解呪方法
勢いだけで書いてます。
後で思い返せば、この時はある意味平和だったのだ。
セバスに厳しく子育てについて叩き込まれ、黒い髪と黒い瞳を持つ甥っ子は恐れていた夜泣き1つしない手のかからない赤ん坊で、将来はさぞかし美人(?)になるであろう可愛らしい寝顔を見ているだけでささくれだっていた心が静まっていったのだ。不思議と体調も良く、ナリスを連れ出して散歩まで出来るようになっていた。
「セバス、ナリスを連れてきてくれてありがとう」
ナリスを専用のベットの上であやしながら、泊まり込みで面倒を見ていてくれる執事にそう礼を言うと、セバスは首を横に振った。
「とんでもございません。私の方こそ、レイノルド様の優しさに付け込むようにナリス様をお連れ致しました」
「付け込む、か。お前はナリスを俺の生きる理由にしたかったのだろう?」
ナリスの存在がそうなれば良い、とは思ってはいたが、レイノルドが予想以上に赤ん坊に食いついた事は間違いない。レイノルドにとってナリスは”大切な息子”になりつつあるのだ。
ナリスの方もここ数日の2人の様子を見ていた。本気で父親になるつもりのレイノルドとそれをビシバシと支えるセバスの主従関係は信頼に満ちていて、見ていて気持ちが良い。この2人なら自分を大切に育ててくれることは間違いなかった。
そうなると問題はただ一つ。
(うーん、どうしたものか)
ナリスがレイノルドの呪いを解くことは容易い。ちゃちゃっと解くことはできるだろうが、いかんせんろくに言葉もしゃべれない赤ん坊がそれをやるのは不自然極まりない。ってか、ごく一般的な赤ん坊がそんなことを出来るわけがない。言葉もしゃべれないから説明も出来ないし、突然念話とかしたらびっくりの範疇を軽く超えてくる出来事だ。
(しまった。解決策が見つかんない…!)
自分の仕業だと判らないように呪いを解いて、解呪について疑問を持たれないようにして、レイノルドとセバスの目をかいくぐって普通の赤ん坊アピールして、辺境を脱出してもらう。
ソレ、なんて無理ゲー。
何かはバレる、確実に。誤魔化しきる自信も無い。何より封印が解かれたらレイノルドの精霊の瞳が発動するだろう。精霊の瞳は文字通り精霊たちを視て会話したりすることが出来る瞳だ。精霊の瞳が封じられていたために、以前みたいに精霊たちを視ることも会話することもできなくなったレイノルドだが、精霊たちはレイノルドのことが好きで、今でも周囲を飛び回っている。そうなると精霊たちがうれしそうに周囲を飛び回り、敬意を持って接しているナリスに何か特殊な能力があるのはバレバレだ。さらに問題なのは精霊たちがナリスのことを”愛し子様”と呼びまくっていることだろう。
絶対、隠し通せないだろ…。
あらためて考えると、優秀な保護者2人というのは隠し事満載なナリスにとって有益なのか無益なのか微妙なラインでしかない。今まで生きてきた世界とは生態系から違うのだから、できればこの2人に育ててもらうのが安全かつ安心だ。しかし、そのためにはある程度は事情を説明しておかないと納得できないことが多すぎるだろう。
(何か、一発逆転的な解決策ってないかなぁ)
レイノルドの呪いを解いて、ナリスの異常性が当たり前なんだ、と思わせる方法。
というか、レイノルドの呪いって解いて大丈夫なタイプだろうか。
呪い返しが術者に行くのは別に問題ない。そもそも、呪いをかける、という行為はそういうリスクを背負ってこそ強力な呪いになる。対価が自分の命なのか能力なのかは分からないが、レイノルドが能力の大半を封じられている状態から考えるとそれなりのものを対価にしているのだろう。解かれればソレらは失われる。
問題なのは、呪いを解くことによって、レイノルド自身に被害がくるかどうかだ。
