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ドーラ&オリオン

「ドーラ、イル族に会いに行こう!!」


 仕事中のドーラ商会の会頭の部屋に元気よく子供が侵入してきた。

 侵入方法は箱庭経由だ。

 アークトゥルスにあるドーラ商会の会頭の私室にも当然、箱庭へと通じる扉が用意されている。

 そこから勢いよく出て来たお子様は、今日はまるで貴族の子弟のような装いをしていた。


「ナリス?今日は変わった格好ですね」


 ドーラは以前は”様”付けで呼んでいたのだが、ナリスの「おかしいから呼び捨てで!」という一言で呼び捨てになった。商人としての丁寧な物言いはクセになってしまっているので仕方ない。


「ユーリの家に行ってきた。そしたらエリおば様がイル族の緑茶を飲ませてくれたんだ。イル族って山岳民族らしいね。お米もありそうって話しだし」

「ユーリくんの家、ですか。そうですか。では、エリおば様というのは皇后エリーゼ様のことですか…。えぇ、分かっていますよ、ナリスですものね」


 ドーラが一人でぶつぶつ言いながら自らを納得させていた。


「失礼しました。やはりナリスのお探しの食料でしたか?」

「多分そう。知ってたんならもっと早く教えてよー」

「最近、ようやく取引にこぎつけたんですよ。それにイル族の事をお知らせにいったら、セバスさんに「ナリス様は少々誘拐されていてお留守です」って言われました。何なんですか、誘拐されてお留守って。その後の騒動を考えるとフォラスに誘拐されてたんですか?」

「おぉう、誘拐中の出来事だったか。フォラスで正解だけど、騒動の中にどうしてボクがいる事になってんの?」


 ドーラは騒動の中心にナリスあり、と決めつけている。今回に限っては間違ってはいないが、他の騒動の中心になったことは無い、ハズだ。


「いるからですよ。ナリスは行方不明になってもすぐに見つかりそうです。騒動を追っていけばいますから」


 緑の瞳が呆れを含んだ光を宿して微笑んでいる。


「それで、イル族にお会いしたいんですか?」

「うん、イル族というよりは食料が欲しい。今回はオリオンも連れて行こうよ」


 オウル家の専属料理人であるオリオンは、食に対する愛がすごく、自ら食料調達に現地に赴くA級冒険者だ。見た目は細くて真面目そうな感じの青年だ。オリオンの実績を踏まえて本人を見ると、詐欺?、と思わず言われてしまうほど荒事とは無縁そうな顔をしている。実態は別として。


「オリオンも連れていくんですか?」

「オリオンもそろそろ新しい調理法や食材に出会いたいところでしょ。ボクもお米が無いと新しいレシピを教えてあげられない」

「そうですね、まぁ、いいでしょう。オリオンはA級冒険者ですからね。護衛にもなりますから」


 こうして本人の知らない間に料理人オリオンはドーラとナリスとユーリと一緒にイル族のもとに行く事になったのであった。




 彼は、この世の料理というものに飽きていた。

 とある国の王宮の総料理長の息子として生まれた彼は、物心ついた時には父親の料理を食べていた。それはちょうど同じくらいの年ごろの王子や王女がいたため、彼らに食べさせる料理の試食係だったのだ。

 父である総料理長の誤算は、息子の舌が天才的だったことだ。

 王宮の総料理長になるくらいの腕前を持つ父は、料理コンクールなどで優勝したこともあるほどだった。総料理長の腕前に多くの王侯貴族が称賛を惜しまず、彼自身も自分の料理に自信を持っていた。

 だが、幼い息子は無邪気に自分の食べた料理の感想を述べ続けた。

 あの味が足りない、だの、美味しくない、だの、と。

 初めの内は幼い子供用の料理の試食だけさせていたが、面白がった父親が大人の料理も試食させるようになると、その言葉はさらに鋭くなっていった。

 他の料理人たちが食べても美味しいとしか思えなかった料理の数々をただ1人息子だけが否定し続けた。実際に息子のいう通りに調味料を足したり変更しただけで劇的に変わる味に父親は最初こそ感心を持ったが、その内すぐに全ての料理を否定する息子を疎ましがるようになった。

