地下の空間にて
レイとナリス、ヴァルとエドワード、そしてアルテミシアとユーリ。
ある意味血族しかいない状況で地下の巨石の空間に滞在している。
「ミーシャさん、どうしてここに?」
元からいたレイと第一王子と一緒の散策という名目を持っている子供と王妃側のヴァルはともかく、アルテミシアはまるっきり外部の人間だ。
「ここ、警備ガバガバですし、忍び込みたい放題ですもの。初めは何かの罠かと思いましたが、動いている人間に生気は一切ありませんでしたので好きに動いて見ましたの」
そしたら、ついでに隠し通路まで見つけた、と。普通、お姫様が自ら侵入するところじゃないと思うのだが、どうもレグルス皇家の女性陣は自ら動くのがデフォらしい。
「よいではありませんか。こうして会えたのですし」
にっこりとレイに向かって微笑んだアルテミシアだったが、レイの方は訳も分からず取りあえず微笑みかけられたので微笑み返しました、的な笑顔になった。
「それで、こちらの方は?よく似ていらっしゃいますけど、ご血縁の方々ですか?」
「この国の第一王子のエドワード様とラグナ辺境伯だよ」
「あら?ではあの王様のお子様ですの?初めまして。わたくし、アルテミシアと申しますわ」
「エドワードです。その、失礼ですが、その軍服、レグルス皇国の方ですか?」
「えぇ、そうですわ」
「皇妹アルテミシア姫……」
当然ながらエドワードはアルテミシアのことを知っていた。レグルス皇国皇帝の妹姫。有名な姫将軍。
「なんでアルテミシア姫がここに?」
エドワードの疑問はもっともだった。普通に考えたら他国の皇帝の妹姫がこんなところに来るはずがない。よほどの事情がなければありえない事だ。
よほどの事情=ユーリ誘拐事件なので、ナリスは、あ、しまったと声に出さずに心の中でつぶやいた。
「ミーシャさんはレイさんのことが心配だったんだよ」
すかさずユーリがあえて”ミーシャさん”と呼んで誤魔化した。
「うん、そうそう。お父さんのことが大好きで告白しようとがんばってるとこだから!」
ナリスもそれに乗っかったが余計なことも口走った。
「まぁ、ユーリ、ナリスくん、告白はちゃんと自分の口で言わせていただけないかしら?」
「「ゴメンナサイ」」
「は?」
一連の流れについて行けずレイがまぬけな声を出していた。
「えっとつまり、アルテミシア姫はそこのナリスのお父さんの関係で来たってこと?」
「それもありますけれど、この子たちは我が国の子供なの。我が国の子供が誘拐されたのですもの。わたくしたち国軍がちゃんと取り返さなくてはね」
「誘拐?え?ナリスとユーリは誘拐されてきたのか?」
「そだよー。言ってなかったっけ?」
「聞いてないな」
確かに思い返してみればエドワードにはフォラスに来た経緯を話していなかった。
「なんだっけ、子爵とかいうのに連れて来られた」
あれを『連れて来られた』と言っていいものかどうかユーリは疑問に思ったのだが、ナリスがそう言ったので取りあえずうんうんとうなずいておく。
「そうか、あの腰巾着に連れて来られたのか。すまない」
エドワードが2人に頭を下げた。
「エド様、気にしないで。こうして同好の士にも会えたんだし」
どのみちこの国には来る予定だったのだ。不法入国するか誘拐されて堂々と入国するかの差でしかない。むしろユーリの古文書友達が出来たので誘拐されてきたかいがあるというものだ。
「子供たちもレイ様も無事だったのですからまぁ良しといたしましょう。ですが、この空間は何なのですか?」
「おほほほ。ここはフォラスの隠されていた力の源の場よ」
アルテミシアの問いに答えたのは階段からさらに降りてきた王妃アンネマリーだった。
「母上!!」
真っ先に反応したのはエドワードだった。
レイとアルテミシアは子供たちを背に庇って身構えた。
「エドワード、あなたもこんなところまで入ってきて。お母様は悲しくてよ」
特に残念そうには聞こえない声音で王妃は息子を見てそれからレイとアルテミシアを見た。
2人が並ぶ姿にぎりっと憎しみのこもった目で睨みつけた。
「レイノルド様、どうやってお目覚めに?」
「レイノルドじゃない、今の俺はただのレイだ、フォラスの王妃よ」
王妃の言葉を否定してレイは真っ直ぐにその目を見た。
「わたくしにとってはいつまでもレイノルド様ですわ。あれには強力な呪がかけられていたはず」
「俺にはあの呪は効かない。少しわけがあって寝ていただけだ」
アルマに魂だけ呼ばれて冥府に行ってました、とは言わない。
「まぁ、良いでしょう。で、そこの小娘は確かレグルスの皇帝の妹ね」
「わたくしのことを小娘と呼んでくださるのね。レイ様、お聞きになって。わたくしまだまだ若い娘で通じるようですわよ」
アルテミシアは優雅に笑い飛ばした。レイを捨てた過去の女に何と言われようと気にすることはない。
「小娘ぇ!」
「何かしら、おば様」
うふふ、と目が笑っていない笑顔で答える。小娘と呼ばれるならおば様と呼んで何の差支えもない。向こうが小娘と呼ぶのならばそれなりの年齢差があり、本人にも自覚ありということだ。年齢差があると思っていなければ、小娘なんて言わない。
「むかつくこと。あら、ヴァル様、そんなところにいらしたの。貴方は何をしてらっしゃるの?」
王妃に声を掛けられてヴァルはのろのろと顔を上げた。
「王妃様、わたしは…」
「役立たずはそこで黙っていらして。全く、レイノルド様の弟だから期待していましたのに、貴方の役目はもう終わったのよ」
王妃にとってヴァルは息子エドワードを作る為の道具としての価値しかなくて、その役目を終えている以上、もはや用済みだった。息子の父親といえど、肉壁以外に使い道はない。
「そうそう、この地下には面白いものがありますの。ぜひ見ていらして」
王妃の魔力が高まると同時に岩がほのかに光だした。
「えぇぇぇ!」
「うわ!」
子供たちの驚いた声にレイたちが振り向くと魔法陣が光だしてその中にいた6人を包み込んだ。
「行ってらっしゃい。生きて帰ってこられるといいですわね」
王妃が右手を軽く振るとその場から6人の姿が消えた。魔法陣の光が消える瞬間、白い影が王妃の横を通りすぎて魔法陣の中に侵入して、同じように消えた。
「…何、今の?」
王妃にもそれは見えたが消えてしまった6人と白い影を追いかけられるはずもなく、地下の空間は静寂に包まれたのだった。