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祓え

 ーイサドラ嬢、貴女は素晴らしい淑女になられたのだねー

 -まぁ、もったいないお言葉ですわ。わたくしなどまだまだですわ。もっと優雅に、と思いますけれども難しいですわー

 -そうかな。そのままでも貴女は十分優雅だよー

 -お褒めの言葉をいただきまして、わたくし、嬉しゅうございますわー


 いつかの舞踏会で交わされた言葉。


 -イサドラ嬢、今度、私の婚約者となった女性だよー

 -イサドラ様、よろしくお願いいたしますー


 恋しい方が紹介してきたのは、自分より身分が劣る女性。今代ではイサドラが最上位の生まれの女性だった。彼の隣に立つのは自分しかいないと思っていた。


 -イサドラ嬢。彼女の事を頼むよー

 -…はいー


 恋しい方はイサドラの気持ちに気付かない。彼の目に映っているのは婚約者である女性だけだ。


 -なぜ、なぜわたくしではないの?-







「わたくしの邪魔をするなぁぁ!!」


 胸部にある虚ろな目のイサドラがかっと目を見開き、鬼のような形相でナリスを睨みつけた。同時に黒い闇が溢れてイサドラの周囲が染まっていった。


「凝った闇だね。それもだいぶ濁ってる」


 同じ黒でもイサドラの周りにあるのは凝り固まり濁った闇。人に安らぎを与える夜の黒とは全然違う。


「何か、こういう濁った黒のおかげで、黒色とか闇色ってイメージが悪いんだよねぇ」


 安らぎと同時に恐怖を与える闇のイメージは、こうした得体の知れない何かを生み出すイメージがあるせいだ。闇色イメージ向上を目指すナリスとしては、ぜひ真の闇の美しさを堪能してもらいたいと思っているが、今のところ共感は得られていない。


「自分自身を食わせたの?じゃあ今、表に出ている意識は何?」

「ふふ、これは欠片よ。わたくしがわたくしであった頃の意識の欠片。いいえ、違うわ、わたくしこそが表なのよ。あら?裏だったかしら?」

「言ってる事が無茶苦茶だよ」


 何を聞いてもちゃんとした答えが返ってくるとは思えない。ナリスは諦めてもう一度剣を構えなおすと、イサドラに切りかかった。

 イサドラの周囲に満ちる凝った闇が集まり、ナリスの攻撃から本体を守る為に剣が来る場所に盾のような物を形成した。


「無駄よ。わたくしの元に貴方の剣は届かないわ。諦めてわたくしに食べられちゃいなさい」

「えぇー、ヤダ。ボク、男の子だから、出来れば将来的には食べる方向で」

「まぁ。可愛らしい男の子は悪い大人に食べられるものよ?」


 核心を突くような言葉以外では会話らしきものになってはいるが、内容は貴腐人っぽくなっている。


「そうね。愛しい息子と並べて飾るのも大変趣があってよろしいかも知れなくてよ」

「…どこの世界でも発想は変わんないのかー」


 大変残念なお知らせをナリスは受けたが、その間も2人の剣と闇は互いを傷つけようと攻守を繰り返していた。


「おばさん、そろそろボク飽きてきたし、邪魔が入るのも嫌だから、とっとと決着をつけようね」


 ナリスは何度かの攻防で闇の盾に傷が入ったのを視たので、そこを中心に攻撃を繰り返していた。

 パンっという音と共にイサドラの周囲を覆っていた闇が薄まり、イサドラの胸元にある赤い宝石がその色と同色の光を放っているのが視えたので、ナリスはその宝石に手を伸ばした。


「やめなさい!!貴方ごときが触って良い物ではないのよ!!!」


 イサドラの焦った声が響いたが、ナリスは関係ないとばかりにイサドラの胸元から取り出し宝石を視た。


「集約?違うな、増幅の力を持つ宝石か」


 綺麗な赤色の宝石は恐らくルビーだろう。ただのルビーと違うのは、その宝石自体が能力を持っている事だ。このルビーは持つ者の力を増幅させる能力を持つ宝石だった。”力”は何も魔力とは限らない。深い思いもまた”力”の1つだ。


「返してちょうだい。それはわたくしの宝石なのよ」

「うーん、どっちが捕らわれてんの?キレイナオネエサン?それとも宝石?」


 ナリスの言葉に反応するように宝石が輝いた。


「ま、どっちでもいっか。とりあえず、オネエサンには還ってもらおうか」


 イサドラの周りにある闇が小さく収束していく。触手の生贄を解放し、増幅装置であったルビーを取られたイサドラに最初の頃の勢いは無くなっていた。


「姉上!!小僧、姉上から離れろ!!」


 デニスが現れてイサドラに駆け寄ると姉を後ろに庇うように立ちふさがった。


「下がって、姉上。こいつは危険だ」

「危険、ねぇ。危険なのはどっちかって言うと、そっちの方だとおもうんだけどねぇ」

「うるさい、黙れ!私たちの事など何も知らない小僧が!!」

「えー、知らないよ、当たり前じゃん。でも、知ってたから何って感じ。あんたたちの執着なんて知ったこっちゃないもん。今、危険にさらされてんのはボクたちだしー?ボク、あんたたちの犠牲になる気はさらさらないよ」


