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精霊たちのおしゃべり

 ナリスとユーリを乗せた馬車は特に障害らしきものもなく順調に旅をしていた。

 さすがに外には出られなかったが、1日2回は質素ながらも食事は出るし、夜も無理な移動はしていないようだ。


『愛し子様ー、新しい遊びー?どっかにお出かけー?』


 フォラス王国に近づいてきた時、風に乗った大勢の精霊たちが馬車の窓からわらわらと寄ってきてナリスに話しかけてきたので、防音の結界を張った。


「……すごい数の精霊だね」

『あー、金の子だー。久しぶりの金の子も一緒にいるんだね。愛し子様とお出かけー?金の子、愛し子様と仲いいねー』

『何年ぶりー?何年ぶりの金の子ー?百年以上はたってるよねー』

『うん、うん。間違いなく本物の金の子と愛し子だー。仲良しこよし』


 精霊たちがナリスとユーリを見て騒いでいる。そんな精霊たちをユーリがぽかんとした顔で視ていた。


「あれ?ユーリも何かそっち系のスキル持ってるの?」

「うん。精霊眼。ナリス、はそもそもアルマ様の愛し子だから当然、何か持ってるか」

「うん。ボクのは森羅万象の瞳だね」

「伝説級のスキルだけど、ナリスだもんな」


 ユーリのナリスに対する悟りはもはやレイレベルにまでなっているようだ。


「精霊たち、フォラスの異変を知ってる?」


 ユーリにも精霊が視えて声が聞こえるなら何の問題もない。がんがん行こうぜ、だ。


『フォラスー?フォラスって、今、みんなで逃げ出してきたとこだよ』

「逃げ出してきた?みんなで?精霊たちだけ?それとも人族も?」

『ぼくたちだけだよー。フォラスにあるあのおっきい建物から何かイヤーな感じがしてるから、ぼくたち一生懸命逃げてるの。基本動かない大地に属する精霊たちも地中深くに潜って、そこからゆっくり移動してるよ。人間たちは血を流してる』

「血を流してる?どゆこと?」

『えっと、門とかから出て行こうとすると、鎧とか着たおっさんたちに刺されたりしてるの。誰も逃げ出せないよー』


 どうやら、国境や城門から出ようとすると兵士たちに傷つけられるか、最悪、殺されているようだ。

 精霊たちは、流れ出たたくさんの血はその場を穢すので好まない。好みではなくなった土地に執着することもないので、自由に動ける精霊たちはそれこそ風に乗って逃げ出し、普通は移動しない属性の精霊たちもそれぞれの方法で逃げ出している最中だ。

 精霊がいなくなれば、当然その土地は死の大地と化し、植物が一切育たず生物が生きていくことの出来ない不毛の場所となっていく。そうならないように、戦場になったりと何かと穢れた場所は神官が清めの儀式を行って浄化し、再び精霊たちが住める土地にしているのだが、今回は小国とは言え国家規模で死の大地へと変貌しようとしているようだ。


『愛し子様と金の子はあっちに行くの?行きたくないのならぼくたちが教皇のところまで送るよー?』

「お父さんがあっちにいるんだよねぇ。それに君たちの居場所を取り戻さないとね」

『守護者がー?誰かー、守護者見たー?」


 代表してナリスとおしゃべりしていた精霊が周りの精霊たちにレイの事を聞いた。


『見てないー』

『見てないー』

『見てないー』

『見たー』


 見てない反応の中で、まさかの見た反応があった。


「お父さん、見た子、だれ?」

『わたしー、見たよー』

 

 ナリスの前に現れたのは、風の精霊に運んでもらっている最中の水の精霊だった。


「水の子、うちのお父さん、どこで見たの?」

『えっとね、おっきい建物の中ー。守護者、寝てたのー。わたし、守護者の近くの噴水にいたんだけど、いたずらしても話しかけてもぜっんぜん起きないからつまんなかったの』


 幼女がぷんすか怒っている。どうやらレイは捕らわれてから目が覚めていないようだ。


「他になんか思ったことない?」


 精霊は素直に思ったことを言う。レイは守護者として精霊たちに認識されているから、レイの周りの様子も素直な感想が聞ける。


『えっとねぇ。イヤな感じの女の人がしょっちゅう守護者の近くにいたの。わたし、あの人きらい。守護者とお似合いじゃないもん。そういえば、あの女の人からイヤな空気が広まっていってた気がするー』

「フォラス全体に?」

『そうそう。わたしの近くにいた大樹の翁が、避難命令を出したんだよ』

「翁?何て言ってたの?」

『うーんと、確か、中途半端だから逃げろって』

「中途半端?何が?」

『わかんないー。翁はすぐに地中に潜って、大地の子たちを逃がすって言ってた』


 また謎が増えた。何が中途半端だったんだろう。その正体を知っていそうな大樹の翁は、他の精霊たちを逃がすためにすでに大地の奥深くに潜ってしまっている。さすがに逃げ出している最中の大勢の精霊たちの中から大樹の翁を探すのは無理だ。そもそもどっち方面に逃げたのかもわからないし、精霊たちはとにかくフォラスから逃げ出す事に必死なので、連絡網も寸断されたままだ。


