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フォラス王国・王都デネブにて

セバスさんの回です。

 先ほどまでは森の家にいたはずなのだが、気が付けば見覚えのある王都にあるアルマの神殿の中庭にいた。


(これが、転移…)


 転移を使える人間などいないので当たり前のことなのだが、長年生きてきて初めての経験だった。


ー私は神界に帰るゆえ、後は頼んだぞ


 聞こえてきた美声に、今、この場にいないと分かっていても頭を下げた。


(必ずや、御心のままに)


 頭を上げ、何事もなかったかのように中庭から出口へと歩いて行く。途中で出会った神官が不思議そうな顔をしていたが、堂々と歩いていけば案外何も言われないものだ。

 神殿は王宮の一角にある貴族院の役所の近くにあり、それほど歩かずとも目的地へと着いた。

 逆に言えば、王都でも中心部に近い場所に神殿を構えているアルマは多くの信仰を集める神とも言えた。

 そんな存在を直接近くで拝見し、主に至ってはその眷属と成り得たのだ。セバス自身も祝福を受け、大変気持ちが良い。ステータスを確認して、隠すものは隠さなくてはならないだろう。


 役所の中に入ると幾分ざわついているようであった。

 もちろん、国王が倒れたなどという情報は組織の末端には入ってこないはずだ。ただ、あまり見かけない上級階級の人々の出入りが激しいように思えた。


「失礼ながら、何事かあったのでしょか?」


 受付の役人に聞いてみると、周りを見ながら小声で教えてくれた。


「それが、どうも国王陛下が倒れたらしくて」

「陛下がですか?」


 全く入ってきていないと思っていた情報がこんな所まで漏れてきている。どういう事だ、と思っているとさらに彼は教えてくれた。


「えぇ。陛下はレグルス皇国から来られた使者の方々との謁見の最中に倒れられたらしくて。その場にはお貴族様だけじゃなくて軍人やら役人まで揃ってたものだから、俺たちにまで情報が回ってきてるんです。その少し前に一瞬すごい光があったでしょう?アレと関連してんじゃないのかって噂まで飛び交ってますよ」

「さようでございましたか」


 あながち間違いではない。すごい光はアルマ様の降臨だし、国王が倒れた理由はアルマ様による呪術の解除が原因だ。やはり、国王は相当な対価を呪術に払っていたようだ。でなくば、当時はレベル差が相当あったはずのレイ(当時はレイノルド)にあれほど弱体化する呪いはかけられなかったのだろう。

 となると、辺境伯家も似たような事になっているのかもしれない。いや、あちらは呪術をかけた術者本人だ。対価は国王以上と見て良いだろう。


「それで、陛下ままだお目覚めになっていらっしゃらないのですか?」

「みたいですね。医官や神官が色々見ているらしいんですが、一向に目覚めないそうです」


 ならば、もう少し時間が稼げそうだ。なるべく遅くに目覚めていただけると大変ありがたい。


「では、本日は書類の受付をしていただいてもお時間がかかりそうですか?」

「そんな事ないですよ、逆に今日は早いですよ。レグルス皇国からの使者の方が来られるっていうんで、お貴族様たちはそっちにかかりっきりの方が多くて。本当は夜に歓迎の舞踏会も開催される予定だったので、その支度で忙しかったみたいです。今日、書類を持ってきたのはあなたが初めてですよ」

 

 そう言って役人は苦笑した。


「決裁印を押す法務長官もヒマそうだし、早く帰りたいって言ってましたからすぐに押してくれると思いますよ」

「そうでしたか。書類の決裁が早いと大変ありがたいですね」


 貴族院への届け出は基本、決まった形式の書類に必要事項を記入して関連する当主のサインと印、本人のサイン等があれば、後は貴族院の法務長官が決裁印を押して正式な受理となる。昔は国王の元まで書類が行き、国王の決裁印が必要であったが、何代か前の国王が法務長官に一任した。不満がある時だけ、当事者たちが国王に嘆願を出して調べる形式にして、一応、法務長官のみに権力を与えているわけでは無い、としている。赤ん坊の出生届にまで押印しなくてはならないのを嫌った当時の国王が作ったシステムだが、セバスにはちょうど良いシステムだった。

