帰還
瞬きすると私は、羅美の住む街に戻っていた。人々は洋服を着て、道路には車が行きかう。街は昔と何も変わっていなかった。こちらの世界と向こうの世界では時間の流れが違っていた。私が戻ってきたときには時計が止まっていたのか三時間が過ぎていただけなのか分からない。でも今はそんなことどうでもいいことだった。私はタクシーに乗って羅美が住む家へ向かった。
羅美にはすぐ会えた。ショートカットとセミロングの中間に位置する長さの髪で、輪郭のくっきりした顔立ちに、夏の高原の風が吹き渡るような雰囲気を漂わせ、足取りは颯爽として律動的である。
鉛筆の線のように細い眉がアーモンド形の大きな目の上でデリケートな三日月上のカーブを描いていた。鋭気に満ちた表情、活力に満ちた足取りが眩しいほどカッコいい。その輝かしさに私は思わず息を飲んだ。
ジャケットとスカートとブラウスの組み合わせが、ファッション雑誌のカラーグラビアのようであった。タイトなミニスカートから伸びる脚の長さ美しさは人間国宝への指定を要求しているかのようであった。ありふれた服装であっても、着る者によっては宮廷の礼服以上に豪奢に見えることがある。
さえない服装も、羅美が着るとイブニングドレスのように見える。着ているものが古代ギリシア風の衣装でも、真紅のチャイナドレスでも、ハリウッド製SF映画式の銀色に輝くボディスーツでも、それぞれ似合うことだろう。
羅美は私の顔を見て、「あ、どうも」と笑顔で頭を下げた。その後で視線を左右にさまよわせたあと、ようやく自分の背後を振り返りながら、「えっと……」と言った。私は羅美と友達になった。羅美と一緒にいることがあまりにも自然なため、再会の目処も立たず、離れ離れになっていた期間が夢のように思われるほどであった。
羅美の眼差しから漂い出る微笑が、私の心を優しく包む。こうして向き合い、笑顔を見、話を聞くことができるだけで、胸が詰まるほど嬉しかった。話したいことが次々と生まれ出て、歓喜を伴った熱い流れをつくり、私の胸で溢れかえった。
数日前から羅美の様子がおかしくなった。何をするにしても消極的で覇気のない彼女を見て、わたしはとても心配したものだ。けれども、しばらくすると、今度は積極的に何かに取り組むようになったから、どうせすぐにまた以前の調子に戻るだろうと思っていた。
ある日の朝早く、私がいつも通り目を覚ますと、部屋の窓に人影があることに気付いた。不審者だと思い込みパニックになりそうになって、恐る恐るカーテンを開けた。そこには羅美がいたのだ。驚いたことに、彼女は窓から乗り出さんばかりの勢いで、こちらに向かって大きく手を振り始めた。その時の羅美は心底楽しそうな様子だった。何だか、私には見えないものまで見ているようで少し不気味だったけれど、彼女のあんな笑顔は初めてであった。
「何か言いたいことがあるなら早く言え」
羅美が促した。
「いや、別にないよ」
私はただ一語だけ呟いた。
羅美は私がそんな言葉しか吐けなかった事実に驚きもせず、そう、と言っただけだった。私はそれ以上彼女を直視できず視線を逸らし、そのまま黙ってその場を離れた。しかし振り返るとやはりまだ羅美と目が合うのだ。その瞳には私の背中を追い求めるような光がある。そしてそれは私から去ることは決してないという確信があった。
しかし、羅美が友情を感じてくれる度に、私は羅美を欺いていることに対し、良心の呵責を感じていた。私の視線が羅美と合うと、羅美は身振りで感謝と賞賛の気持ちを示してくれる。私は胸が締め付けられるような思いを微笑の陰に隠して、同じ仕草を返した。
私は苦しくなって、自分のことを話さなければならないと思った。全てを彼女に話すつもりだ。そのように決心した時、何故か涙が流れた。どうして泣けてくるのか自分にも分からなかった。ただ一つだけ分かっていることは、これで全て終わりだということだった。