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旅する父と子

 森の小屋を出たレイとナリスは乗合馬車に乗ってフォーマルハウト神王国の国境へと向かっていた。

 フォーマルハウトまでは馬車と徒歩で2日ほどかかる。子供を連れて旅をする人間がいないことは無いとはいえ、乳飲み子を連れているのはいくらなんでも珍しい。森の小屋の近くの村から出ている乗合馬車の御者には、母を亡くしたので故郷に帰るところだ、と言って誤魔化した。森の小屋に住むようになってからはあまり人前には姿を現さなかったし、髪と瞳の色が違うせいか正体がバレることも無く、むしろ大変同情されて赤ん坊が泣いたらすぐに後ろにあるちょっとした荷物を置く場所に移動できるようなイスに座らせてもらえた。もっともナリスは馬車に乗ってから一切声を上げていないので、他の乗客は赤ん坊がいるのかどうかも分からないくらいだろう。

 馬車の中はイスが縦に4列、横に2列になっており、大体1つのイスに2人ほど座れるほどの造りになっていた。その一番後ろのイスに座りながらレイは腕の中ですやすや眠っているナリスを見つめた。ここ数日、というよりアルアが降臨してからの怒涛の数刻を思うと小さく息を吐いた。

 

 今朝、眠りから覚めた時はまさかこんな風になるとは思っていなかった。


 ナリスを連れたセバスが来て、子育てをする決意をしたらアルマが降臨して解呪されて、アルマの眷属になって今は生まれ育った国から二度と戻ることが無いかもしれない出国をしようとしている。


 後悔はしていない。この国はレイから未来も愛した女性も全て奪っていった。むしろ絶望しかなかった人生に新しい風が吹いたのだ。それに乗らない手は無い。


(今のうちにステータスを確認しておくか)


名前:レイ・シュッツァー・オウル

種族:半神人間(デミゴッド)

年齢:32歳

ジョブ:魔法剣士

LV:82

魔法:氷属性LV:70、水属性LV:50、聖属性LV:30、闇属性LV:1、火属性LV:1

スキル:剣技、剣舞、武技、薬師、無限収納ーインベントリー、精霊の瞳、酒豪、薬物耐性、毒耐性、魅了耐性、呪術耐性、隠者

称号:生と死の神アルマの眷属、氷の魔法剣士、精霊の友、守護者


 幾つか増えているものがある。今まで無かった火属性が増えているし、闇属性も増えている。通常、氷や水などの属性があると反対属性である火属性は持っていないし、ただでさえ珍しい聖属性の持ち主が同じく珍しい闇属性も持っているなど聞いたこともない。この辺りは相反する生と死を司るアルマの眷属になった恩恵の1つだろう。

 

 まぁ、その前にどうやら自分は人間を辞めたようだが。


 種族が半神人間(デミゴッド)になっている。アルマの眷属になり、ナリスの守護者となった以上、ただの人間ではいられなくなったようだ。

 とりあえず、セカンドネームやら今まで持っていなかった魔法やらを隠していく。闇と火はまだレベル1だ。しばらくは隠れて訓練しなくてはならないだろう。それに、身体の方もだいぶ鈍っている。1から鍛えなおさなければならない。なんにせよ全てはレグルス皇国にたどり着いてからだ。


「お客さん方、そろそろ着くよ」


 御者が声を馬車の中にかけたのは、そろそろ夕刻になりかけた頃だった。フォーマルハウトの国境に行くための乗り換えの村に着いたのだ。

 この先の選択は2つ。この村で1泊して明日の馬車に乗るか、このまま街道を歩いてどこかで夜営をするか、だ。

 この村からなら馬車であろうと徒歩であろうと明日中には国境につける。ただ、馬車の場合は朝早くに出発して昼前には国境に着くのに比べて、徒歩だと夕方くらいにしか国境には着かないだろう。

 急ぎなら明日の馬車を待った方が早い。だが、万が一辺境伯家や国軍がレイ達を探しにこられた場合は馬車の方がすぐに捕まるし、一緒に乗っている乗客や御者にも迷惑がかかるだろう。今日中には目覚めないから大丈夫だろうと踏んで今日は馬車に乗ったが、明日はどうなるか分からない。そうなると身軽に1人+普通では無い乳飲み子の2人で移動した方が万が一の場合でも何とかなる。そう判断して、レイは降りた村で買出しだけをすることにした。ナリスを背中に背負い、食料など必要な物を揃えていく。


