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幸せになりたかった僕らは  作者: あさぎ
1.俺の記憶
3/16

こんなんで終わるのかよ



 思えば、最初からもう駄目だったのかもしれない。




 沙夜は壊れていた。


 いや、厳密にいうと『壊れていった』なのかもしれないが。




 あの後、沙夜は俺と会うたびに少しずつおかしくなっていった。


 それもそうだろう、俺が愛しているのは亜夜なのだから。


 最中に呼ぶ名前も、思い浮かべる顔も……




 最初こそ本当に淡々としていた。

 彼女も俺も機械的に動いていた。




 が、徐々に変わっていったのだ。沙夜が。


 顔色を伺いながら必死に媚を売って。

 無理矢理、慣れない猫撫で声を出して。

 雰囲気も服装もガラリと変えて。


 そんな極端に変えてまで、俺に擦り寄って。




 体だけでいい、愛などいらないと言いつつ……それでも結局のところ彼女は愛を求めていた。


 本能の成せる技なのか。それとも……




 そんな事はどうでもいいが、俺にとってはとにかくめんどくさくて仕方がなかった。


 言ってる事とやっている事がまるで違うのだから。

 約束と違う。とんだ詐欺師だ。


 必死で縋ってくる姿は、ただただ吐き気を催すだけで。




 沙夜がそんな風に変わり始めてから、俺は人として認識しなくなった。

 それ以前は少し情のようなものはあったのだが、それすらもうめんどくさくなって。


 それもあの日した約束のうちだから。

 誰も文句は言えないだろう。




 そして彼女……いや、『アレ』はただの部屋の家具となった。


 亜夜の代わりに行為をするための、肌触りが良くて暖かい人形。

 シリコンでもソフビでもない。


 時おり同じような音を流す、壊れたスピーカーつきの。

 そう、さっきのような短いメロディの。








 さて、思い出話はここまで。明日も仕事だ。

 夜中の散歩もなかなか良かったが、翌日に響いちゃ困る。


 頭も冷めてきたし、そろそろ帰るとするか。




 くるりとその場で踵を返すと、ふと人影が目に入った。


 こんな夜更けに散歩か、アンタも。




 俺より背の高い、黒いロングコートの男。


 この顔、なんとなく見覚えがあるような気もする。

 誰だったっけか。




 俺の後をつけていたらしいそいつは逃げようと駆け出した。


 が、すぐに考えを変えたらしく踵を返して今度はこちらに早足で歩いてくる。




 ふいに近くでガサガサと大きな物音がして、俺の意識は脇に逸れる。

 振り向くと、道端のゴミを漁っていたらしいカラスが慌てて逃げるように飛び立っていった。


 夜の街並みにダミ声がけたたましく響く。




 しかし、喧しいそれにも目をくれず。

 ずかずかと近づいてくる、そいつ。


 なかなか良い度胸してんじゃん。




 話しかけてくるかと身構えていたら、涼しい顔で真横を通り過ぎて行った。




 あれ……?何もない。

 風圧で揺れた前髪を手櫛で直して、思わず二、三度瞬き。


 なんだよ、ビビったのか?ちょっと拍子抜け。




 そういえば。

 横目でちらっと見えた、顔の泣きほくろ。


 あれは……知っている。

 いつだったかは忘れた。でも、はっきりと見た記憶がある。


 で……誰だっけ?







 通り過ぎたと思ったその瞬間、頭の後ろに重い激痛。




「……っ?!」




 ドクドクと噴き出る赤。


 ぐわんぐわんと歪みつつ回る視界。


 目の前に現れたアスファルト。




 頭の痛みに加えて、全身が地面に叩きつけられる鈍い痛みも追加されて。


 ズキズキと脈に合わせて世界が点滅している。




 くそ!くそっ……!


 ふざけんな……!!おい、てめぇ!!


 おい!聞いてんのか!おい……!!!




 気持ち的には大声で怒鳴りつけているつもりだったが、どれだけ強く搾り出そうにも、吐息が漏れるような微かな声しか出てこない。




 狭まっていく視界の中で、アイツはいやらしくニヤニヤと笑っている。

 わざわざしゃがんで俺の顔を覗き込みながら。


 ああ、この感じ。

 会った時もこうやってヘラヘラ笑ってたんだ。


 この嫌らしい感じ……そう。アイツだ、アイツ。

 知ってるはずなんだが、名前が出ない。


 最期まで思い出せないのもなんだか気持ち悪い。

 いちいちムカつく野郎だな。




 しかし、罵声も文句の一つも言えないまま俺の意識はそこで途切れてしまった。



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