目標
オウル家にユーリが来てから3ヶ月ほどが経った。
その間にユーリはナリスと一緒に冒険者として薬草集めに行ったり、子供たちにちょっかいをかけてきた流れの冒険者をほのぼの公開処刑にしたりと楽しく過ごしていた。
今まで、皇城の中の事しか知らなったユーリにとってナリスたちと一緒に色々やる事は初めての事が多く、”ぼくの知らない世界”は物珍しさに溢れていた。
『何事も経験』
ギルド長や他の大人たちからもそう言われて、迷子の猫探しからおばあちゃんのお買い物の手伝いまで幅広い仕事を地道にこなしていく楽しさに目覚めた。授業の先生たちは今まで一括りで「皇国の民」と呼んでいたが、そこにはそれぞれの生活や仕事や苦労がある。
「ナリス、ぼくは将来はあそこに住む存在となる」
イアソンたちと一緒に屋台で買った昼ごはんを食べながらそう言ってユーリが指を指したのは皇城だ。将来どころか今も一応お住まいはそこなのだが、ユーリの言う将来とはユーリが皇帝になった時のことだろう。
「民、とは数字じゃない。パン1つ焼くのにあんなに手間ヒマかかってるとは思わなかった。でももしどこかの国が攻めてきたらそれは全部無くなっちゃう。そうならないようにぼくたちがいて、貴族がいて、騎士や役人たちがいる。それぞれがそれぞれの役割をちゃんとこなして平和であること。取りあえず、ぼくの将来の目標としてはそんなとこかな」
ここ3ヶ月で見違えるほどしっかりしてきたユーリの宣言にナリスは「ほぇー」と言って昼食の総菜パンにかぶりついていた。
本日の仕事である開店したばかりの街のパン屋のお手伝いでユーリは大変感銘を受けて、将来の方向性までどうやらまとまったようである。
「ある意味壮大な目標だねぇ」
レグルス皇国だって、少し前、ユーリの曽祖父の時代は荒れていた。祖父である先帝が争いを収め、父帝がそれを受け継ぎ発展させて来た。ユーリの代でまた荒れさせる訳にはいかないのだ。
「まぁ、がんばれよ、ユーリ。あ、そだ、俺、学園に行くことになったから、しばらく来れねえぞ」
ユーリの壮大な目標の宣言を聞き流して、イアソンがさらっとのたまった。
「ん?イアソン学園行くの?」
「おー、この間、神殿で魔力測ってきたら、普通より多かったらしくて強制回収された」
皇国の子供たちは誰でも10歳の年に神殿で魔力を測る。これは、強い魔力の持ち主を選定する為で、一定以上の魔力の持ち主は学園に入り、その使い方を学ぶのだ。そうしなければ、魔力暴走が起きる可能性があるので、王侯貴族だろうが平民だろうが誰もが避けては通れない道となっている。
10歳なのは、魔力が多い者はそれくらいの年齢で測ると平均を超えて来るからだ。平民は普通レベルが多く、生活魔法が使えるくらいなので問題は無い。一定レベル以上魔力の持ち主は王侯貴族に多い。当然、ユーリも将来的には学園に通うし、ナリスも放り込まれることが決定している。
一応、建前上としては魔法を正式に扱えるのは学園に入学してからなのだ。たとえ、今、ばんばん使っていようとも、建前上はそうなのだ。貴族などは学園入学前の幼いうちから魔力制御も兼ねてある程度魔法の基礎を習っているが、本格的に学ぶのは学園に入ってからになる。
魔力が一定以上の者は強制だが、一定以下の者でも学園には入れる。むしろ、一定以下の者が多い。
学園には魔力の多い者たちが通う魔法科の他にも騎士科、商業科、錬金術科、魔道具科、文科、外交科、侍従・侍女科などその人の目標に沿った学科が数多くある。学園卒業はステータスにもなるし、費用も平民だと国費から補助が出るので、平民でも少し裕福な家だと子供を学園に入れる親は多い。子供はそこで基本的な学業と人脈作りをするのだ。ちなみに魔法科は強制なので、平民は無償で入る事が出来るし、制服なども支給される。さらに魔法科は特例として、魔法科+αで自分の好きな学科を1つ選んで授業を受ける事が出来るのだ。
「イアソン、属性はー?」
「なんか、俺、平民なのに2種類あるらしくて、火と聖属性だって」
「ぶふ!イアソン、聖属性あんの?」
イアソンの属性を聞いてナリスは、うひゃひゃと笑った。聖属性とはその名の通り、癒したり浄化したりする属性で、持ってる人は当然神官やシスターが多い。平民だと属性魔法は1つの者が多く、貴族でも2つか3つくらいだ。
「うるせぇ、ガラじゃないのはわかってるよ」
