幸せのための『計画』
虚ろな目がギョロリと動き、しっかりと僕を捕らえた。
しまった。見られた。
「さ、沙夜?!そんな……!家にいたんじゃなかったのか?!」
「どうして……」
「違うんだ!これは、これは……」
「殺したの?あの人を」
「いや、その……」
そう。僕が殺したんだ。
……なんて言える訳もなく。
「殺したの?アンタが?」
「……」
「どうして?」
「……」
「ねぇ。ねぇ、どうして?」
僕はただ沙夜の足元を見つめる。
色褪せて所々砂の付いた靴は、まるで持ち主を表すかのように今にも破れて壊れてしまいそうで。
沙夜はさっきから変わらず生気がなくぼんやりとしていたが、足だけは忙しなく貧乏ゆすりをしていた。
「ねぇ、京介」
「……」
「ねぇ、」
「……」
「ねぇ……ねぇ!」
急な大声に思わず僕の体が跳ねる。
「ねぇ!どうして……!どうして彼を殺したの!」
「……」
「どうして!どうして私から奪ったの……!なんで!どうして!ねぇ!」
「沙夜……」
「どうして!ようやく、やっと……アタシは幸せになれるはずだったのに!」
「……」
「アンタは知ってるでしょう、アタシの事!散々説明したもんね、あの『計画』の最初に!」
『計画』。
それは姉の殺害計画、ただそれだけのつもりだった。
それで終わるつもりだった。
「ああ。沙夜の気持ちは知ってたよ、知ってた。だからあの日、睡眠薬を沙夜に渡して……」
僕は、とある製薬会社の工場で働いている。
実はそれがこの『計画』の発端だった。
全ての大元のきっかけは、休日のランチ。
ある日突然久々に会おうと沙夜から誘われて行った、それ。
関係が進展するかもしれない、とわずかな希望に胸を膨らませていた僕は精一杯のおしゃれ(といっても沙夜からは『なんか、京介らしいね』と微妙な評価だったが)をしてその場に挑んだのだが。
美味しい料理に舌鼓を打ち、懐かしい話に花を咲かせていたら、ふいに彼女の表情は暗くなり。
そこで彼女の抱える苦しみを打ち明けてくれた。
想い人は姉の恋人。
だが、姉の心はすでに離れていて。
それならさっさと別れてほしいのに、姉はぐずぐずと曖昧なまま続けていて。
ならば仕方ない、諦めようかと思えば……愚痴と称して想い人の話をしてきて。
どうにか忘れようとしているのに、阻むのだ。
無慈悲にも忘れることすら許されず。
諦めようにも、中途半端に残されている希望。
それを生み出してしまったのは、姉。
ただでさえ元々憎んでいた相手だ。
心はみるみる真っ黒に染まっていった。
とはいえ自分にも良心はあるし、そしてなにより毎日の生活がある。
ここで罪を犯す訳にはいかない。
でも……
そんな自分の中で渦巻く闇に苦しみ続ける沙夜に、これなら『簡単』だと……その日僕から提案した。
彼女のつらそうな顔をそれ以上見ていられなかったから。
その話をした時、沙夜は信じられないという顔をしていたが……今思えばそれがある意味最後の、壊れる前の彼女の本当の心だったのかもしれない。
そして僕は『計画』のため、夜中に倉庫にこっそり忍び込み睡眠薬を盗み出した。
それを粉々に砕いて袋に入れたものを沙夜に渡し、コーヒーに混ぜて亜夜に飲ませて……
その後想定外の事態が起きて、結局予定と違う終わりを迎えたのだが。
どのみち終わりは終わりだ。結果オーライだった。
「……なら!どうして奪うの!アタシの幸せを!アタシ達のこれからを!」
アタシ、幸せになりたいの。
僕と『計画』を練ったあの日、最後にポツリとそう漏らしていた。
姉さえいなければ、あの男と付き合えるかもしれない。
それにもし駄目だったとしても、まだ諦めがつく。
そう彼女は言っていた。
だから、ここで姉を始末してしまえばあとはうまく行く……と。
珍しいな、と僕はその時思った。
計算高く賢いあの沙夜がここで見込みを外すなんて、と。