最後の要石
読んでいただいてありがとうございます。少しはGW中の暇つぶしになったでしょうか…?
「ま、筋肉の付け方はともかく、私が降りてきたのはそこの娘のことだ」
アルマがジョアンナの方を向くと、ジョアンナはぐっとこらえるようにドレスを両手で掴んだ。
「ナリス、其方はまだそこまでのものを背負う事はない。この娘は私が連れて行こう」
「アルマ様?」
「この娘をこのまま地上に置いておけば魔素の核と成り得る。そうして生まれる魔物がどんな存在になるのかは予想がつかぬ。私の許に送るという判断を下した其方は正しいが、もっと大人を頼ってもよいのだぞ?」
「……ボクがそう判断したから、せめてボクの手で送ってあげようと思って」
「確かに其方が直接送ればこの娘の魂はすぐに私の許に来たであろうが、その為に其方がこの娘をその手にかけるのを黙って見ていることは出来ぬよ。一言、言えばよいのだ、助けて、と」
アルマに言われて、ナリスはえっという顔をした。今の今まで、そんな考えには至らなかった。
それは、長い年月、母のお使いとして1人で動き回っていた弊害のようなものだった。
ナリスは異世界では常に母から各地に派遣されていた。いつだって、たった1人で。
何度も転生し、その時代の”お仕事”を終えたら肉体を手放して神界に帰る。人として地上にいる時にそれなりに仲良くなる人物がいなかったわけではないが、母から言われた事を周りの人に言えるわけもなく、こっそりと仕事をこなして気が付いたらもういなくなっているような毎日を送っていたので、誰かに頼るというという概念がなかった。
親友殿にだって仕事で頼ったことはない。ちょっと愚痴は聞いてもらっていたが。彼は彼で国の事と戦の事でとても忙しかったし、こっちもあの時代は本当に各地に行きまくって魂やら神様やらを回収していた。今思い出しても、転生人生の中でもものすごく濃い人生の1つだったとは思う。たまに彼の城に忍び込んで愚痴りまくっていたのは息抜きに近かった。利害関係が一致すれば協力する間柄の人間はいたが、助けて、なんて言葉を久しく発していなかったのだと改めて思い至った。
「あ、っとその、ボクはアルマ様や皆に”助けて”って言ってもいいのかな?」
「もちろん。私も何かあれば遠慮なく”助けて”と言うことにするゆえ、其方も我らに遠慮などせずに言えば良いのだ」
(ナリス様、この世界ではナリス様は隠れる必要などないのですよ。剣と魔法の世界です。こうして目の前に神だって降りる事が出来るんです。不思議なことが起きるのは当たり前の世界で、ナリス様の特異性を隠す必要は…少しありますが、ナリス様を助けることは出来ます。遠慮なく言って下さい。1人で何もかもをする必要はありません)
アルマやレイたち大人組やユーリに、愚痴って助けて、って言えばいいんだ、とストンと心の中に落ちてきた。もちろん自分も”助けて”と言われれば助ける。
「うん、うん、アルマ様。じゃあ、ちょっと助けて」
「了解した。この娘の事は私に任せよ。このままの姿で連れて行くゆえ、世間体としては、城の崩壊に紛れて行方不明になった、とでもしておけばいい。よいな、フォラスの王子」
「は、はい。ジョアンナのことをよろしくお願いします」
エドワードがアルマに向かって頭を下げた。ジョアンナもつられるように頭を下げた。
「なに、我が妻が話し相手を欲しがっていたところだ。今時の若い娘とやらと話せば妻の退屈も紛れよう」
そう言えばまだアルマ様の奥方にお会いしてないや、と思いながら愛妻家のアルマらしい言葉にナリスはくすりと笑った。
「奥方様、ですか?」
「そうだ。我が妻は優しいぞ。何も心配することはない」
ジョアンナにアルマはそう言ったが、そうではなくて、アルマが結婚していること自体、人の世では知られていないことだ。
「アルマ様、失礼ながら、いつご結婚なされたのですか?」
代表してルクレツィアがアルマに聞いた。確か、ルクレツィアが眠る前は結婚などしていなかったはずだ。
「そういえば、其方が表に出ていた時はまだ結婚はしていなかったな。それから少したった頃に結婚したのだ。妻は、其方に縁ある者ゆえ、いつか会ってやってくれ」
それなりの年月を生きた方の少し、というのは10年くらいの誤差が出る場合がある。ちょっと前でも2、3年は軽く経っている時がある。まして悠久の時を生きる神の少しなど100年単位で誤差がでてもおかしくはない。