聖属性の判定が下ると、まずその場で神官に神職へとスカウトされる。学園に通いながら神官として聖属性の魔法を上位の神官たちから学ぶのだ。学園では基本的な聖属性の魔法は習うが、神官たちの魔法はより上位の魔法が多い。神官たちは独自の聖属性の魔法体系を確立しているのだが、当然ながらそれらは神殿に属する者以外には門外不出になっているので、聖属性を極めたければ神官やシスターになるしかない。
「神官に勧誘されなかったの?」
「されたさ。でも俺、南ギルド所属だって言ったら引かれた。何でだ?」
もちろん、南ギルドにはギルド長のお友達である教皇猊下がけっこうな頻度で出入りしているからである。
『皇都南ギルドの子供たちには手出し無用』なのだ。
その掟を破ればたとえ神官だとて容赦なくほのぼの公開処刑に処される。『やってよし!』という教皇猊下のお茶目な許可は出ている。
神官たちはそんな危険を犯したくはないようであった。
「じゃ、イアソンはお先に学園に通うんだねぇ。ボクたちが入学するまでにお掃除しといてね」
「お前が言うとシャレになんない。ってか、掃除ってどこまで?お貴族様に手を出す気はないぞ」
イアソンの実家は商会をしている。会頭である祖父はドーラの師匠とも言うべき人だ。
ナリスも会った事があるが、優しそうな顔をしたやり手のおじいさんだ。
イアソンは孫で次男だし、商売より剣を振っている方が好きなので特に家の商売に関わる事はないが、それでも家に迷惑がかかる事をするつもりは無い。お貴族様はお得意様だ。
「んー、適度に?どうせイアソン、魔法科の他は騎士科に行く予定でしょ?」
「そうだな。騎士になるかどうかはともかく、基礎はきちんと学びたい」
イアソンの師匠はギルド長だが、そのギルド長も騎士科に通った方が色々な剣技や武器の使い方が学べると言って押していた。
「じゃ、騎士科の掌握まででいーよ」
「お前、マジで簡単に言うなよな!入学したら先輩たちばっかりなんだぞ。潰されないようにするのがせいぜいだ」
「あはは、それこそ何言ってんのだよ、イアソン。そこらのぼんぼんの剣が実戦とギルド長とボクで磨かれたイアソンの剣に勝てるとでも?脳筋の掌握は得意でショ?やってネ」
「鬼だ、鬼がいる……!!」
歯がキラッと光りそうな笑顔を見せたナリスに対して、イアソンはガクブル状態だ。
「おにいちゃん、ナリスにさからうのはむりだよ……」
傍らからそっと弟のヴィクターがイアソンに何の慰めにもならない言葉をかけた。
「チクショー、お前らが入学してくるまでの4年間は猶予をくれよ!さすがにすぐには無理だぞ」
やけになってやれば出来る子発言をしたイアソンに周囲の子供たちは、あ、またナリスにのせられた、と思ったのだがそれもいつもの事なので特に気にしない。
学園は10歳~17歳まで通う。10歳~12歳までの初等科、13歳~15歳までの中等科、16歳~17歳までの高等科という区別になってはいる。基礎は初等科で学び、中等科は基礎の応用や上位の技術や知識、実戦等を行い、高等科はより高度な技術(魔法科でいえば上級魔法等)を覚えていく事になる。
区切り事での卒業も可能で、中等科を卒業していればステータスには十分なので、平民だとだいたいそこまでは通う。高等科は貴族や卒業後、国や要人に仕えたい人たち等が通っている。イアソンは平民で騎士にならないのなら中等科までで良いのだが、ユーリが一緒に入る以上、すでに上に目を付けられている。不本意だが、その事は間違いなく断言出来る。
学園は初等科、中等科、高等科と別れていても科が同じなら合同で授業をする事も多いので、イアソンにはぜひ騎士科を掌握してもらい、自分たちが入学する4年後にはいちいち絡まれないように、うるさいのを黙らせていておいてほしい。
「大丈夫、君なら出来る!!」
「うさんくせー」
ナリスは某 元・テニスプレーヤーのマネをしてみたが、元ネタがわからないイアソンの胃はきりきりと痛むばかりだ。すでに限界を突破しようとしているイアソンを横目にナリスはいかに目立たずに学園生活を送るか、という事を考えていた。
騎士科はイアソンが掌握するから問題無し。魔法科も入学したらユーリがいるので、ユーリ中心に学園が回っていくのだろうと思う。後はユーリとナリスが魔法科+αをどの学科にするのか、という事と、どうやって掌握するのか、だ。まぁ、焦らずじっくり自分の興味のある分野を探していけば良いのだ。
ところで、学園ものだと乙女ゲームが発動しますか?母上
遠く異世界で自分の動向を見守ってくれているであろう実の母にそっと問いかけてみたが、当然、返答などは一切無かった。