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告白

私は羅美に自分の正体を告白した。私は瞬時に昔の男の体に戻っていた。

「騙していたことを謝ります」

私は率直に謝り、羅美の足元に跪いた。一人の女性とかつて女性であった者の女の視線が交差した。その唇から漏れるに違いない羅美の心を聞き取ろうとして、私は耳を傾け続けた。沈黙は永遠と思われるほど長かった。


羅美の目には松明の火が燃え上がった。いや、溶岩がたぎっていたと形容した方が適切であった。羅美が激怒しているのは明らかだった。「腹を立てた」という表現では控え目過ぎた。私は身震いした。恐怖と後悔により心臓が両側から握り潰されそうであった。


「お前は卑怯者だ。私が裏切りを許さないことを知らないのか」

「これも羅美に会いたい一心でしたことです。私の情熱を受け止めてください」

「それにしてはケチ臭い小細工が目に余る」

「全ては愛のなせる業です」

「言っていて恥ずかしくないのか」

「恥ずかしいです」

「お前のような男は消えてしまえ」


目を見張った羅美の体から、すさまじい情熱がほとばしり出て私の胸を突く。私は急所に一撃を受け、全身の血が胸いっぱいに溢れるのを感じた。私の目の前に降り立つかに見えた羅美は、瞬く間に手の届かない存在になった。もはや死ぬしかないのか。もとより羅美のいない人生には楽しみはない。私という人間は何て弱い生き物なのだろうと嫌気がさして、このまま消えてなくなってしまえばどんなに幸せかとも考えた。


私はもう何も言うことはできず、目を伏せてただ逃げるしかなかった。その夜、私は熱いお茶を飲んだ。熱いお茶は体が温まる。思いつめてカチカチに固まっていた体も茶のぬくもりがほぐしてくれる。私は布団に入ってからもしばらく悶々としながら寝返りを打っていた。そしてようやく眠りに就いた頃には、窓の外ではまだ雪が降っていたように思う。


翌朝目覚めた時、私は自分が夢の世界から抜け出すことができなかったのかと思った。それくらい意識ははっきりとしなかった。だがカーテンを開け放した瞬間目に入った景色はいつも通りの風景だった。雪の名残はなかった。昨夜見たのは幻か何かだったのかもしれない。私はぼんやりと思いながら朝食の準備に取りかかった。食卓に向かい、新聞を広げて読み始めた。


口の中に鉄の味が広がり始めた頃、私の意識は急速に薄れていった。気が付くと、そこは真っ白な世界だった。私は横になっていた。病院だと思った。清潔で殺風景だが清々しい空気に満たされた部屋、天井から降り注ぐ蛍光灯に照らされて、白いベッドカバーがかけられている。窓には厚いカーテンが引かれていた。窓の外では、かすかな雨音が聞こえてくる。どうやら外は夜らしい。不意に部屋のドアが開き、女医が入ってきた。目が合うと、その顔が歪んだ。そして再び絶望者の王国に落ちていった。


絶望者の王国は冷ややかな静けさに包まれていた。遠くの森から風に乗って伝わってくる梟の声が途切れ途切れに夜の底を揺するばかりである。私は絶望したが、今度は羅美も絶望者の王国に現れた。私は羅美が現れたことに驚きながらも、嬉しくて目配せした。



しかし、羅美はそれに気づいたのか、気づかなかったのか、顔を向けようともしなかった。特急列車が無人駅を通過するような態度だった。私は血も凍りそうになった。嫌われたとはいえ、これほど無関心な態度を示されるとは思いもよらなかった。恋焦がれている男にとって無視されることほど辛く切ないことはない。


私達の間に漂っている気持の糸のようなものは微かに繋がっただけで、すぐにまたぷっつりと切れてしまったようである。私にはその微かな繋がりさえ、すでに断たれようとしているように思われた。私の気持は不安で心細くなっていた。私達の心の糸は、お互いの間で何かを言い合おうとしているのだが言葉になることができず、宙ぶらりんのまま切れてしまいそうになっていた。


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