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異世界

そこは異世界だった。高く聳え立つ峰が天に伸び、山脈は遠くまで連なる。大気の密度は濃く、木の葉に埋もれた、湿った土の匂いで満たされていた。木の梢に雲がかかり、薄靄の中から時折、猿の鳴き声が聞こえてくる。黒い蔦が足に絡まっていた。


ふと気づくと、両脇に二人の少女が立っていた。私は二人が近づく気配を全く感じることができなかったが、とにかく彼女達はそこにいた。彼女達がちょうど立っている間に私が現れたのかもしれない。


少女は一四、五歳くらいで、双子のようにそっくりだった。背は低く、一五〇センチもなさそうである。素朴で素直かつ無邪気そうな女の子である。夏の高原の光が結晶したように生き生きとしていた。大地からすっくと生えている若い木々にも似た、健やかで爽やかな感じである。


美人というより、かわいいというタイプで、表情が豊かだった。笑顔は咲きこぼれる花のようであり、特に愛くるしい黒い目は思わず引き込まれてしまう魅力を持っていた。山の中ではありえないような華美な服装をしていた。


「女王様がお待ちです」


二人の少女の一人が言った。その口調は穏やかで、生まれてこのかた声を荒げたことなど一度もないのではないかと思われた。二人は私を山頂の方へ案内していった。私は羅美に絶縁されたショックが冷めず、眼前の不思議な世界に驚く余裕すらなく、言われるままに導かれた。まるで夢の進展に身を委ねている者のように疑問を抱くことも推測することもせずに受け入れた。


三人は何時間も山道を歩いた。この世界は機械文明からは離れた世界のようであった。都会の幾何学的な建物ばかり見ている目は自然が溢れている場所へ来ると、どの一角を眺めても心が洗われる心地になる。特に打ちひしがれた私にとって自然の風景は心の洗濯になった。


山肌に生い茂る緑の潅木の合間には灰色の直方体の岩が乱立していた。階段状に山肌に立ち並ぶ直方体の岩石群は古代人の建造物のようにも、風化作用のいたずれのようにも見える。


聴覚の面では最初に感じたものは静寂であった。しかし感覚を研ぎ澄ませると、それが誤りであることが分かった。石が一つ一つカタカタとなる音、ゆっくりと吹きぬける風の囁き、地面を這い回る虫の足音などである。


歩き続けると、暑くなってきた。汗が流れ、目にまで入ってくる。やかましいと思いながら頭を左右に振ると、汗のしずくが飛び散った。口がカラカラに渇き、喉がひりひりと痛む。情けないことに日頃の運動不足がたたり、翌日は筋肉痛に苦しむことになる。


しかし少女達の身のこなしは優雅なままだった。汗ひとつかかず、テンポよく滑るように歩いていく。体育館の広い床を歩くように危なげがない。時には牝鹿のように軽々と草の上を飛び跳ねていく。立ち止まって待ってもらうことも一再ならずあった。


ようやく大きな城に到着した。中世ヨーロッパの城郭の趣であった。石造の城で、石の大半はくすんだ灰色だが、ところどころに濃紺色や朱色、黄土色といった菱形の石が嵌め込まれ、彩りを与えてくれていた。城壁の上には何本もの塔がそびえていた。塔の形は様々であった。円柱があり、角柱があり、ピラミッド型があった。


城門をくぐると庭園が広がっていた。形よく刈り込まれた木々の間を放射状に遊歩道が走っており、そこかしこに彫像が置かれ、小道の交わるところには花壇がしつらえられて、周囲を樹木が囲んでいる。中央には噴水があり、女神やイルカの彫像で飾られた水盤から水が銀の幕のように流れ落ちていた。


「女王様は青の間でお待ちです」


二人の少女の別の一人が言い、城の中へ案内した。回廊はまばゆいばかりの光に輝いている。螺旋状に続くカラフルな通路を歩いていると、まるで巨大な巻貝の中をさ迷っている感じになる。階段を数えきれないほど上ってようやく部屋に通された。その部屋には壁いっぱいに青の間の由来になったと思われる金地と青の綴れ織りの掛け物が飾ってあった。


中央の華麗な布地を張った椅子には明らかに女王とわかる女性が座っていた。左右には多くの廷臣が並び、階下には衛士が立って森厳たる雰囲気である。女王はトランプのクイーンのような服装で着飾っており、頭に金色に輝く王冠をかぶっていた。美人であるという以上に、全身からこぼれるような華やぎと知性のきらめきのようなものがあった。よい香りが漂い、高貴な気品に満ちていた。


年齢は四十代後半に手が届いていたが、衰えを感じさせる部分は外見上どこにもない。それどころか、外見からは他者を圧倒する強い何かが感じ取れる。それは肉体的な強さというより、精神力の強さが空間ににじみ出ているかのようである。霊能者が見れば、目もくらむようなオーラを発光させていたかもしれない。


古めかしい衣装をまとった姿は優美であり、昔から王座にある者の風格があった。王が人の上に立つのは、ただその持つ階級や権力ばかりではなく、その気高き心と不抜なる精神によるものであることを印象付ける存在である。


超大国の大統領も国家主席も彼女の傍らでは色あせて見えるだろう。どこの女王か知らないが、そもそもここがどこかもわからないが、女王と崇め奉られる彼女から見れば、吹けば飛ぶような存在でしかなかった。


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