 持ってきた書類を受付に提出すると、彼は中身をパラパラとめくって確認を始めた。


「出生届と養子縁組届と絶縁届に貴族籍からの抹消届、すごいな。これ、ほんとに出しちゃっていいんですか?」


 心配そうに尋ねてきた彼は、役人として善良な方なのだろう。これだけの届を一気に提出しても、顔色一つ変えずに淡々と業務をこなす役人の方がはるかに多い。


「はい。よくある貴族のご家庭内のゴタゴタ、というやつですから。ご本人たちが貴族籍から抜けたいとおっしゃっていますので、問題はございません」


 貴族のご家庭内のゴタゴタ、と聞いて受付の役人は、あーという感じになった。

 彼自身は平民出身の下級の役人だし、付き合っている貴族の家の人たちも家系を誇るわけでもない貴族の端っこに引っかかっているだけのほぼ平民と同じ人が多い。一応、貴族の彼らでも、上流階級は怖いよ、と言っているので、これだけの届を一気に出すご家庭のゴタゴタというのは推して知るべし、だ。


「じゃ、受付して、法務長官まで持っていきますね。手続きに少し時間がかかると思いますので、良ければそれまでの間、奥の中庭でも見ててください。今ちょうど、中庭の花が綺麗に咲いてる時期なんですよ。終わったら呼びますから」

「さようですか。では少し拝見させていただきます」


 セバスは、花はどうでもよかったが、中庭から少しでも王宮の様子を見ておきたかった。国王がどの程度で目覚めそうなのか、何を失ったのかが知りたかったが、流石にそこまでは無理でも噂話しの1つでも拾えれば良いと思って中庭に出ただけであった。

 中庭は確かに色とりどりの花が咲き誇り、綺麗に整えられていた。その中を上流階級と思しき人たちが花を見ていたが、セバスの望む話しは何も聞こえず、諦めて役所に戻ろうと思った時に後ろから呼び止められた。


「そこの方、お待ち下さいますか?」

「私でございますか?」


 セバスが振り返るとそこには、水色の髪と金色の瞳の美貌の女性がいた。

 年のころは20歳をいくつか超えたくらいだろうか。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、それでいて引き締まった身体。纏った軍服が大変お似合いの女性だ。生半可な男が彼女の隣に並ぼうものなら彼女の前に霞んでしまうこと間違いなしの幻の青薔薇のような美女。

 さて、こんな美女がこの国にいただろうか、と思っていると、彼女の方から近づいてきた。


「えぇ、遠くから拝見させていただきましたが、少し変わった空気を身に纏っていらっしゃるようですわね」


 セバスを見ている金色の瞳がきらきらと輝いている。


「変わった空気、でございますか。全く身に覚えはございませんが、貴女様のような方にそう言われると何やら嬉しく思います」


 近くで見ると、彼女が身に纏っている軍服がこの国のものではないことが分かった。軍服に付けられている国家の意匠から考えるに、彼女はレグルス皇国の方。ならば、該当するのは唯1人だ。


(この方がレグルス皇国の姫将軍、皇妹アルテミシア様か)


 レグルス皇国の皇帝の妹姫。噂では軍神レオニダスの加護を持つと言われており、女性の身でありながらその剣技は超一流。自分より強い相手にしか嫁がないと宣言し、未だに独身なのは誰も彼女に勝てないからだという。


(レグルスからの使者、というのはこの方でしたか。ですが、なぜこんなところに?)


「失礼ながらレグルス皇国の姫将軍閣下とお見受けいたします。なぜこのような場所にお出でになっていらっしゃるのでしょうか?」


 普通の人間なら彼女の美貌に見惚れるところだろうが、セバスはつい先ほどまで人外の美貌を持つアルマと一緒にいたのだ。どれほどの美女であろうともしょせん人の範囲内でしかない。


「ふふ。わたくし、少々時間が空いてしまいましたの。この国の殿方で特に心が惹かれるような方はいらっしゃいませんでしたが、窓から見えたあなたには何か惹かれるものがありましたわ」


