汝自身を知れ
第1章 ようこそリドルチームへ
第9話 汝自身を知れ
気づいたら見知らぬ女と横になっていた。エレベーターの中にいた。しかし、それは俺が知っているエレベーターではなかった。エレベーター自体が横に倒れており、扉と反対側にある鏡が女の下にあった。
頭上の扉は壊れているのか開いている。
そこから見える景色は、いや景色では無いのか。何も無い。それはただの無だった。
俺は何もすることが出来ずただ横になるだけの女と過ごした。
「うっ、、腹が減った。なんでこんなことに。ここはどこなんだよ。誰か......助けてくれよ」
そんな声は虚しくエレベーターの中で響く。
俺はここで死ぬんだ。俺の人生に価値なんて無かった。
才能もない、会社でも無能としてお荷物扱い。元々あの世界に俺の居場所なんてないんだ。だから俺はここに来たのだろう。
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「ちょっと。本当にここに犯人が現れるの?そもそも犯人の詳細を教えなさいよ」
「犯人の詳細か......。消えたエレベーターの中の男は覚えてるか?」
「は?エレベーターの中には誰もいなかった。あんたも見たでしょ?」
やはりか。「消滅」の能力。それは対象を無に消すこと。「無」とはなんなのか、それは俺には分からない。けれど永愛の反応から見るに間違いない。
この世からの存在も消える。
しかし俺はなぜか分からないが覚えることが出来ている。そのことを鳴滝さんは分かっていたのだろう。
「犯人は今も捕まるのを恐れて逃げているだろう?ならここみたいな細い道を通りたいと考えるのは自然な事だ」
そう。ここは俺が最後にやつを逃がした脇道だ。なぜあの時、道路際に男が急に現れたのか。それは無から帰ってきたのだろう。
では、なぜ事件現場のすぐ近くに現れたのか、もちろん犯人は犯行場所に戻ってくるとかなんとか言うがそういうものじゃない。
消えた場所と現れる場所は少なくとも近くないといけない、という条件みたいなものがあるのだろう。
そうじゃなきゃ無の中を移動すれば擬似瞬間移動みたいなことも出来てしまう。
「絶対にここに現れる。俺を信じてくれ。ほらこの可愛い犬に免じて」
俺はおしりを振って着ぐるみのしっぽを揺らす。
「わかった、わかったから。でもさすがにお腹空いた。もう2時間もここにいるのよ?しかももう夜の10時」
「犯人が行動するのは夜だろ?夜に張らないでいつ張るんだよ。早く犯人捕まえて鳴滝さんに褒めてもらいたいんだろ?ほらこれ」
「ありが......とう」
おれは事前に買っておいたあんぱんと牛乳を渡す。なんて紳士なんだろう、か弱い女の子ならイチコロだろう。
しかし、か弱い女の子でない永愛には通用しなかったらしい。俺に見向きもせずむしゃむしゃとあんぱんを頬張り出す。
永愛があんぱんを咥えているのを見ていると隣で足音がする。
「来た」
俺は小声で話す。
「え? 何が来たの? 犯人?!」
おいおいうるさい。どうやらあんぱんを食べられてテンションが上がっているらしい。おかげで男に気づかれた。
「早く追いかけるぞ。また無に逃がしたら次は何時間待つか分からない」
俺は自慢の俊足を永愛に見せびらかすつもりだった。が、どうしても距離がつまらない。
「なんで追いつけないんだよ! あいつなかなか速いな」
追いつけるはずの相手に追いつけない。まるでアキレスと亀のパラドックスだ。が、その理論で行くといつか追いつける。
「ちょっと! あれ見て!」
永愛が指さす方にバスが止まっている。まずい。あれに乗られたらいよいよ追いつかない。全速力で走るが無念にも男を乗せたバスは発車する。
「はぁ、はぁ。くそっ! ああああああ、もう少しだったのに!」
俺は悔しさで感情が抑えられなかった。また長い時間を待たなきゃいけないのか。俺はあいつに1度負けたんだ。俺は拳を地面に叩きつける。道路の小石が俺の手に突き刺さって痛かった。俺は何も証明できなかった。
「嬉しかったのに。俺にはできるって言われて、頼られて嬉しかったのに。何も返せなかった。俺みたいなクズにチャンスをくれたのに」
俺はもう一度地面に拳をぶつける。痛みが走る拳を見ると指は血だらけになっていた。それと同時に俺の前に誰かが立っているのに気がついた。
「おい。何諦めてるんだ」
それは聞きなれた高校生女子の声では無かった。しかし聞き覚えはあった。もっと低く心に直接響くような声。
「鳴滝さん......。なんで?」
鳴滝さんはしゃがんで問いてきた。
「なぜ諦めた?」
「もう俺には無理です。これまでもこれからも......」
その瞬間少し体が浮いた。鳴滝さんは俺の胸ぐらを掴んで軽々と持ち上げる。
「俺はお前ならできると信じていたのだがこれまでか。ここでやつを逃したら死人が出る。お前はここでも無能を晒して生きる価値をまた見いだせないのか?」
「いや、俺は全力で頑張って、一生懸命考えて、やっとの思いで.....」
俺は悔しさのあまり涙しながら話そうとしたがそれは次第に言葉にはならなくなっていった。
バチンッ
甲高い音が夜空に響く。と同時に痛みが俺の頬から全身に伝わり俺は横に倒れる。何が起こったのかすぐに理解することは不可能だった。見上げた先にあった鳴滝さんの顔は鬼、、、いや、悪魔のようだった。
「俺はそんなことを聞きたいんじゃない。ここでまた無能を晒すのかと言っているんだ」
無能、無能うるさいよ。俺だって、誰かに認められたいよ。
「そうか。1度しか言わないからよく聞け、何でもできると自分を信じろ。お前は今から自尊心だけを持って行動しろ。自分が世界一だと。そして消滅の能力者に言ってやれ。俺が最強だ、と」
「俺が最強.....」
俺はおろおろと立ち上がる。しかし立ち上がった後はいつもより体は軽く、拳は重かった。
静かにバスの走っていった道の先を歩いていき、次第に速度をあげる。風が俺の体を撫でる。俺はそれにも気付かぬほど追いかけることに必死だった。何も感じない。ただひたすらに走り続けた。何が力の根源なのかは全く分からない。何が俺を動かしている?この無尽蔵の力はどこから湧いてくる?そんなことがどうでもいいくらいただ夢中に狂ったように気分が高揚していた。
ものの数分でバスの背中を見つける。
あと少し、お前が俺に負けるのも、あと少しだ。
俺はバスを追い越し次のバス停で待つ。息は上がっていない。俺はなぜか冷静だった。
バスが止まりドアが開いた瞬間、俺は中に入り、男の首を鷲掴みにする。男はバスに乗って安堵していたのだろう。追いつくとは思わなかっただろうな。
あー、お前のその恐怖する顔。これはお前が俺に負けるその瞬間だ。俺は息を大きく吸い込む。
「俺はーーー最強だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
全身に謎の力が湧いてくるのがわかった。きっとこの男にも分かっただろう。
その瞬間、ガンッとドスの効いた音がした。音の先、バスの天井を見ると大きく長方形の形に凹んでいる。
全身から力が抜けていく。俺はその場で崩れていく。
俺は最強になれたのか。