行方不明
読んでいただいてありがとうございます。投稿も”ひそこそ”で頑張ります。
レイがダンジョンで謎の女性と戦闘になった事はすぐさまクロードに伝えられた。
クロード自らが先頭に立ち、ダンジョンに向かったがダンジョンの9階層は激しい戦闘で内部がぐちゃぐちゃになっていてレイとその女性の姿ははどこにも見当たらなかった。
「すまない、ナリス」
ダンジョンから戻ってきたクロードはすぐにオウル家にやってきた。今は応接間でナリスとユーリ、それにセバスと一緒に今後の事をどうするか相談中だ。
「クロードさんが謝ることは何にもないよ。お父さんが死んだ感じはしないからどっかでは生きてると思うし」
心配はしているが、ナリスは極力明るい声でクロードに対応した。実際、半神半人であるレイはそんなに簡単には死なないだろう。というか、そうなったら真っ先にアルマが教えてくれる。そんなお知らせがない以上、レイはどこかで生きてはいるのだ。
「それで、一緒に行ってた人たちは何か言ってた?」
ギルド職員のコスタたちはダンジョンから無事に脱出してクロードにレイと女性の事を伝えていた。
「詳しく聞いてきた。何でもレイはその女性の事を知っていたらしく、名前を呼んだそうだ、アンネマリー、と」
「アンネマリー?クロード様、レイ様は本当にそうおっしゃたのですか?」
その名に反応したのはセバスだった。
「間違いない。女性の方も自分の事を”貴方のアンネマリー”だと言っていたそうだ。セバス、知っているのか?」
クロードの問いかけに、セバスは小さくため息を吐いた。
「まさかその名をこのような事態で聞くとは思いもしませんでした。……アンネマリー様はレイ様の元婚約者です」
「え?お父さんの元婚約者?」
「はい。元婚約者で、今はフォラス王国の王妃になっている女性です」
「はぁ!!?」
クロードが驚いた声を上げた。レイの元婚約者で現フォラス王国王妃たる女性。その女性がレイたちを襲い、あまつさえ(恐らく)レイを連れ去ったと思われる犯人?意味が分からない。
「まてまて、マジで意味がわからん。その女性がフォラスの王妃だというんなら、なんでレグルスのダンジョンにいたんだ?しかもコスタいわく、夜会で着るようなドレスを着て歩いてきたんだぞ。んなの人間か?」
「えー、今回はうちのお父さんのモテ騒動に巻き込まれるのー?」
ナリスがずれた感想をのたまった。前回はユーリ父。今回はナリス父。お互いモテる父を持つと息子が苦労をするのだ。
「ナリス、レイさんがモテそうなのは見てわかると思うんだけど。でもどうして今頃?確か、フォラスの国王夫妻ってうちの両親より前に結婚してるはずだよ」
フォラスの国王夫妻の間にはユーリやナリスよりも年上の王子と王女がいるはずだ。
「はい。アンネマリー様がご結婚なされたのは、17年ほど前の事でございます。元はレイ様のご婚約者で伯爵家のご令嬢でございましたが、当時の王太子、今の国王がお2人が婚約中にも関わらずアンネマリー様を王太子妃となさいました。王太子に望まれ、伯爵家は喜んでアンネマリー様を差し出したそうにございます」
当時からレイの傍にいたセバスはさすがに詳しかった。
「セバスが知ってることは全部言って」
「はい。アンネマリー様とレイ様は家同士の繋がりでご婚約をされておりましたが、仲が良く、お似合いの2人だといわれておりました。ですが、王太子と弟であるヴァル様に疎まれたレイ様が呪術でその能力やレベルといったものが封じられた時、同時にアンネマリー様は奪われました。奪われた、という表現が相応しいのか分かりませんが、アンネマリー様とレイ様の婚約は破棄され、アンネマリー様は王太子妃とおなりあそばされました。アンネマリー様は大人しい性格の方で、婚約が正式に破棄される時もただ静かに佇んでおられたのを覚えております。正直、コスタさんが露出度の高い夜会服を着ていた、とおっしゃっていたそうですが、とても当時のアンネマリー様には結び付きません」
「セバス、そのアンネマリーさんとやらは魔法は使えたの?」
「貴族のお嬢様ですから、それなりには。ですが、属性も1つだけで、確か水属性だったと記憶しております。性格も手伝ってか、攻撃はあまり得意ではなく、守りに魔法の方が得意な方でした」
「……ってかさぁ、アンネマリーさんってお父さんと似た年齢の人だよね。コスタさんが20代くらいって言ってたけど、すっげー若作りなの?」
ナリスの素直な疑問に一瞬その場が凍った。何度も言うが、女性の外見は魔性なのだ。美魔女も多くなってきた昨今では、外見では年齢は測れないのだ。
「坊ちゃま、目の前で言ってはなりませんぞ。マナーでございます」
セバスの真剣な目に、ナリスは「う、うん」とたじろぎながら答えた。
バカだな、ナリスは。といつでも女性に対して美辞麗句で称賛するように教育を施されている帝国の皇子様は思い、素知らぬ顔で紅茶を飲んだ。
「アマーリエさんを見ろ、バカナリス」
ついにはギルド長にまで呆れた声で言われた。