「はい、機会がありましたなら、必ず」
「うむ。妻は寝物語に聞いていた其方の逸話に興味を持っていたそうだからな。其方に会えるとなれば喜ぼう」
妻に良い土産話が出来たと喜んでいるアルマだが、ルクレツィアの逸話とやらが寝物語=昔話になるくらいには年月がたった時に結婚したらしい。やはり100年単位くらいでの誤差はありそうな感じだった。下手したらそれこそ1000年の誤差が生じているようであった。
「おっと忘れていた」
そう言ってアルマは巨石の元に近づいて行った。当然ながらまだナリスは抱っこしたままだ。
「あー、そう言えば、この岩も要石なんだよね」
「そうだ。かつて私は、これらを四方に置いて要石とした。ダンジョンの中はなかなか凶暴な魔物で溢れていたからな。それなりの力もつ存在が必要だったのだ」
黒竜のエレやフェニックスのラピス、それに天虎のヴェイユ。いずれも力ある存在だ。その彼らを四角形の形にそって封印し、要石とすることで安定したダンジョンの結果を生み出していた。
その中でも地上に持ち出されたこの要石に封印されているのは最も安定した力を出す存在だった。
「ふむ。多少揺らいではいるが、根本的な封印はしっかりと成されたままだな。どちらかというと中に封印されたものというより、そこより漏れ出た力によって変質した周りの岩の力を使っていたようだな」
古い文献にも乗るような小さな力持つ石を生み出していたのは封印の岩そのもので、封じられた本体の力は一切使われていないという事実に、何が封印されてんの?と思ってしまった。この岩から生み出された力ある石は、スタンピードなどからこの国を守ってきたようであったのに、まさかの周りの変質した岩の能力だった。言われてみれば確かにそうでなければ、欠けた岩にあれほどの力はなかっただろう。ちょっと魔素を入れすぎただけで火の精霊が火竜となるくらいには、本体の力に影響された岩だったのだ。
「解けよ、その姿を現せ」
アルマの言葉だけで、要石が光だし、中に封じられたものがその姿を現した。
それは、大きな水晶のようなものだった。
縦が2mくらいの円錐形の水晶。尖っている方が地面に突き刺さりそうなくらいの高さで浮いていて、上の部分は平で綺麗な円になっている。透明度の高い本体は周りの景色を歪むことなく映し出している。
「水晶?」
「そうだ。これは深い海の底で生み出された特別な宝石だ。海の神が所持していたものだが、私が譲り受けた物で、ミズハという。天候をも操るといわれている宝石でね、正確には魔力を溜めてそれを変換させて雲を作り風を呼び雨を降らせることができる、という宝石だな。魔力を溜めて雲に変換させる能力が妙な形で岩に影響して、使う当てのない魔力を溜めては小さな石として吐き出していたようだ」
砂漠や雨が少ない地域においては、それこそこの宝石が神として崇められていてもおかしくはない。
「うわー、この宝石巡って一悶着起きそうな予感がする」
「欲しがる者は多いだろうな。これを持っているだけで武器になる」
この宝石が戦争の火種になることは間違いないだろう。
アルマとナリスがしゃべっていると、水晶がきらきらと光ってアルマに一直線に光線を出した。
「うわっ!アルマ様?」
「心配ない。ふむ、そうか、わかった」
どうやらこの水晶には意志のようなものが宿っていて、それがアルマに何事かを話しかけたようであった。
「ナリス、この宝石は其方に引き取られるのを希望するそうだ」
「えー、ボクでいいの?」
「本体(?)がそれがいいと言っている。権力争いや戦争の道具になるのはごめんだそうだ。のんびりとゆらゆらしながら生きていきたいらしいぞ。森の中で癒しの場になりたい、出来れば水場を用意してほしいそうだ」
森の中、つまり箱庭でぷかぷか浮かびながら過ごしたいという希望だった。
「あ、うん、わかった。じゃあ、お庭に動けるように水路と池みたいなのを作ればいいのかな?」
ナリスの言葉に水晶のミズハがきらきらエフェクトを出して応えた。
「賛成みたいだねぇ。うちの庭には動物たちも来るから、一緒にのんびりしてればいいよ」
海の底で生まれ、地下のダンジョンで要石として封印された水晶は、今度は地上の森の中(アルマの選定した安全安心の場所)で動物たちと戯れながら浮遊するという生き方を自ら選択をするようであった。