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幸せになりたかった僕らは  作者: あさぎ
2.アタシの話
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彼女は終わり、アタシは始まる



 そして、その日。姉は死んだ。


 元々何もせずとも死ぬ予定だったというのに、わざわざあの人の手にかかって果てるなんて。

 なんて贅沢な。


 最期までどこまでも憎たらしい女だった。




 アタシは彼に愛されたかった。ただそれだけだった。


 姉が消えても、すぐに愛してもらえるとは思っていなかった。


 けどそれでも、いつかは……と思っていた。




 でも、あの女は今も変わらず彼を縛り続けている。


 今も彼の口はあの名を紡ぐ。

 今も彼の目にはあの女が映っている。


 未だに。前と変わらず。


 もはや悪霊なんじゃないかとさえ思えてくるほどの強い呪縛。


 とっとと成仏しろよと毎日念じてはいるけど、面の皮の厚い彼女の事だ……きっとそんなの気にも留めないだろう。


 自称天然で、都合の悪い事には決まっていつも返事は『ふぇ?』。

 作り物の気持ち悪い声で。


 今頃あの世で『なんかぁ、妹に言われてるみたいでぇ〜』とか呑気にほざいているだろう。







 アタシ、仕事は得意だった。

 営業マンとして自分で戦略を考え、きちんと数字で成果を出す。売上は部内トップ。ダントツで。


 学生の頃は数学が得意だった。

 理論的に突き詰めて、答えを導き出すのが得意だった。


 だから今も迅速で合理的な動きを常に考えて動いている。




 しかし、逆に苦手なのは人間関係だった。

 会話はいつもなんだかぎこちないし、立ち回りだって下手くそ。

 どこに行ってもすぐ浮いてしまう。


 人間相手じゃどんなにしっかり説明しても、理不尽に逆ギレされて終わり。

 意見の擦り合わせなんて苦手だし、ましてやできないやつに合わせるなんて苦痛でしかない。

 だから、職場でもよく揉めて何度も注意を食らっていた。


 業務は遂行できても、人間はうまく扱えない。

 誰かとうまくいかなくなって、悪い立場にどんどん追い込まれて。また別の人とぶつかって……


 次々と問題が起きて、次々と人がアタシの敵になっていく。


 世渡り上手、と呼ばれる人間達の真逆を生きていた。

 人間社会で生きるのが壊滅的に下手くそだった。




 しかし、逆にそれは姉の得意分野でもあった。

 腹が立つほどに。




 亜夜はアタシとは正反対で、仕事のできない女だった。


 キャパオーバーになるまで仕事を受けて、遅くまでダラダラと残業。

 その上ミスしてばかり、同僚の足を引っ張ってばかり。

 実際見に行った事はないが、話を聞く限りかなりの問題社員のようだった。


 でもなぜかいつも笑って許されていた。

 そういう、自分に都合のいい環境を作るのが彼女はやたら上手かった。


 また、彼女はずっと彼氏が途切れない女だった。

 別にそこまで美女ではなかったが、よくモテていた。

 ぽっちゃりしてて、胸もでかかったし。


 変な奴にストーカーされたり問題も色々あったにはあったらしいが、それすら周りが何とかしてくれたらしい。


 自分では何もできないのに、他人に頼ることばかり上手で。




 そんな彼女の方が圧倒的に人生を謳歌していた。

 毎日を楽しんでいた。




 何度も何度も壁にぶつかって失敗して……なんて苦しみばかりのアタシとは大違い。


 羨ましいとか通り越して、もうなるべく見ないようにしていたくらいだ。大人になるまで。


 それまでずっと避け続けていた。

 社会人になったある日、彼女の方から電話が来るまでは。




 別に彼女と仲良くなったとかそういう訳ではない。


 むしろ未だに見ていてイライラするほどだ。

 好きになんてなれやしない。


 とはいえ、大人だしそれなりには対応する……彼女はそれを打ち解けたと勝手に都合よく解釈しているようだが。

 ありがたい事に、そのおかげでアタシの黒い本心も気づかれずに済んでいる。




 だから、そうではなくて。

 アタシ達姉妹を再び結びつけたのは、彼の存在だった。


 姉の愚痴。そこで初めて彼の事を知り。

 その後、直接何回か会っていくうちに……アタシはどっぷりとハマってしまったのだ。

 どこか薄暗く重苦しいその雰囲気に。彼の纏う闇に惹き(引き)込まれてしまった。


 暗い沼の底に沈み、そこから助けを呼んでいるかのようで。

 弱々しくて、脆くて、儚くて。


 精一杯虚勢を張っておきながら、どこか助けてあげたくなるような弱さをその内に隠していた。




 彼女もおそらくそこに惚れたんだと思う。

 それはアタシにもなんとなく分かる気がする。


 最期まで好きになれなかったけど……そういった理解できるところも少しだけ、あるにはあった。







 だから、むしろアタシは神様に祝福されるべきだったんだ。


 良い事をしたんだから。




 彼女の事は疎ましく思ってはいたが、恨みが原因で殺した訳じゃない。


 彼女がいつも会うたびにつらい、死にたい、と言うから。

 助けてあげただけ。


 婚約者を失い、絶望し、精神の限界を訴えていたから。

 終わらせてあげただけ。


 彼女の幸せを叶えてあげただけ。




 なのに、なのに。

 ここまでして実らない事ってあるのね。

 神様ってほんと不公平。




 でも、黙っちゃいられない。アタシの性格上。

 このままで終わりたくない。




 だから始めるの。

 助っ人もいるし、準備だって万端。




 躊躇いや、良心の叱責もあるにはあった。


 けど……昨日亜夜の彼氏がわざわざ訪れてきてくれて、ご丁寧に引き金を引いてくれた。


 あの『悲劇のヒロインさん』が、裏で『計画』の事を嗅ぎ回っている事を教えてくれた。




 だから、始めるしかない。

 もう事態は進んでしまっている。ここで止まっては駄目。


 きっと神様がアタシに、タイミングは今だと教えてくれているのだ。




 ようやく始まる、この『計画』。


 アタシは始まるの。

 苦しみに耐えるだけの世界はもう終わり。


 アタシ、これから幸せになるんだから。

 幸せを掴み取るんだ、アタシ自身の手で。


 これから、始まるんだ……



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