術者は自分の何かを必ず対価にしなくてはならない。だが、対価は何も1つでなくてもいいのだ。むしろ強力な呪いをかけたいなら複数の対価を必要とする。対価は術者1人だけではなくて、関わった者たちの同意が得られればそれらも対価として有効になる。つまり呪いをかけられた時にレイノルドの方が知らぬ間に彼自身の持つ何かを対価にさせられる同意をしていた場合、被害者だろうが対価は失われる。
呪いをかけられた時は、レイノルドは失意のど真ん中にいただろうから、自暴自棄になって変な事を口走っていれば、うっかり対価の同意をしているのかもしれない。
(ちょっと天然っぽいところがあるから無きにしも非ずだよね)
ここ数日の様子を見ていてる限り、レイノルドは天然で魔性の魅力の持ち主だ。
きっと王都で誰にでも好かれていたのだろう。王太子(当時)がどんな人物か知らないが、レイノルドの婚約者を奪って王太子妃にしたぐらいだからそれほど年齢は変わらないと見ていい。
近しい年齢の次期辺境伯。それも端正な顔立ちを持ち、誰にでも好かれる王国の最年少騎士団団長。
ちょっと天然だが頭も悪くなさそうだし、性格も◎。むしろ天然な部分が微笑ましく思われていただろう。ある意味、この人と同年代はちょっとかわいそうだ。比較対象としては最上級。それが王太子ならなおのこと、さぞかしレイノルドが疎ましかったことだろう。
レイノルド自身はそんなつもりはさらさら無かっただろうし、本人は努力をきちんとしてきている結果だと思っているだろう。
恨みは知らぬ間に蓄積されてレイノルドは王都を追放され、全てを失った。
だが、こうしてナリスは出会えたのだし、辺境伯という地位にいないからこそナリスの目指すひっそりこっそり計画にはピッタリの人物だ。今ナリスにとって大切なのは、そこのところだ。
さてどうしたものかと悩んでいると、不意に頭の中に聞いたことのない声が響いた。
ーナリス様
(ん?ダレ?)
ーアルマです。ようやくナリス様との回路の構築が終わりましたので、こうしてお話しさせていただく事ができるようになりました。
美声の持ち主は、ナリスの担当、生と死の神アルマだった。
(アルマ様?ちょうど良かった、アルマ様って呪術関係わかりますか?)
ー呪術ですか?いけますよ。私が司るのは生と死ですからね。呪術関係は死に関わることが多いので私の管理下にあります。
有能だ。実に有能の方が担当になってくれた。ありがとう、スーリー様。
などど感動に打ち震えているとさらにアルマから声が聞こえてきた。
ーレイノルドのことですね。実は私からお願いしようと思っていたところだったんです。私はなるべく人の世に関わらないように心がけてきたのですが、レイノルドの事は私も妻も気にしていまして。できればナリス様に解呪をお願いしようと思っていたのです。
生と死の神が気にかける男・レイノルド。ではなくて、今さらっと問題発言を聞いた。
(妻?アルマ様、奥様いらっしゃるんですか!?)
ーえ?食いつくとこそこですか?妻はいますよ。もちろん1人だけです。いずれナリス様にご挨拶申し上げたいと言っていますので、お目にかける機会もあると思います。妻は元は人間ですので、ナリス様の役に立つと思いますよ
ナリス・ソウシュ・ラグナ、異世界の神族は妻帯経験は未だかつて一度もない。ちなみに親友の軍神殿も妻帯経験はないが、あれは好きで奥方をもらわなかったのだから問題外だ。そのせいでうっかり後継者争いが激しかったりもしたのだが。
何かジトーっとした気配をナリスから感じるが、アルマは気にせずに先を続けた。
ーあの、ナリス様。それでですね、レイノルドの呪いの解呪をお願いしたいのですが
(はぁ。ボクに奥さんが1人もいなかったのは仕方ないことなんだよね、うん。で、レイノルドの解呪だね。解呪することでレイノルドに害は無い?)
