僕らの話はここで終わり
ああ、終わった。やっと。
ガクンと力が抜け、地面に引き込まれるように座り込んだ。
肩の力が抜けて、どっと出てきた今更の疲れ。
部外者を片付け、亜夜を始末し、邪魔なあの男を潰して。
我ながら結構よく働いたと思う。
あのタイミングで部外者が現れるとは、正直想定外だった。
亜夜の彼氏の男。まさか来るとは思ってもいなくて。
色々と噴き出たそれは、もはや拭ってどうにかなるようなレベルではなくて。
結局僕の手に負えず自殺の通報という体で誤魔化し、あとは警察に任せてしまった。
そして亜夜。
薬が回りふらふらの彼女はあの男がトドメを刺してくれて。
処分までやってくれたからかなり楽だった。
本当は彼女自身に罪はない。
申し訳ない気持ちもあったが……沙夜のため、葬った。
最後に、あの男。
憎いアイツ。想い人を狂わせた張本人……
暇さえあれば彼の後をつけて様子を伺っていて。
根気強く狙い続けて、とうとう隙を見せたところを僕の手で葬った。
ここだけはどうしても自分でやっておきたかったから。
何故だと言いたげな彼を、心からの笑顔で送り出してやった。
ひとまず『計画』は全て終わり。
そしてこれまた予想外だったが、沙夜の苦しみも……今こうして終わった。
色々あったが、実はこれでも『計画』が始まってからまだ一年も経っていなかったのがなんとも驚きだ。
まるでもう何年もこの『計画』のため動いていたような気さえしていた。
しかし、カレンダーは何枚か進んだがまだ同じ年のまま。
短い間だったが、随分と濃縮された日々だった。
やっと目標達成。
ほら、沙夜だって笑ってる……
喜べよ。おい……喜べ、僕。
「……」
にっこりと笑ったつもりだった。
しかし、握りしめた包丁に映っていたのは浮かない顔をしたなんとも不細工な男。
もさっとしてていまいちパッとしない顔。
顎はいかつくて、大きな福耳で、鼻は丸くて、とてもじゃないけどイケメンとはほど遠いような。
自分でもあまり好きではなかった。
でも、一箇所だけ自慢できるところがあって。
それが目元。
はっきりとした二重の目に、右目の下の泣きぼくろ。
そこだけは割と整っていた。
『ここだけ見たらイケメンじゃん』なんて言って。
いつもブサ男だなんだって言って僕をからかっていた沙夜の、ぶっきらぼうな褒め言葉。
それが、想いを寄せていた彼女に初めて褒められた瞬間だった。
本人はその場のノリで言っただけでたいして深く考えていないようだったが、それでも嬉しかった。
しばらく脳内で再生が止まらなくなるほど、本当に嬉しくて嬉しくて……
ああ、懐かしいな。
こうして思い出に耽っている間に、何回か頬をスーッと何かが伝っていった。
あ〜あ。
こうして長々回り道して、苦労して、ようやく……幸せになれるはずだったんだけどな。
なんだったんだ今まで。何をしていたんだ僕は。
骨折り損のくたびれ儲け。
結局、誰も何も解決していないじゃないか。
ははっ、馬鹿らしいや。なんだか笑えてきた。
誰だよ、間違えたの。何してんだ僕ら。
どこから間違えた?
亜夜があの男に出会ってから?あるいは沙夜と会ってから?
誰が間違えた?
あの男?亜夜?沙夜?
……
…………
いやむしろ、僕……?
みんな、幸せになろうとはしていたのだ。
それぞれ全員そう思ってはいた。
あの男は亜夜と幸せになりたかった。
亜夜とその恋人は結婚してこれから幸せになるつもりだった。
沙夜は幸せになりたくて『計画』を作った。
僕はそんな沙夜を救いたくて、色々と暗躍していた。
だけど、終わってしまった。
まさか。いやまさか……僕が『終わらせてしまった』?
なんだよそれ。そんな、馬鹿な話……
……
もう、何が何だか。分からない。
なんだか疲れてしまった。
包丁はまだ滴が垂れてぬらぬらとしていた。
ギラギラ光るその先端をゆっくりと自分に向け、沙夜の生きた証がたっぷり付いたままのそれを……僕は迎え入れた。
赤が飛び散り、地面が目の前に現れて。
まだ生きていたいと訴えてくる本能を無理矢理抑え、そのままじっとしていた。
とろんとした微睡の中、鈍い痛みが何度も僕を叩き起こそうとしたが、同時にふわふわとした意識が優しく僕を寝かしつけてくれていた。
それすらもやがて分からなくなり。
辺りは段々と暗くなっていって、僕は終わった。
愛する人がすやすやと永眠る、その隣で。
遠くから救急車のサイレンが近づいてくるのがぼんやり聞こえる。
いつの間にか誰かに通報されていたらしい。
僕が今までやっていたように、僕らもやがて誰かの手で処理されるんだろう。
幸せになりたかった、僕らは。
幸せになれなかった、僕らは。
ここで、終わった。
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