「いらっしゃい。おや、赤ん坊かい?」


 食料品屋のおかみにそう言われて、レイは御者に説明したのと同じ言葉を言った。


「あぁ、妻が亡くなってね。この子と2人で故郷に帰るところなんだ」

「そうかい。ここからだと故郷はフォーマルハウトかい?あそこは子供を育てるには安全な国だからねぇ。ここにいるよりもよっぽどいいさ」


 パンや果物などを袋に入れながらおかみはいかにも村のおしゃべりと言った感じで話し始めた。


「俺は少し遠くから来たんだが、ここよりよっぽどフォーマルハウト神王国の方がいいのか?」

「そりゃそうだよ。大きな声じゃあ言えないが、今の領主様になってから税金は高くなるし、何度も黒の森に遠征に行くから村の男手も兵士にとられちまってねぇ。それでいて取ってくる魔獣もそんなにランクが高いやつじゃ無いらしくて。帰ってくるたんびにケガ人だけが増えてくんだよ。いい加減にしてほしいよ、ほんとに」

「そうか。冒険者たちは黒の森に行かないのか?」

「ランクが高い人たちはとっくの昔にここいらにはいないよ。黒の森の遠征に行き始めた頃に領主様がギルドともめてさ、それ以来、ギルドの連中は何だかんだ言って遠征には参加しないし、ちょっとずつ規模を縮小してるっていう話しさ」


 どうやらヴァルは領内のこともうまく治めることが出来ていないようだ。


「それに国王様もフォーマルハウトに入れなかったっていうじゃないか。あの国に入れないってどんな国王様なんだろうね」


 フォーマルハウト神王国の結界に阻まれた国王を持つ、それだけで周辺国のこの国への印象は悪くなる。フォーマルハウト神王国に入れるかどうかは神の審判とも言われるのだ。歴史上、どれだけ血を流して戦争を起こした国の王であろうと、それが己の野心だけで無い場合はフォーマルハウト神王国の中に入ることが出来る。結界の基準は人には分からないが、入国できるだけで神の審判は下ったとも言われるのだ。それなのに、前国王の唯一の王子であり戦争も何もしていない自国の王が入国出来なかった。それは国民からしたらどれだけの恥となるのか。


「あんたは国王様が入れなかったのを見たのか?」

「あたしは見てないけど、息子がちょうど見ちまったんだってさ。国王様と王妃様が結界に阻まれて右往左往していたらしいよ」


 王妃ーそれはレイの元婚約者のことだ。


(君ももうそちら側の人間になってしまったんだね)


 もう二度と会うこともないであろう元婚約者の事を思い、レイはそっと目を閉じた。

 だが、次の瞬間には切り替えて、おかみから噂話しをどんどん聞いていくことにした。何せレイはずっと引きこもりだった身だ。知っているのはずいぶん古い情報だけだ。


「国王様が、どんな人物か知っているか?」

「こんな辺境の果てまで聞こえてくる噂なんてたかが知れてるけどねぇ。うちの領主様と一緒にやけにランクの高い魔獣を仕留めるんだって躍起になってるらしいよ」


 それは恐らく自分ー若かりし頃のレイノルドが滅多に出現しないAランクの魔獣を単独で倒したことがあるからだろう。Aランクの魔獣はその地に現れるだけで厄災にしかならない。騎士団や冒険者たちで取り囲んでも仕留めることも出来ず、ただひたすらに守りに徹して追い払うか自ら去って行くのを待つしか手が無い。レイノルドが倒すことが出来たのは、運良くその魔獣が火魔法を得意としていた為、氷魔法と水魔法で対応出来たからだ。さらに聖魔法で自分のケガを直しつつ、満身創痍になりながら何とか倒すことが出来た。実際レイノルドは数日間、生死の境をさ迷った。あれを倒した後は経験値が大量に入ってきて、レベルが一気に上がったものだ。その功績があったからこそ、レイノルドは若くして騎士団長になれたのだ。


