ユーリとお茶
梅雨前線にやられて、身体が少々つらいです。
レイとアルテミシアが無事(?)に恋人という関係になったところで、侍女がお茶の用意をしてくれた。
「うふふ、こうしてユーリのお友達と一緒にお茶の時間を楽しむことが出来るなんて」
エリーゼが幸せそうに微笑むのを、イオニアスが優しい瞳で見つめている。
「…ユーリのご両親は仲がいいね」
「うん。父上も母上も人目はあんまり気にしてないから」
皇帝夫妻の仲が良好なのは帝国国民としても喜ばしい事だ。
トップが政略結婚候のギスギス関係だと一般人の皇室を見る目も変わってくる。。
国民は皇帝一家が仲睦まじくしている姿に憧れを抱くのだ。ましてそれが恋愛結婚ならなおさらだ。
「おしゃべりな宮廷雀共にああいう姿を見せれば、今日の夕食まで勝手に推測して流してくれるさ」
「あー確かに?ある事ない事言いふらしそうだもんね」
宮廷雀たちは噂話は大好物なのだ。ディオニシスがあえて流している時もあるが、ああして目の前で見せびらかしてやれば黙っていても勝手にラブラブエピソードを作り上げて広めていってくれる。悪い噂話も大好物な雀たちだが、さすがに愛妻家の皇帝に変な話しを広めて睨まれるようなことはしない。
そんな家族大好きっぽい皇帝にナリスは「息子さん下さい」をやらなくてはいけないのかと思うと、ちょっとためらってしまう。でも、もうすでにユーリはナリス側の人間だ。アルマさえも認めて加護をくれたのだから。
「えーっと、イオおじさん、エリおば様」
「なぁに?ナリスくん」
早速、”エリおば様”と呼ばれてエリーゼはご機嫌になった。
「ユーリのことなんですけど」
「ユリウス?どうかしたのかしら?」
「申し訳ないんですけど、ユーリをすでに色々と巻き込んじゃってるので、息子さんをボクに下さい」
頭を下げてナリスがいうと、イオニアスとエリーゼはきょとんとした顔をした。
「え?ダメ?」
「……ダメも何も、ユーリはすでにナリスくんと一緒にいると決めたのだろう?」
「そうよ。むしろナリスくんとのことを何もなかったようにしようなんてことは許さないわよ?」
当たり前のように皇帝夫妻はそうおっしゃった。
ユーリはナリスと共に行くのだ、という認識でいる。あと、お姉様方が妙な誤解をしそうな言い方をしている気がする。
「ナリスくんこそ、ユリウスでいいの?この子は確かに優秀だし、わたくしたちの自慢の息子だけれど、もれなくレグルスの皇帝という地位が付いてきちゃうわよ?」
エリーゼの言い方だと、ユーリのおまけでレグルスの皇帝という地位が付いてくるという軽い感じになっている。
「ナリスも父上も母上も妙な言い方はしないで。それと、皇帝の地位はおまけなの?」
ユーリの方は正確にその意図を読み取った。
「あら、実のあるおまけよ。ユーリのその地位はいざと言う時にナリスくんを助けることが出来るわ。逆にナリスくんの”アルマ様の愛し子様”というのもユーリを助けてくれるかもしれないわよ」
「あはは、そっか。ユーリの皇帝という地位はおまけなんだ」
ツボにはまったらしいナリスが遠慮なく笑っている。
「ナリスくん、ユーリをお願いね。この子が良き皇になるかどうかは、これから先、ナリスくんと体験する様々なことに依ると思うの。どんな事でも、それはこの子の将来の糧になるわ」
まるで未来が見えるかのようにエリーゼは言葉を紡ぐ。
「そうだね。どうかうちの息子をお願いします。ユリウス、ナリスくんと一緒にいることで出来る経験はかけがえのないものになるだろう」
「うん。父上、母上、ぼくはナリスと色んなことを経験してくるよ。でも、困ったら助けてね」
「あぁ。可愛い息子を助けない親はいないよ」
いい感じの親子関係が築けている皇帝親子のようだ。
「父母に言いづらいことがあったら私に言えばいい。内容次第では即却下するかもしれんが、なるべくは叶えられるようにするからな」
甥っ子に甘いディオニシスもそう言ってユーリの頭を撫でた。
「内容次第なんだね」
「これでも国家を預かる宰相という地位についているからな」
ぎりぎりの許容範囲でユーリとナリスに力は貸してくれるらしい。
「ふふ、ナリスくん、まとまったところでお茶をどうぞ」
現状維持、むしろご家族のご理解とご協力を得られたナリスはエリーゼの進めるままにお茶を手に取って飲もうとした瞬間、カップの中を見て驚いた。
「あれ?これって…?」
