彼女は終わり、アタシは始まる
そして、その日。姉は死んだ。
元々何もせずとも死ぬ予定だったというのに、わざわざあの人の手にかかって果てるなんて。
なんて贅沢な。
最期までどこまでも憎たらしい女だった。
アタシは彼に愛されたかった。ただそれだけだった。
姉が消えても、すぐに愛してもらえるとは思っていなかった。
けどそれでも、いつかは……と思っていた。
でも、あの女は今も変わらず彼を縛り続けている。
今も彼の口はあの名を紡ぐ。
今も彼の目にはあの女が映っている。
未だに。前と変わらず。
もはや悪霊なんじゃないかとさえ思えてくるほどの強い呪縛。
とっとと成仏しろよと毎日念じてはいるけど、面の皮の厚い彼女の事だ……きっとそんなの気にも留めないだろう。
自称天然で、都合の悪い事には決まっていつも返事は『ふぇ?』。
作り物の気持ち悪い声で。
今頃あの世で『なんかぁ、妹に言われてるみたいでぇ〜』とか呑気にほざいているだろう。
アタシ、仕事は得意だった。
営業マンとして自分で戦略を考え、きちんと数字で成果を出す。売上は部内トップ。ダントツで。
学生の頃は数学が得意だった。
理論的に突き詰めて、答えを導き出すのが得意だった。
だから今も迅速で合理的な動きを常に考えて動いている。
しかし、逆に苦手なのは人間関係だった。
会話はいつもなんだかぎこちないし、立ち回りだって下手くそ。
どこに行ってもすぐ浮いてしまう。
人間相手じゃどんなにしっかり説明しても、理不尽に逆ギレされて終わり。
意見の擦り合わせなんて苦手だし、ましてやできないやつに合わせるなんて苦痛でしかない。
だから、職場でもよく揉めて何度も注意を食らっていた。
業務は遂行できても、人間はうまく扱えない。
誰かとうまくいかなくなって、悪い立場にどんどん追い込まれて。また別の人とぶつかって……
次々と問題が起きて、次々と人がアタシの敵になっていく。
世渡り上手、と呼ばれる人間達の真逆を生きていた。
人間社会で生きるのが壊滅的に下手くそだった。
しかし、逆にそれは姉の得意分野でもあった。
腹が立つほどに。
亜夜はアタシとは正反対で、仕事のできない女だった。
キャパオーバーになるまで仕事を受けて、遅くまでダラダラと残業。
その上ミスしてばかり、同僚の足を引っ張ってばかり。
実際見に行った事はないが、話を聞く限りかなりの問題社員のようだった。
でもなぜかいつも笑って許されていた。
そういう、自分に都合のいい環境を作るのが彼女はやたら上手かった。
また、彼女はずっと彼氏が途切れない女だった。
別にそこまで美女ではなかったが、よくモテていた。
ぽっちゃりしてて、胸もでかかったし。
変な奴にストーカーされたり問題も色々あったにはあったらしいが、それすら周りが何とかしてくれたらしい。
自分では何もできないのに、他人に頼ることばかり上手で。
そんな彼女の方が圧倒的に人生を謳歌していた。
毎日を楽しんでいた。
何度も何度も壁にぶつかって失敗して……なんて苦しみばかりのアタシとは大違い。
羨ましいとか通り越して、もうなるべく見ないようにしていたくらいだ。大人になるまで。
それまでずっと避け続けていた。
社会人になったある日、彼女の方から電話が来るまでは。
別に彼女と仲良くなったとかそういう訳ではない。
むしろ未だに見ていてイライラするほどだ。
好きになんてなれやしない。
とはいえ、大人だしそれなりには対応する……彼女はそれを打ち解けたと勝手に都合よく解釈しているようだが。
ありがたい事に、そのおかげでアタシの黒い本心も気づかれずに済んでいる。
だから、そうではなくて。
アタシ達姉妹を再び結びつけたのは、彼の存在だった。
姉の愚痴。そこで初めて彼の事を知り。
その後、直接何回か会っていくうちに……アタシはどっぷりとハマってしまったのだ。
どこか薄暗く重苦しいその雰囲気に。彼の纏う闇に惹き込まれてしまった。
暗い沼の底に沈み、そこから助けを呼んでいるかのようで。
弱々しくて、脆くて、儚くて。
精一杯虚勢を張っておきながら、どこか助けてあげたくなるような弱さをその内に隠していた。
彼女もおそらくそこに惚れたんだと思う。
それはアタシにもなんとなく分かる気がする。
最期まで好きになれなかったけど……そういった理解できるところも少しだけ、あるにはあった。
だから、むしろアタシは神様に祝福されるべきだったんだ。
良い事をしたんだから。
彼女の事は疎ましく思ってはいたが、恨みが原因で殺した訳じゃない。
彼女がいつも会うたびにつらい、死にたい、と言うから。
助けてあげただけ。
婚約者を失い、絶望し、精神の限界を訴えていたから。
終わらせてあげただけ。
彼女の幸せを叶えてあげただけ。
なのに、なのに。
ここまでして実らない事ってあるのね。
神様ってほんと不公平。
でも、黙っちゃいられない。アタシの性格上。
このままで終わりたくない。
だから始めるの。
助っ人もいるし、準備だって万端。
躊躇いや、良心の叱責もあるにはあった。
けど……昨日亜夜の彼氏がわざわざ訪れてきてくれて、ご丁寧に引き金を引いてくれた。
あの『悲劇のヒロインさん』が、裏で『計画』の事を嗅ぎ回っている事を教えてくれた。
だから、始めるしかない。
もう事態は進んでしまっている。ここで止まっては駄目。
きっと神様がアタシに、タイミングは今だと教えてくれているのだ。
ようやく始まる、この『計画』。
アタシは始まるの。
苦しみに耐えるだけの世界はもう終わり。
アタシ、これから幸せになるんだから。
幸せを掴み取るんだ、アタシ自身の手で。
これから、始まるんだ……