「ありがと。みんな、気を付けて逃げるんだよ。あと、教皇様に今教えてくれたことを伝えておいてくれる?」

『りょうかーい。気を付けてね、愛し子様と金の子』

「そういえば、何でユーリの事を金の子って言うの?」

『金の子は金の子だよー。まだまだお子様だから、金の子。ぼくたちも久しぶりに金の子に会ったよ。金の子もぼくたちに気軽に話しかけてねー』


 精霊たちはナリスの疑問に答えずに言いたい事だけ言って再び風に乗って行ってしまった。


「……えっと、ナリス。何か情報が謎すぎてよく分からなくなってきた」

「ボクも。お父さんが寝てるのとイヤな感じの女の人とフォラスは不毛の大地と化そうとしてる事しか分かんない」


 起こっていることは分かるのだが、肝心の中身が不明のままだ。精霊たちの情報は素直すぎてちょっと意味が分からない。


「中途半端、か。多分、魔法陣かもしくはそこにある何かがって事だよね。うーん、どちらにしろお父さんもいるなら、王宮には行かなくちゃいかんですよ」

「そうだね。魔道王国時代の何かが中途半端になってしまっているのなら、封印するにしろ解放するにしろアパラージタがあれば何とかなる、んだよね?」

「ま、そうだね。フォラスが不毛の大地になったら難民とかで大変だし、ってかその前にフォラスを脱出できる一般人っているのかな」


 精霊たち曰く、フォラスを脱出しようとするともれなく兵士に乱暴狼藉を働かされるらしい。それが元々のフォラスの民だけなのかそれとも他国の人間でたまたまフォラスにいた者も含まれるのかは分からないが、気分のいいものではない。


「あと、ユーリ、金の子って呼ばれてたけど意味わかる?」

「ううん、分かんない」


 ユーリは首を横に振った後にさらに傾げた。


「ぼくの瞳は確かに金色だけど、父上も叔母上も金色だし。精霊たちは百年以上ぶりの金の子って言ってたから、本当にどういう意味なんだろ?」


 精霊たちはユーリを『本物の金の子』と呼んでいた。本物という事はまがい物があったのであろうか。まがい物の金の子って何だろう?そもそも本当に金の子の意味がわからない。授業でも出てきた事のない単語だ。


「帰ったら、シメオン様にでも聞いてみようか」

「そうだね。きっと知っているはずだよ」


 生き字引な教皇様はきっと2人の疑問に答えてくれるだろう、たぶん。




「そうですか。ナリスとユーリはその馬車の中にいたのですね。で、レイは眠っている、と」


 伝書鳥が持って来たナリスからの伝言は、


「ちょっと誘拐犯について行ってフォラスに行ってきます。ユーリも連れてくけど、安全は保障するよ。いざとなったら箱庭に放り込むから回収よろしく。レグルスの皇帝夫婦とミーシャさんには何とか説明をよろしくお願いします」


 という言葉だけだった。さすがのシメオンも少し青筋がビキッと立ったが、愛し子様は自由なのだからしょがない、という事で納得した。皇帝の第1皇子が巻き込まれたのは、皇帝がうっかりオウル家にユーリことユリウス皇子を預けたのが悪いのだ。

 そして、今、ナリスに頼まれた精霊たちがナリスとユーリの様子を教えてくれていた。


『愛し子様と金の子は仲がいいねー』

『ねー。見てると幸せになりそうだよねー』

『金の子は久しぶりだから、愛し子様がいる時に生まれるとは思わなかったねー』

「金の子?」

『そうそう、金の子。数百年ぶりに生まれた正当な金の王になる子。でもまだお子様だから、金の子』

「ふむ」


 教皇シメオンにも分からない事は沢山ある。ただ、金の子というのには少し心当たりがあった。


「精霊たち、”金の子”は満たしているのですね?」

『金の子は満たしてるよー。久しぶりの金の子だから、ぼくたちも一生懸命守るよー』


 精霊たちがユリウス皇子を金の子だと認めた。それは、今皇帝たちがやっている大掃除に役に立つ情報だろう。”金の子”とはレグルスの後継者、今では皇太子と呼ばれる存在の古い言い方の1つだが、特定の条件を満たしたものだけがそう呼ばれる。そして、ユーリがその”金の子”だと精霊たちが認めたのだ、レグルス皇国の後継者はユリウス唯1人なのだ、と。だが、”金の子”という言い方やそこに含まれる本当の意味は、長い間出現しなかったせいで皇家でもほとんど忘れられている。今、”金の子”の意味を知っているのは皇帝か宰相くらいだろう。

 シメオンが知っていたのは、神殿が神の祈りの場であるのと同時に古い資料や本が散逸しないように保管しているからだ。教皇になったら重要機密も受け継がれる。その中にレグルス皇家の”金の子”について、正確には”金の皇”についての記述もあったからだ。だが、シメオンの時代に現れるとは思わなかった。ナリスがユーリをアストラルとアパラージタの主だと言った時からそんな気はしていたのだが、やはり、という思いしかない。


「まったく、とんでもないお子様たちですねぇ」


 我知らず微笑みながら、シメオンは青い空を眺めた。

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