妹姫
「そういえば、シメオン様。フォラスの王女のこと知ってる?」
「王女ですか?いえ、特にこれと言った話しは聞いたことがありませんが」
「顔が、無いんだよね」
「顔が、ですか?」
「そう、正確には口はあるんだけど、目と鼻がなくてのっぺりしてる。人族至上主義なら他種族が混じったこともないだろうし、先祖返りというにはちょっとおかしいんだ」
ナリスの言葉にシメオンはふむ、と考え込んだ。
「ナリスは彼女が先祖返りではない、と考えてるのですね」
「うん。ぜったい違う。ステータスにも何もおかしいところが無いんだ。だから余計、おかしく感じるんだよね」
ステータスにも人族と出ているし、本当に普通のステータスでしかない。
「……ナリス、彼女を深く視る事は出来ませんか?」
「指先とかでもいいから触らせてもらえばいけると思う」
少しでいいから触れ合って、そこから魔力を流し込めばより深く探ることは出来るだろう。
「でも、流石に王女様だから簡単には触れせてもらえないよね」
ナリスはそう言って天を仰いだ。まさか、それからすぐにその機会が来るとは思ってもみなかった。
「どうしましたか?遠慮はいりませんよ」
そう言って目の前でお茶を飲んでいるのはエドワードの妹姫のジョアンナだ。
ナリスとユーリがフォラスの王宮に滞在して数日たったある日、ジョアンナからのお茶の誘いが来た。
ユーリはエドワードと一緒に今度は図書室の禁書あさりを始めていたので、ジョアンナの誘いを受けたのはナリス1人だった。
「お兄様とお友達は本に夢中だとか。貴方はあまり興味はありませんの?」
「あの2人は本中毒だから。ボクも読むけど、2人ほどじゃないかな」
「あら、そうなのね」
ナリスの口調にも特にダメ出しすることもなく、妹姫は楽しそうだ。
「……ふふ、貴方方はわたくしを畏れないのね」
「初めは驚いたけどね。怖いとかはないかな。ボクの友人も色々いるからねぇ」
元の世界の友人には妖怪などもいるので、ナリス的には問題はない。
「そう。……生まれつき、なのよ。わたくしは隠されて育てられてきたわ。どうしてなのか、お母様もお父様も答えてくれないわ。わたくしに関しては秘匿の術を使ってまで緘口令が出されているのよ。ほら、あの子」
ジョアンナが指さした先にはプリシラがいた。
「あの子もわたくしに初めて会った時はまだ自由があったから、わたくしを蔑んだ目で見ていたわ。おとなしくなったのは、ああやって自由がなくなってからね」
「ふーん」
プリシラとは赤ん坊の時に会ったきりだが、あの性格のままならばジョアンナに向かって蔑んだ目で見ていたというのもうなずける。
「高名な魔術師でもわたくしの謎はわからないそうよ」
「見てもらったことがあるの?」
「ええ、わたくしだとて、出来れば普通のようになりたいもの。誰も何も言わなくても、奇異であることぐらいわたくし自身がわかっているわ」
ジョアンナは用意された紅茶を飲むと、ふう、とため息をついた。
「わたくし、目や鼻はないのに、頭の中には色も風景匂いもちゃんとわかるのよ。どうやっているのかは自分でもわからないけれど」
「あ、それは無意識に魔力で補ってるんだと思うよ」
ジョアンナが特に意識していなくても、失われている機能の分は魔力が補っているようだ。ナリスの視るところ、目や鼻に当たる部分に濃い魔力の層が視える。魔力が目や鼻の代わりにありとあらゆる情報を脳内に送っているのだろう。
「……貴方、ひょっとしてわかるの?」
「ん?わかるよ」
「ならば、わたくしがこうなっている理由も分かって?」
「少し指先とか触って魔力を流してもいいなら探れるけど」
「構わないわ。指先と言わずにわたくしの手を触っても構わないわ」
ジョアンナがナリスに左手を差し伸べてきたので、ナリスはその手を取って両手で包み込むように触るとそこからゆっくりと魔力を流した。
「いーい、お姫様。少し気持ち悪くなるかもしれないけど、ちょっと耐えてね」
