2振りの剣
誘拐事件からしばらくしてアパラージタをナリスに取られたクロードはレイとカリアスにやけ酒に付き合ってもらい、あっさり誘拐されたイアソンはクロードからさらなる課題を与えられ、ナリスたちはいつも通りの日常を送っていた。
ナリスはまだまだ冒険者になり立てだ。そう、誰が何を言おうともナリスはまだ6歳児で冒険者として本格的に始動したのは今年からなのだ。なので、今日も今日とて他の子供たちと一緒に薬草探しに出かけていた。今までと違うのは、子供たちが入る事の出来る森の中をギルドから依頼された中堅の冒険者たちや引退した元冒険者たちが見回って声を掛けてくることだ。アークトゥルスのすぐ近くで起こった誘拐事件だったので、さすがのギルドも問題視して、こうして冒険者や元冒険者を派遣するようになった。
「ナリス、そろそろ帰る?」
いつものようにハリーとイアソンの弟で同じ年のヴィクターと一緒に薬草探しをしていたナリスは、ハリーに声をかけられて、うん、とうなずいて立ち上がった。
かさり、と音がしたので振り向くと、水色の髪が見えた。
「ナリス!!」
水色の弾丸がナリスに抱き着いてきたので、ナリスはぐはっとうなった。
「ユーリ?久しぶりだね」
水色の弾丸ことユーリがナリスに抱き着いて嬉しそうに笑っていた。ちなみに今日はちゃんと男の子の恰好をしている。
「1人?」
「ううん。おばうえといっしょ。おばうえとならそとにでてもいいっていわれた」
ユーリが見た方向には、軍服姿の女性がたたずんでいる。姿は見えないが他にも護衛がぞろぞろいるようだ。
「そっか。ハリー、ヴィー、悪いけど先に帰っててくれる?」
「はーい。行くよ、ヴィー」
「うん」
ハリーとヴィクターの姿が見えなくなり、護衛の1人が2人について行ったのを感じると、ナリスは改めてユーリの方を向いた。
以前は伸ばした髪の毛を左右で結んでいたが、その髪の毛も肩に着かない程度にまでは切られている。
「髪の毛切ったんだね。女の子の恰好はもうお終い?」
「うん。ナリスにアストラルをもらったから、けんのしゅぎょうのじゃまになったんだよ」
「アストラル、びっくりされなかった?」
「ちちうえもははうえもびっくりしてた。だから、いま、アストラルについてじぶんでほんをさがしてべんきょうちゅうなんだ」
誰かに聞けば早いのだろうが、ユーリは自分で本を1から探す方向で勉強をしているようだ。
「あと、せんせいたちにもいろいろきいてるんだ。ナリスがちしきはぶきになるっていってたから、ちゃんとおぼえようとおもって」
「詰め込みすぎて爆発しないようにね、ユーリ」
「ちちうえにきゅうけいしながらやれっていわれた」
「そうだね。ボクたち、まだお子様だもんね。そうだ、ユーリ。アストラルって今、持ってる?」
「うん。もってるよ」
ユーリは当たり前のように自分のインベントリからアストラルを取り出すとナリスに渡した。
受け取ったナリスはこちらも自分のインベントリから例の赤いルビーを取り出した。
「それってこのあいだの?」
「うん。そう。これ、ボクが持ってるより、ユーリが持ってた方が良さそうだから」
ナリスがルビーをアストラルに近づけるとルビーがふわりと光ってアストラルに吸収され、アストラルの柄と剣の境目あたりにルビーが綺麗に収まった。
「キレイじゃん。これは増幅の機能を持ってるから、ユーリが剣を媒体にして魔法を使うと思った以上に強くなっちゃうこともあるから気を付けてね」
「わかった。けんをとおしたときととおしてないときのさをしっておけばいいんだな」
「その通りだよ。この宝石はきっとユーリを守護してくれるよ」
イサドラが愛した人の血を継ぐ愛しい息子なのだ。きっと守ってくれる。
「ユリウス」
しばらく2人の事を見守っていた女性が近づいて声を掛けてきた。
「改めて、わたくしはアルテミシアと申します。ナリス・オウルくんでよろしいですわね?」
「えっと、ナリスです」
ついこの間やり合った相手なので、ちょっと気まずいかも、とナリスは思ったが、アルテミシアはお構いなしの様だ。
「1つ聞きたいのですけれど、アストラルはどこで手に入れたの?」
「そこのダンジョン」
ナリスが指を指したのはこの森の奥だった。この森の奥に小さなダンジョンが1つ存在しているのだが、そこは10階層しかなく出て来る魔物も駆け出しの冒険者でも倒せる程度の弱さで、ダンジョンの奥に必ずあると言われているダンジョンオーブこそ発見されていないが、もはや攻略済みとされているダジョンである。ギルドの初心者講習にも使われるダンジョンなので、今更発見されていない宝物が出て来る場所ではないはずだった。
「あそこのダンジョンは攻略済みでしょう?どうしてそこにアストラルが?」
「あそこ、奥に発見されてない隠し部屋があって、たまたまお父さんたちと行った時に見つけたんだよね。そこに落ちてたんだよ」
ナリスの言葉にアルテミシアはちらりと横を見た。恐らく嘘かどうか分かるスキルの持ち主がいるのだろう。ナリスの言葉に嘘が無いとわかるとアルテミシアは、そう、とつぶやいた。