 無邪気に笑っているように見えるが、目が全く笑っていない。どう頑張っても『心惹かれる』という言葉が『獲物発見』にしか聞こえない。しかも、先ほどの受付の役人の言葉から察するに、彼女に多くの貴族や軍人、役人と手当たり次第会わせて、うまくいけば彼女の夫に、との国の思惑があったのだろうが、全く無視されているようだ。当たり前だろう。レグルス皇国の国内でも見つからない彼女の夫を、国力でも軍事力でも数段劣るようなフォラス王国内から選んでもらおうとは無謀に過ぎる。あと、舌なめずりっぽい感じを出すのはやめていただきたい。


「大変申し訳ございませんが、私はしがない家人でございますので、貴女様がご満足されるほどの武は持ち合わせておりません」


 丁寧に頭を下げて、暗に「手合わせしろ」と言ってきたアルテミシアに断りを入れると、彼女は大変不満そうな顔をした。

 

「ダメかしら?」

「私は自分の技量を良くわかっております。とてもではございませんが、貴女様にはかないません」

「あなたからは強そうな気配がしているのだけれど…、家人ってことは王宮仕えでは無くて、どこかの家に仕えてるってことでよろしくて?」

「はい」

「あなたの主はお強くて?」


 アルテミシアに問われて一瞬「はい」と言いそうになった。解呪されたレイのレベルと技量は彼女を満足させることは間違いないだろう。だが、ここでそう答えてしまったら確実に目を付けられてしまう。今の状態でそれはまずい。レイとナリスがこの国から脱出するまでは全てを隠さなくてはいけない。


「あ、いたいたー。終わりましたよー」


 ちょうどその時、受付の役人がセバスを呼びに来た。よし、逃げよう。そう決めてセバスはアルテミシアに一礼した。


「仕方ないわ。今は逃がしてさしあげます。でも、次に会った時はあなたの主を紹介して下さいね」


 艶やかにそう言って微笑むと、アルテミシアはくるりと身をひるがえして奥へと消えて行った。

 その後ろ姿が消えるまでセバスは頭を下げると今度は役人の方を向いた。


「えっと大丈夫でしたか?何かお話しをされていたようでしたが…」

「大丈夫でございますよ。ちょっとした世間話しをさせていただいていただけですから」

「あ、そうだったんですね。でも、すごいお綺麗な方でしたね」

「そうですね、とてもお綺麗な方でございましたね」


 レイとナリスはレグルス皇国に向かっている。自分も合流するし、いずれ皇国で出会うかも知れない。その時どういう状況になっているかは分からないが、状況次第ではアルテミシアの願いは叶うかもしれないだろう。


「さて、参りましょうか。書類に問題はございませんでしたか?」

「はい、大丈夫でしたよ。法務長官も決裁印を押してくれましたし、貴族名鑑も変更させていたいただきました。あとは、平民としての登録はどうされますか?」


 貴族の登録は必ず必要だが、冒険者のように1つ所に定住しない人々も多いので、平民の登録は自由だ。登録しておけば、身分証明書などを役所で発行することが出来るようになるし、他国に誘拐されるようなことがあった場合、国として対処することが出来るので、大きな商会の店主などはどこかの国で登録しておく事が多い。ただし、国が強制的に介入したり、スタンピードや戦争が起きた場合は強制的に招集されたりもするので、登録するしないは半々くらいだ。


「さて、登録するかどうかは私では解りかねますので必要ないと思われます。当家では、貴族籍の抹消までは面倒を見ますが、後のことは本人次第ですので」


 そう言うと、役人はまた複雑そうな顔をしたが、貴族のゴタゴタに巻き込まれたくないと思ったのかそれ以上は聞いて来なかった。

 これで、もう少しは出国したことが曖昧になるだろう。この国で住民登録をしなかったので、身分証明書は通常なら村長やその地の領主や騎士などある程度信頼性のある人物からの物が必要になるが、何といってもレイとナリスの物はアルマがいつの間にか取ってきた教皇の直筆の物。身分証としては最高峰の物だ。


「ところで、先ほどの国王陛下のことですが…」などと役人に話しかけながらセバスは今頃、国境に向かっているであろう2人が無事に通過することを祈っていた。

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