ーございません。調べてみたところ、対価は弟と当時の王太子、今のフォラス国王が背負っていましたので、レイノルドに不利益はありません。
(じゃ、大丈夫か。アルマ様、レイノルドのことどうして気にかけてたの?)
ー昔、私の神殿で剣舞を奉納してくれまして。それが今まで見たことないほど美しかったので、妻も喜んでいまして
生と死の神がデレッとしている気がする。
(残る問題は、ボクが解呪すると色々バレることだよね)
有能2人から逃れる術が思いつかない。ってか解呪したならぜひともすぐさま王国からおさらばしていただきたいのだ。
(あ、アルマ様が解けばいいんじゃない?)
決してアルマが妻帯者で奥方にデレデレしてそうな気配がするから押し付けよう、と思ったわけでは無い、たぶん。
ー私がですか?そのぉ、大変言いづらいのですが、今この場に私に仕える神官がいない以上、私が直接降りて解呪することになるのですが、実は私、まだ一度も降臨したことが無くてですね。道が出来ていないのです。
(どゆこと?)
ーこの世界では、我々神々や上位の精霊などが最初に降臨する条件として神官や魔導士などの術が必要となります。その規模はより上位の存在ほど大規模な術を必要とします。スーリー様の召喚に一度だけ成功した国はその対価として、その場にいた王侯貴族や神官、魔導士のみならず国内にいた者たち全員の魔力と引き換えになったと記憶しています。ですが、実は一度、人によって道が繋がれるとその道を通って神々や上位精霊は勝手に降りることが出来るのです。いわば人の世と繋ぐ専用の通路が開設されるのですが、私は未だに降りたことがなくてですね。道が創られていないんです。こちらから強引に繋ぐこともできますが、理を曲げることになるのであまり使いたくない手段でして。普段私の力を借りたい、という者たちには神官を通して力のみ送っているんです。
一度降臨している存在なら好き勝手来れるが、アルマの場合は一度も召喚されていないため、道が存在しておらずこちら側に来ることが出来ないという。
ならば、召喚すればいいじゃん。
アルマ召喚でレイノルドの解呪をしてもらい、その時にちょっとナリスは変わった子なんだよー、すぐに王国から脱出してねー、と言ってもらえればそれでOKじゃない?
こちらの世界の召喚術は知らないが、必要なのは願いと祈りと捧げる魔力。
日本式でもいけそうな気がする。
解決策として上々の方法じゃん、と思ったナリスはさっそくその策を実行することにした。
(かけまくもかしこき、天照大神の御前に……っはうちの母上様だから、スーリー様でやればよいのか)
ーちょ、ちょっと待ってください。ナリス様?何を!!人の話し聞いてました!?上位の神の召喚には大量の魔力が…!!
(かけまくもかしこき、女神スーリーの御前にかしこみかしこみ申す。我、異世界よりの来訪者なり。我が願いは剣士レイノルドにかけられし呪いの解呪。生と死の神アルマ様のお力をお貸しいただくべく我が魔力と引き換えにかの神の御降臨を願うものなり)
その瞬間、世界が光に満ちた。
それはその場だけに収まらず全世界規模で起こり、その一瞬の光に世界は震え、力強き者たちは何者かの降臨がなされたのだということを悟った。ただ、あまりに強すぎてその正体までは一切判らなかったが、唯一判ったのはそれが未だかつてない大規模な術であるということだけであった。
その中心地、森の屋敷では、レイノルドとセバスが突然起こった光の渦に目を閉じ耐えていた。
「ナリス?ナリス!」
光の渦の中心にナリスがいたのは見えたが、何事が起ったのかは一切分からない。
「……強引すぎます、ナリス様。私、これでも力ある神なので、召喚には大量の魔力が必要なんですよ…」
光の渦が収まると聞こえてきたのは、聞いたこともない美声。
そこには、背の半ばまである黒い髪と黒い瞳の人外の美貌を持つ男が立っていた。