀の上に止まっていたカラスが一羽。

 しゃがれ声で一声大きく鳴くと、どこかへ飛び立っていった。



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