「うふふ、驚いたかしら?これは先日、ベルーガー侯爵が持ってきてくれたの。珍しいお茶なのよ。侯爵の領地にあるイルヤン山脈にいるイル族の独自のお茶なのですって。飲んでみたら美味しかったのよ」
ベルーガー侯爵は、あのイサドラとデニスの弟にあたる人物だったはずだ。
そんな彼が献上したというお茶はいわゆる紅茶ではなくて、日本人にとても馴染みのある緑色の液体、つまり緑茶にそっくりだった。
「エリおば様、イル族って?」
「わたくしはあまり詳しくはないけれど、イルヤン山脈の中で独自の文化を持っている民族なのだそうよ」
「イル族はだいたい5000人ほどの民族だ。高原都市であるイルルヤンカシュに住んでいるが皇国とは全く別の独自の文化を持っている。皇国としてもその文化を尊重して監視や街道の安全の為に常駐軍などを置いてはいるが、基本的には手出しをしていない」
さすがに皇国の宰相であるディオニシスはイル族の事も詳しく知っていた。
寛大なのか何なのか、皇国内にはいくつかそう言った都市がある。教皇の住む神都ベテルギウスなどがそうなのだが、イルルヤンカシュもそう言った都市のうちの一つのようだ。
「皇国の民であることは間違いないのだが、彼らは基本的に修行というものに重きを置いている」
「修行?」
「そうだ。イル族は豊穣と精神を司る神・イル=ルカヴェラーダを崇めている一族で、イル=ルカヴェラーダが常に精神を鍛える為に修行をしているという伝承に則って、敬愛する神に少しでも近づこうと常に修行をしている」
精神を司る神の修行、と聞いてナリスが思い浮かべるのは坊主頭になって薄着での滝行や座禅だ。
あれらも精神を落ちつけたり、清めたりする儀式の1つだ。
だが、今ナリスが聞きたいのはその事ではない。
このお茶があるということは、もしやナリスが探し求めている食事事情を解消する食材、すなわち、お米があるか否かだ。
「ディオおじさん、そのイル族の食文化は…?」
「ん?食事か?確かそちらも独自の物が多いと聞いているぞ。ただ、量があまりないそうで普通には出回らん」
「ちなみに食べた事は?」
「少しならあちらに行った時に食べたな。変わった物だったぞ。小さくて白い楕円形の物が主食なのだそうだ。粉にするのではなくて、そのまま蒸す?だったか煮るだったか何かして食べるのが流儀だ」
それは恐らく炊くであっているだろう。小さくて白くて炊いて食べる楕円形の物。それはつまり、お米でいいだろう。
「あ、味、とかは?」
ぷるぷるしながらナリスが聞いた。
「味か?確か、その白い粒々は噛むと甘い感じがしたな」
それは間違いなくお米だろう。
この世界に生まれて早6年。ついに探し物の一つが見つかった。
お米は和食には欠かせない物なのだ。
「お父さん、ボク、イル族に会いに行きます!」
息子は恋人問題をこじらせた父を放っておいて旅に出ると宣言をした。
「待て、ナリス」
「お父さんはここでミーシャさんとじっくり愛を育んで!ボクはお邪魔虫になるからしばらく旅に出ます。探さないでください」
そして堂々と家出宣言をした。
「イル族に会いに行くのか?あそこは独自の文化を持つがゆえにわりと閉鎖的だ。ドーラ商会と懇意にしているのだろう?なら、ドーラと一緒に行け。ドーラ商会が最近、国内でも珍しくイル族の商品を扱い始めたからな。確か、仕入れは会頭自らが行かないと売ってくれないらしい」
当然ながらオウル家について調べてあるディオニシスは、ドーラ商会の会頭と親しくしていることも知っていた。ドーラ商会の会頭がどういうルートでイル族にたどり着いたのかは知らないが、今現在、イル族が直接取引をしている数少ない商会の1つだ。
「イル族かぁ。ぼくも会ったことはないよ。どんな人たちなんだろうね」
ユーリももちろん一緒に行くつもりだ。ユーリがいくなら契約をしている神獣の天虎ヴェイユが付いてくる。
「2人とも気を付けて行っておいで。ベルーガー侯爵にはこちらから伝えておくよ」
お忍びとはいえ皇子が行くのだ。その地の領主にはあらかじめ伝えておかなければ後々トラブルにもなりかねない。まぁ、ベルーガー侯爵には姉と兄の件のことで貸しがあるから問題はないだろう。
「はーい、父上、母上、お土産になにか買ってくるね」
皇国の第一皇子様は、協力的な家族に快く愛し子との旅行に送り出された。
思いっきりお茶を飲みほして、ちょっとほっこりした気分になっていたナリスは、これで念願のお米が…、という頭しかなく、父親からアルテミシアに対してどう接していいのか分からずに助けを求めているような眼差しを受けたが、素知らぬ顔をしてやり過ごしたのだった。