 その頃には息子も10歳という年齢を超えていて、自分で料理をしていたが、どうにも何かが足りない、と思うようになっていた。父である総料理長の味には飽きた。他の料理人の料理を食べてもみんな同じようにしか感じない。王宮勤めの父親を持っていた縁で騎士たちの練習に混ぜてもらうことが出来ていたのである程度の武術は持っている。魔力の方は、珍しい2属性持ちだったがあまり魔力量が多くなくて、せいぜい水をちょっと出せて火をつける程度しかなく、攻撃魔法とか防御魔法とかはからっきしだったので特に問題ないと放置されていたが、料理人としてはどこにいても水と火に困る事がないのでありがたいものだった。

 何が足りないのか分からなかった彼は、ギルドに登録してまずは身近な食材調達に走った。育った環境や仕留め方を見れば何かが変わるかもしれない、と思っての行動だった。珍しい食材の話しを聞けばどこへでも行った。その頃には実家とは没交渉になっていたので、それをいい事に各国を巡って変わった調理の方法などを知る為に料理人に弟子入りすることも多くなっていた。舌も天才なら料理の腕前も天才だった彼は、しばらく修行すれば師匠からもう教える事はないというお墨付きを何度ももらい、その度にまた旅に出た。

 もうこの世界には自分を満足させてくれる料理はないのかも知れない、そんな絶望が彼を襲った時に、旧知の仲であったドーラがとある家での料理人の話しを持って来た。

 最初は断ったのだ。自分が何を探し求めているのか分からないので1つ所に留まることは出来ない、常に旅をするしかない、と。

 ドーラは自信満々に「いーから来なさい」といって自分を引っ張っていき強引に面接をさせた。

 主は若い冒険者とまだ赤ん坊のその息子だった。

 料理を作れ、と言われて仕方なく、でも決して手を抜くことなく料理を作ったところ、冒険者の方は美味しいと褒めてくれたが、息子の方は赤ん坊用に作った料理を見て父親を通してかけられた言葉は「違う、そうじゃないんだよー」だった。

 赤ん坊が父親=通訳を通してしゃべってる事自体おかしいのだが、赤ん坊は必至になって出汁の取り方から食材まで料理の中身を聞いてきた。そもそも出汁って何だ?え?水にあらかじめ海藻の味をしみ込ませる?どうやって?コンブ?何それ?

 沈黙の誓約をした上で明かされたナリスの異世界の料理の知識。話しを聞くだけで魅せられたが、食材が足りなさすぎる。作り方も分からなければ味だってナリスしか知らない。だが、その料理の数々が自分の知識欲を刺激した。

 気が付いたらナリスとがっちり握手を交わしていた。

 オウル家の専属料理人になって、というよりナリスに色々と言われてようやく気が付いた事は、自分には”料理の知識”そのものが足りなかったのだということだった。

 料理の基礎は父親や他の宮廷料理人たちに習った。天才肌だった彼は、幼くしてすでにあらゆる調理法を知っていた、もしくはその応用で何とでもなる、と思っていた。実際どこに行ってもどうにかなったのだ。この世で自分が知らない料理の知識はない、そう思っていた。だが、ナリスの求める料理に必要なのは、今まで習ってきたもの以外の知識だった。

 焼く、煮るだけでなく、揚げる、という調理法が加わり、揚げるにしても食材によって油の種類を変えたりそのまま揚げたり小麦粉と卵が必要だったりと全然違う。

 ナリスに初めて美味しいと言ってもらえたのは、ハンバーグだった。

 ハンバーグも中身やかけるソースによって味が変わって色々と楽しめるので、今でもオウル家では定番の料理だ。パンに挟むだけであんなに美味しいとは思わなかったが。

 だが、ナリスは何よりお米が必要だと訴えてきた。

 コメ?また新しい食材の名前だ。

 ショウユ?ミソ?ナニソレ?

 え?それ使うとまた新しい料理が出来るの?

 ちょっ!ナリス様、見つかったって本当ですか?イル族?あんな閉鎖的なとこにあるの?もちろん行きますよ!さぁ、急ぎますよー!!

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