ナリスはそう言うと目を閉じて、表面をなぞっていた魔力をジョアンナの魂に触れるように奥深くまで入れた。
「ッ!!」
ジョアンナが息を詰めるような声を上げたが、構わずに魂に触れて解析していく。
ジョアンナは無意識にナリスの手をぎゅっと握り締めた。
「…………ばばぁ、マジ殺す」
しばらくジョアンナの魂まで魔力を入れていたナリスが目を見開いて、冷めた目で言い切った。
その表情は今までとは違い人間味などどこにもなく、まるで神罰を下す神の如き表情をしていた。
ジョアンナが恐ろしさにぶるぶると震えだした。
「あぁ、ごめんね、お姫様。お姫様は何も悪くないんだけどねぇ」
にっこり笑ったナリスにもはや先ほどの表情は欠片もなくなっており、ジョアンナは内心ほっとしていた。
「あ、あの、わたくしのことは分かったの?」
「あー、うん。正直言うと、君という存在は理解したよ。申し訳ないけど、お姫様を治す事はボクには出来ない」
より正確に言うのならば、ジョアンナは病気でも呪いでもないからこそ、治療とか解呪という言葉が当てはまらないのだ。
「そう」
がっかりしたような声を出してジョアンナは手を引っ込めた。
「少し、教えて。わたくしはこれからどうなるのかしら?」
「お姫様?」
「お母様が何かをしているのは知っているの。以前はお父様の方が積極的に色々とやっていたわ。でも気が付いたらお母様の方が偉そうにしているの。お父様なんて、お母様の言うがままよ。わたくしのことだって、お母様が隠すとおっしゃったから後宮から出られないの」
ジョアンナが寂しそうに顔を下にうつむかせた。
「少なくとも、やらかしてるのは国王夫婦の方だから、それなりの処置はされるんじゃないかな。ってゆーか、ボクがやるよ。お姫様の前で宣言するもの何なんだけど少なくとも、君んとこのお母さんは生かしておけないレベルになっているから確実に殺らせていただきます」
娘の前で堂々とナリスは母親を殺す宣言をした。だが、その表情が先ほどと同じくまるで人ではない表情をしていたので、ジョアンナは震えるばかりで何も言えなかった。
「お姫様、お姫様は……そうだね、好きな事をしたらいいよ。それがボクに対する敵対行為でも、お兄さんと同じように本に夢中になる事でも何でもいいから好きな事をすればいい」
「好きなこと……」
急にそういわれてもジョアンナは何も思い浮かばなかった。生まれてからずっと後宮の中でしか生きてこれなかった。それも後宮内だからといって自由に過ごせるのではなく、多くの制限をかけられて生きてきた。こうして誰かとお茶をするのも実は初めての経験だった。皮肉なことに、王宮全体を王妃が支配下に置いているからこそ、ジョアンナが外に出ても誰も何もいわないのだ。
「好きなこと、少し考えてみるわ」
「うん。早く好きなことが見つかるといいね」
「ええ、今日はありがとう。またお茶をご一緒しましょう。今度はお兄様とお友達もご一緒に」
「……機会があれば」
ジョアンナの言葉にナリスがいつもより少し詰まったような感じで答えた。
ジョアンナのお茶会が終了したので、ナリスは後宮に来たついでとばかりに王妃の私室に寄って、レイの様子を見に来た。レイは変わらずに眠ったままだった。
「……ねー、お父さん。ボクじゃあの子はどうにも出来ないよ。せいぜい、歪む前に送ってあげることくらいだよ」
寝てるレイ相手に愚痴を言ってみたが、答えが返ってくることなどは無かった。
「あーあ、しょうがないねぇ」
せっかくエドワードと仲良くなれたが、こればかりは仕方がない。歪みは魔素の増大を呼び込み、やがて見た事もない魔獣が闊歩する世の中が生まれてくるかもしれない。女神スーリーと母である天照大神より与えられた自分の使命は魔素の増加を抑えることだ。世界の管理者の1人として放っておくわけにはいかない。せめて、送る時は自分の手で。そうナリスは誓ったのだった。