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幸せになりたかった僕らは  作者: あさぎ
5.僕らの終わり
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不器用な姉妹



 第三者の僕にははっきり見えていた。

 その先のストーリーが。


 その末路が。




「『これから』なんて無いよ」


 沙夜の目はぐりんと僕から逃げていった。


 それでも僕は話を続ける。

 慰めるように、諭すように、そして宥めるように。

 傷まみれの彼女をこれ以上苦しめないように優しく。


「彼との先に明るい未来なんて無い」

「……」

「ただ、沙夜がもっと苦しくなるだけ……先にあるのはそれだけなんだ」




 あの男に縋り続ける限り、その先にあるのは地獄。

 彼には亜夜しか見えていないのだから。


 沙夜自身も十分それは分かっていたはず。


 しかし。

 あまりに強すぎた『想い』は彼女の冷静な思考を奪い去り、もはや暴走していた……


 だからどんどん闇に飲み込まれていく彼女を止めるため、元凶を絶ったのだ。




 大人しくなった彼女はその場にへなへなとへたり込んだ。

 光の無い真っ暗な瞳はただ虚空を見つめていて。


「もう遅いから帰りなよ。僕は休みだけど、沙夜は明日仕事だろ?後始末なら大丈夫、僕一人でやるから……」


 手を差し出すも、微動だにしない。


「沙夜……」


 背負って行こうか?と背中を差し出し呼びかけると、沙夜は突然立ち上がって。

 それと同時に、背中に鋭い痛みが走る。




「……っ!……さ、沙夜?!」


 返事はない。




 視野の端に見える黒い柄。

 おそらく僕の背中に突き刺さっているであろうそれ……沙夜の握りしめている、それは。


 その大きさからしておそらく包丁。


 どこかに隠し持っていたようだ。




 滴り落ちる赤を慌てて服で押さえ振り向くと、沙夜はその場で体を揺らしながらヘラヘラと笑っていた。


 最初からこうするつもりだったのか、それとも……

 今になってはもう分からないが。




 笑う沙夜。今まで見た事も無いような表情で。

 糸のように細くなった目、綺麗な弧を描く唇。


 普通ならこれを満面の笑顔というのだろうが……僕には見えてしまった。仮面の向こう側の顔が。


 とうとうタガが外れてしまった。

 ついに沙夜は本当に壊れてしまった。


 壊れてしまわないようにと今まで必死に計画し、動いて。

 散々尽くしてきたというのに。

 とうとうおかしくなってしまった。


 あれほど大切にしていながら、僕が壊してしまった。







 汚れ仕事は僕がやるから。

 それは僕があの日彼女に言った言葉。


 自分に対する宣誓の言葉でもあった。

 愛する沙夜を守ると決めた、誓いの言葉だった。




 彼女には普通の人間のままでいてほしかった。

 この『計画』が終わったら綺麗さっぱり、いつも通りに戻ってほしかった。


 元凶を断ち、苦しみを終わらせて。

 元の明るさを、笑顔を、取り戻してほしかった。


 それがこの『計画』での僕の狙いであり、願いだった。


 全ては沙夜の笑顔を再び取り戻すためだった。







 沙夜は仕事ができると豪語しているが、正直はたから見ればそこまでではなかった。

 やや人見知り気味の、至って普通の社員だった。


 でも人見知りというデメリットまでありながら、売り上げは常にしっかりトップを維持し続けていた。


 なぜか?


 それは、みんなから支えられているから。

 影で支えてもらえているから、彼女はそう思い込み続けていられたのだ。


 嫌われる事が多いそのキツい性格。

 しかし、そんな性格を分かっていて助けてくれる人がいた。

 その人数こそ少ないが、でもちゃんといた。

 一部の人だけとはいえ、確かにそこに暖かい思いがあったのは確かなのだ。


 口下手で要領悪くて、失敗も多くて。

 でも、好きな分野ではピカイチ。右に出る者はいない。

 そんな彼女の不器用な性格が愛されていたのだ。




 実際、僕もそんな彼女を愛している。


 幼馴染として関わっているうちに段々と好きになって……かれこれ十何年の長い長い片思い。


 素直じゃ無くて、天邪鬼で。

 口を開けば冷たい言葉のオンパレード。


 でも、たまに本当に心を許した相手にのみ見せる笑顔が子供のように無邪気で。

 普段とのギャップもあり、それがとんでもなく可愛いのだ。




 不器用な人間といえば……姉、亜夜もまたそうだった。


 昔からいつも優柔不断だと自分を卑下していたが、違う。

 いつも人のことばかり気にしすぎていたのだ。


 小さい頃から姉だからと何かと妹のお守りを任され、学校でもなんとなく世話する側に回り……彼女の日常は常に他人が中心だった。


 人のために、人を喜ばせる事をする。多少自分が苦しんでもいいから。

 それが彼女の世界だった。


 それゆえに、人が喜ばない事……誰かに嫌われる事を異常なほど怖がっていた。




 しかし、そんな彼女の優しい心があったからあの男の世界は明るくなったのだ。


 慎重で相手にとても気を使う性格であるがゆえに、あの男の本質に気づけた。

 誰も見抜けないような、彼の心の底奥深くにある苦しみに彼女だけは気づく事ができた。


 だから、不完全ながらもああやって彼を救う事ができた。

 残念ながら救済は途中で終わってしまったが……


 亜夜は亜夜で、沙耶とは違った……しかしこれまた不器用な性格だった。






 二人ともそうやって幸せ者だったのに。

 あの男が狂わせてしまった。


 そして、せめて愛する沙夜だけはと思って……結局今度は僕が壊した、という訳だ。



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