「はいよ。言われたものはこの袋の中に入れたよ。後はよかったかい?」

「ありがとう。後はいいよ」


 しばらくおかみと雑談をしたあとに代金を支払うと、レイは袋を受け取って歩き始めた。その瞬間にふと前国王に言われた言葉を思い出した。


『あれはお前に嫉妬しているのだ。お前の物を奪い、お前の功績を奪い、お前の家族を奪えばお前に成れると思っている』


 冤罪で牢に入れられた時、すでに病で余命幾ばくも無いと言われていた国王が現れてレイノルドにそう言った


『余にはそなたの冤罪を無に出来る力は無い。だが、せめて王都追放で済むように手は打った。そなたからして見れば余もまた愚かな王だ。唯一の息子ゆえにその思いを叶えたいとも思ってしまう』


 愚王でも賢王でも無かった中庸の王。国内の侯爵家から娶った王妃に思うように操られていて、王妃が溺愛する息子にどう接していいかも分かっていなかった。その王妃は息子と同じくらいの年齢の若く美しい騎士たちを侍らせてご満悦だった。自分が疎まれた理由の1つに王妃の誘いを断ったから、というのもあった。


(どちらにしろ、この国は終わっていたんだな)


 そう思い、レイはナリスを連れて村の外へと出て行った。





(知らない夜空だ)


 ナリスはこちらの世界に来てから二度目の定型文をつぶやいてみた。


「起きたのか、ナリス。ん?知らない夜空?そうか、ナリスのいた世界とは全く違うんだろうな」


 前回は誰もつっこんでくれなかったが、今回は答えが返ってきた。


(……おとーさん?)

「そうだよ、ナリス」

(声が聞こえるの?)

「どうやらそのようだな。急に聞こえてきてびっくりしたが、こうやってナリスとアルマ様は会話をしていたんだな」


 もはや父は何があっても受け入れる大らかさを持ったようである。言うほどびっくりしていなさそうなレイとナリスは森の開けた場所にいた。そこに火を起こしてテントが設置してあり、ナリスは焚火近くの籠の中に寝かされていた。


「お腹は減ってないか?今、ミルクを温めているから少しだけ待っていてくれ」

(お父さん、ありがと。ここどこ?)

「ここはまだラグナ辺境伯家の領内だな。明日にはフォーマルハウト神王国との国境に着く」

(フォーマルハウト神王国?)


 ナリスがそう思うと、頭の中にフォーマルハウト神王国の知識が流れてきた。

 アルマ監修によるスーリーヤの基本知識集が発動したらしい。


(アルマ様が入れといた知識ってこういうことか)

「ナリス?大丈夫か?」


 心配そうに見つめる自分と同じ黒い瞳。元・日本人としては大変安心出来る。

 

(大丈夫だよ、お父さん。お父さんこそ大丈夫?急にボクを育てるはめになったし、アルマ様の眷属になっちゃったし)

「ふ、気にするな、ナリス。お前の事を何も知らなくても育てようとは思っていたし、この国を離れるちょうどいい機会だったんだ。アルマ様には解呪もしてもらったし感謝しかないさ」


 そう言って焚火を受けながら微笑むお父さんはすごく男前だった。この男前を振って王太子(当時)に乗り換えた元・婚約者、バカだろう、とナリスは思ってしまった。奪われた、とか視えたが、本当に愛していて一緒に行くといえばこの男は全力で守ってくれただろう。それをしなかった元・婚約者は結局は王太子を選んだのだ。男前度でいけば、親友の軍神殿と良い勝負のお父さんはすこぶるかっこいい。


(ちくせう、ボクも将来はこう成りたい!!)


 何度、系統が違うから無理だと言われても憧れるものは憧れる。


「どうした?ん?俺のように成りたい?やめておけ、俺は何も出来なかったダメダメ男だ。お前はどちらかというと可愛らしい顔立ちをしているからな。将来は美人になるぞ」


 お父さんは親ばかだった。

 あと、お父さん、ボクは息子です。息子が美人に育ってどうする。そうつっこみたいが、いつも周りに不憫そうな目でみられるだけなので、気軽につっこめない。


「ミルクを飲むか?」


 抱っこされて差し出された哺乳瓶をあぐあぐといただく。

 まだまだ生まれたばりのナリスの身体は本人の思い通りに動かない。移動手段もお父さんに抱っこされて、だ。


(…〇連れ狼?ちゃーん?)

「何だ、それは」


 異世界の文化です。とは言えずにナリスはにっこり笑って誤魔化した。

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