もちろん、ナリスは嘘は言っていない。ただちょっと途中経過を大幅に短縮しただけだ。
10階層しかないと思われていた小さなダンジョンだったが、実は奥に隠し部屋が有りそこからさらに深い階層へと繋がっていた。レイとカリアスとクロードとシメオンといういつものパーティーにナリスも加わってダンジョンを調査した時に、一番奥にある壁にはまっていた突起だと思われていた石たちが実は扉を開ける為のからくりになっていて、その石を正しい配置に置いた結果さらに奥の扉が開く事に気付いた。当然帰るなんて選択肢は無く、そこから先に進んでみたところダンジョンは30階層まで存在していて、あまり強くない魔物が出る表と違いこちらはまぁまぁ強めの魔物が出てきた。
さらに30階にはリッチ率いるゾンビ軍団までいたのだが、腐ったゾンビ系が大嫌いだというシメオンが特大の神聖魔法を1つぶっ放してくれたので、大変スッキリと片付いた。所在不明だったダンジョンオーブもこの階にありこのダンジョンの真の攻略はこれで完了したのだが、何かと講習関係でお世話になっているダンジョンなのでダンジョンオーブは壊す事をせずにこのまま置いておき、ナリスをオーブの主として登録してスタンピードが起きないように調整をした。その時、アストラルを拾ったのだ。
リッチがため込んでいた宝物庫の奥に場違いな感じで極々普通の剣が落ちていた。周りはきんきらきんの宝飾品や金貨などなのに、この剣だけ異様に普通だったのだ。ナリスが手に取ると感じたのは、この剣が未だ見ぬ主を待っていて、どうやらその主に近づくのにナリスが運ぶのが一番早そうだ、という事だった。しょうがないので拾ってインベントリに放り込んだままだったのだが、剣の主はあっさり見つかり剣は礼のひとつもぜずにとっとと主の元に行ってしまった。
嘘をつくのなら真実を混ぜるべし。と教わったのだが、アルテミシアに嘘は言っていなので問題はない。深く聞いてこないのならしゃべる必要は無い。聞かれても困るけれど。
「今回の誘拐事件ですけれど、子供たちを助けてくれてありがとう。表向きにはこの子や貴族は関わっていない事になっているの。わたくしの兄夫婦も貴方方に感謝しているけれど、何も言えないからわたくしの言葉だけで許してね」
「ボクは巻き込まれただけだから、細かい事はワカンナイヨー」
そう言ってナリスはにこっと笑った。
「そうそうユーリ、約束の物あげる」
ナリスがインベントリから取り出したのは、クロードからもらったアパラージタだ。
「これ…」
「宝石がじゃらじゃら付いた宝剣だよ。ユーリにあげるって約束したやつ」
白銀に輝いているであろう刀身は、今は金と宝石で出来た鞘に収まっていて、出ている柄の部分にいくつかの宝石がついていた。1個1個が能力持ちの宝石で切れ味の強化や魔力タンクなどの実用的な能力の宝石たちだ。鞘の方の宝石にも修復機能やら剣の砥ぎ能力やらが付いている。
「ナリスくん、これ皇家の宝物庫に入っていてもおかしくない剣なんだけれど」
「え?そうなんですか、おばうえ。ナリス、そんなけん、ぼくもらえないよ」
「あはは、ユリちゃんが欲しいって言ってた剣だから、これユリちゃんの物だよ。大丈夫、前の持ち主とはちゃんとお話し合いは終わってるし、アストラルと一緒でこれもユーリの剣だから。銘は『アパラージタ』って言うんだよ」
「アパラージタ…?どこかで聞いた気がするのですけれど。どこでだったかしら?」
アルテミシアが小首をかしげて考え込んでいる。どうやらアパラージタの事を聞いた事があるようだが、思い出せていない。
「ユーリ、この剣もきっと役に立つよ。アストラルとアパラージタの2振りが君の剣なんだから大切にね」
「うん。ありがとうナリス」
アパラージタを受け取ってユーリは一度、鞘から抜いた。白銀の刀身はまだ誰の血も吸っていないように見えた。ユーリの仕事はこの剣を白いままでいさせる事だ。その為に今は一生懸命お勉強をしなくてはならない。
「アパラージタ、思い出したわ。それ、失われた魔道王国の王家所有の剣の1つだったんじゃなかったかしら。滅亡の混乱の中で行方不明になったと聞いていたのだけれど、南のギルド長が持っていたのね」
「ギルド長もどっかのダンジョンで見つけたって言ってたよ」
クロードの手元にあった時はアパラージタは視なかった。他人の物を勝手に鑑定したりはしない。なので、鑑定したのは手元に来てからだ。ユーリに渡す前に変な呪いととかが掛かっていないかチェックをしたのだ。その時に魔道王国の王家所有の剣とか、まぁ、色々と視えたのだが、必要ならそのうち嫌でも表に出て来るだろうと思って放置した。ナリスにしてみれば、これは”ユーリの剣”であるというだけの事なのだから。
「ナリス、ぼくのなまえは、ユリウス・イオ・レグルスというんだ。このくにのおうじだ。ぼくのなまえにちかうよ、ぼくはこの2ふりのけんのあるじにふさわしいそんざいになるって」
ユリウス・イオ・レグルスは初めて自分の意志で皇帝になる道を歩み始めたのだった。