「えー、っとすいませんでした。でもちょっとした疑問だったんだよー。フォラスってボクより断然年上の王子サマがいなかったっけ?」
「おられますね。確か、第一王子が御年13歳になられるはずでございます。王子1人と王女1人がお生まれになっています」
「なのに、若々しくてナイスバディで戦闘しちゃうの?何なんだろうねぇ、その人」
「確かにな。セバス、最近のフォラスが少しおかしな感じになっているのは知っているか?」
「はい。エリック国王が妙な宗教に入れ込んでいるそうでございます」
「妙な宗教って?」
「その宗教は決して外で神の名を呼んではいけないのだそうです。ですからどの神を崇めているのかは不明なのですが、地下組織に近いものかと思われます」
「ふーん。ユーリは知ってる?」
「いや、知らない。というか、普通にぼくも話しに交じっているが、よく考えたら、レイさんって何者?どうして、フォラスの王妃が元婚約者なんだ?フォラスの貴族なのか?」
「「「あ!」」」
すっかり忘れていたがユーリはレイの元の身分もナリスの生まれも一切知らなかったのだ。あまりに最近一緒にいたせいで、ユーリは知っているものだと思ってしまっていた。よく考えたら、叔母であるアルテミシアもウィード家と神殿に阻まれてオウル家の事を調べ切れていないはずだった。
「えーっと、さくっと言うと、お父さんは元々フォラスのラグナ辺境伯家の嫡男で元フォラス王国の第三騎士団団長でした。色々あって、ボクを引き取ってアークトゥルスに逃げてきました。ちなみにボクとお父さんの実際の関係は伯父と甥で、お父さんに呪術をかけた弟がボクの実の父親だけど、絶縁してるんで一切関わりなしです」
「さくっとしすぎだ。ま、レイとナリスの事は神殿預かりだと思えばいい。ユーリも聞いてるだろうが、ナリスはアルマ様の愛し子だ。レイはその守護者としてアルマ様の加護を得ている。2人が自由に生きる事がアルマ様の、ひいては創造神であるスーリー様の願いだ。それにはフォラスじゃダメだったんだよ。だから、レグルスに来た、そんなところだ」
クロードの補足で、ユーリは一応、納得というか、そんなもんだと思う事にした。
「ごめんねー。ユーリに言ってないのを忘れてました。でも、ボクのお父さんはレイお父さんただ1人だけだから、ボクは全力でお父さんを助けるよ」
「うん。気が向いたら他の事も教えてくれ。むしろ、言ってない事自体を忘れてそうな気がするけど」
「あはは、間違いないや」
最近ずっと一緒にいるし、一緒の家に住んでるし、一緒に秘密の家で寝落ちしてるからか何を言ってあって、言っていないのかが分からなくなっている。
「まぁいいや。ぼくが聞いてなさそうな事だったらちゃんと言うよ」
「そうしてー。秘密がいっぱいありすぎるよ」
さすがにまだ異世界の神族です、という告白は出来てはいない。そのうち言うかもしれないが、今はとりあえず関係がないのでそっと放置だ。
ちょうどその時、扉がノックされてアマーリエが入って来た。その後ろにはアルテミシアがいた。
「ごきげんよう。レイ様が行方不明とお伺いしてまいりましたが…」
開口一番アルテミシアは聞いてきたが、微笑んでいても目が笑っていない。
「セバスが呼んだの?」
「はい。ユーリ様の事もございましたので、お呼びしました」
ここがもし危険にさらされるようならば、早急にユーリを皇城に戻さなくてはならない。そう思ってセバスは裏ルートでアルテミシアを呼んだのだ。
「で、どういう事ですの?」
「えっと、昔の彼女にさらわれた?的な?」
「ナリス……」
超はしょって言ったナリスにクロードは頭を抱えてため息をついた。
「……昔の彼女?レイ様にそんな方がいらっしゃいましたの?」
ますます怖い微笑みのアルテミシアの問いかけに男たちは少しだけ鳥肌を立てた。
「セバス、よろしく!!」
「ヘタレですな、坊ちゃま」
「何とでも言え!」
ナリスはアルテミシアの問いかけをセバスに丸投げした。
丸投げされたセバスは大人の矜持で何とかアルテミシアに向き直り、先ほどと同じ説明を始めた。
「では、昔の彼女、というより既婚者の元婚約者にレイ様はさらわれた、と言う事ですか。…すでに夫がいる身でありながらレイ様も欲しい、と?欲しければ婚約破棄などなさらなければ良かったのですわ。自ら手を放したくせに今更また欲しがるなんて、身の程知らずが」
アルテミシアの周りにブリザードの幻覚が見える気がする。
「……ユーリくん、ひょっとしてミーシャ様って」
「……一目ぼれだそうだよ。うちの一族、惚れたらしつこいよ」
お部屋の片隅でこそっと交わされた子供2人の会話が耳に届き、ミーシャはそちらを見た。
「ナリスくん」
「はい!!」
何となく直立不動になってすばらしく良い返事を返す。
「わたくしが新しいお母様ではお嫌?」
「え、えっと、父の意志をご確認ください」
もう、レイに全て丸投げだ。つーか、レイが原因なのだから早く帰ってきて何とかしてほしい。
いつの間にか、レイの失踪事件は謎の恋の三角関係事件に発展していた。