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幸せになりたかった僕らは  作者: あさぎ
1.俺の記憶
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ああ、イライラ

 


 体をくねらせ、俺に擦り寄ってくるソレ。


「あなたが好きなの」


 そう言いながら、俺の首筋をゆっくりなぞる冷たい指。


「好きよ」


 機械のように同じトーンで淡々と繰り返される。


「好き」


 しかし、その音色は俺が愛したあの人とあまりにも似過ぎていて。




「あなたが、」

「……っ!やめろ!」


 怒りのまま、俺は拳を叩き込んだ。




 もう随分慣れたもんで、いちいち手元を見ずとも狙いは正確。

 ソレは蛙の潰れるような声と共に床に勢いよく倒れ、激しく咽せながら腹を抱えてもがいていた。


 行く手を塞ぐように横たわっているのをつま先で蹴飛ばすと、俺は部屋を後にした。







「変な真似しやがって……!」


 ああ、イライラする。アレのせいで。


 勢いのまま外に出た俺は適当に家の周りをぶらぶらしているが、ふつふつ湧いてくる怒りは一向に収まらない。







 亜夜は死んだ。

 俺の彼女だった。本気で愛した人だった。


 同棲していたのだが、ある日彼女は行先も告げず突然出かけていったのだ。


 なんとなく行き先の目星はついていた。

 おそらくまた妹の家に遊びに行ったんだろう、と……分かってはいた。




 それでも。


 俺は不安と心配で怒りが頂点に達し、彼女が帰って来るなり口論になった。


 そしてつい、カッとなって……




 ふっと我に帰った頃には、加減を忘れた俺の手がその細い首を締め上げていた。







 そのつもりは全くなかった。


 でも、いずれそうなる予感はしていた。

 いつかは俺の中のどす黒い感情が溢れて、彼女を壊してしまう……そんな気はしていた。


 いつも、不安で不安で仕方なかったから。




 誰にでも愛想良く、優しい雰囲気の彼女。

 俺と初めて会った時も、柔らかい笑顔で話しかけてくれた。


 穏やかで人当たりが良くふわふわとした感じの女性。

 いつも女子アナみたいな淡い色味のさっぱりした服装で、緩く巻いた茶髪と相まって常になんとなく甘いオーラを漂わせていた。


 背は低い方で、たまに見れる上目遣いが可愛い。

 むっちりと肉付きが良い体はとても柔らかく……でかかった。

 何がとは言わないが。


 そしてなんと言っても……人を避け続け深い孤独の底にいた俺に、手を差し伸べてくれた唯一の人間。

 俺を光の世界へ連れ出してくれた、まさに救世主。


 根暗で偏屈、そして極度の人間嫌いだった俺にとって、まるで女神のような存在だった。




 そんな女性と俺は付き合っていた。


 俺の決死の告白に、たどたどしい言葉の羅列に……彼女はなんとイエスと答えてくれたのだ。

 それはもはや奇跡に近かった。

 今まで歩んできた暗い人生が一気にぱあっと明るくなった瞬間だった。




 しかし、そんな喜びも束の間。


 ある日気づいてしまった。


 俺と彼女は釣り合っていないんじゃないかって。

 俺に、彼女を惹きつけ続けられるほどの魅力なんて無いんじゃないかと。




 それから毎日、俺は見えない恐怖に怯えるようになっていった。


 彼女を誰かに取られてしまうような気がして。


 俺の心はどんどん不安に苛まれていった。

 いつか、誰かにこの幸せを奪われるんじゃないかと。




 じっとしていられないほどの不安や、なんとも形容し難い焦燥感……それらはやがて彼女に向けられていった。


 怒鳴って、殴って、蹴って。

 髪を引っ張り、壁に叩きつけ。


 怒りのまま、力を振るう。理性を失った獣のように。




 そしてしばらく経って落ち着いてくると、いつも決まって重い罪悪感が俺を待っている。


 すぐさま必死に泣きながら謝るのだ。毎回。


 これでもかってくらい、あらゆる言葉を並べて謝って。

 頭を床に擦り付け、深く深く土下座して。


 俺から離れていかないでくれ、とひたすら必死に許しを乞いて……







 そうやって、離れないでほしいと自分で言っておきながら。


 結局今、俺はこうして彼女を失ってしまった。

 自らの手で彼女の命を終わらせてしまった。


 なんとも皮肉なもんだ。



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