 ナリスはイサドラとデニスの事など何1つ知らない。知っているのは、この2人が自分を含めた子供たちを誘拐した元凶で、今、危険にさらされているのが子供たちだという事だけだ。ナリスにとってそれはこの2人を倒す十分な理由になる、ただそれだけだ。

 イサドラがじっとナリスの見つめて声を出した。


「…わたくしはあの方をあいしているの…」

「うん」

「…わたくしの想いはあの方のじゃまになる?」

「さあ?ボクはその人じゃないから分からないよ。誰かに想われて、それを嬉しいと思うのか、特定の誰か以外の感情は重いと感じるのかは人それぞれじゃない?ボクからしてみれば、オネエサンも新しい誰かを探せばよかったのに、とか思うけど、それはボクの想いであったオネエサンの願いじゃないし」

「…そうね。わたくしも別の誰かをおもえればよかったわね」

「姉上?何を言っているのですか?」


 ルビーを取った影響かイサドラは先ほどから憑き物が落ちたような顔をしている。胸元の虚ろな目をした2人の顔も少し小さくなってきているようだ。


「デニス、わたくしは…」

「姉上、しっかりして下さい。もうすぐあの方と再会なさるのでしょう!?親子3人で仲良く暮らすのでしょう!?」

「弟さんさぁ。オネエサンの想いを叶えたいのか利用したいのかどっちなのー?」

「貴様!貴様が姉上を!!」

「人の話し聞けや」


 宝石抜いたイサドラの方がまだ話しが通じそうだよ、とぶつぶつ言いながらナリスはデニスに剣をふるった。デニスが剣を抜いて応戦しようとした瞬間、デニスの前にイサドラが出て、ナリスの剣を胸に受けた。


「姉上!!」

「…思ふこと 皆尽きねとて 麻の葉を 切りに切りとも 祓ひつるかな」


 剣とイサドラの胸に突き刺して、ナリスはふとその祝詞を口ずさんだ。


「祓えたまへ 清めたまへ 鎮めたまへ ひふみよいつむななやここのたり ふるべゆらゆらゆらゆらとふるべ」


 アルマを召喚した時と同じように日本式だがイサドラの為に魂鎮めの祓の祝詞を紡いだ。

 ナリスの祝詞を聞きながら、イサドラがデニスの方に倒れ込んだがその顔にはどこか満足気な表情が浮かんでいた。


「あねうえ…?」


 信じられないものでも見るような表情をしたデニスの腕に受け止められた瞬間、イサドラはざっと言う音を立てて砂に変わった。イサドラであった砂はそのまままるで強い風に吹かれたように空中に舞い上がって霧散した。


「あねうえ?あねうえ……」

「あんたも一緒に逝ったら?向こうでアルマ様が何とかしてくれるかもよ」


 イサドラと言う力の源を失ったデニスの身体も指先からさらさらと砂へと変化していっている。


「私はただ、あねうえにしあわせになってもらいたかったんだ」

「ボクもユーリに幸せになってもらいたいよ」


 身勝手な思いはお互い様だ。今回はナリスがやったが、いずれユーリがこれをやらなくちゃいけない時だって来る。その時はナリスはちゃんと傍にいようと思っている。


「ユリちゃん、おまたせ」


 デニスの身体が完全に砂となってイサドラと同じように空中に霧散した後、ナリスはユーリと生贄になっていた子供たちの元に向かった。


「あいつら、なんだったんだ?」

「ん?いわゆる死人ってやつだよ。ずいぶん昔に亡くなってるんだと思うよ。想いだけが変な風に残ってて、さらにこいつがそれを増幅させちゃった結果、蘇ってきた感じかな。何かきっかけはあったと思うけど、それが何なのかは大人たちにがんばって調べてもらおう」


 ナリスの手には、イサドラの胸にあった増幅の能力を持つルビーだけが残されていた。

 2人を視たナリスの目に映ったのは、「死人」の2文字。死んでもなお残る想いが2人を動かしていた。

 姉は愛しい人への想いで、弟は大切な姉への想いで。

 憑いていた凝った闇も一緒に払っておいたので、あの闇がこれから誰かにいたずらする心配は無い。

 後の仕事は大人に任せればいい。

 何といて言ってもこっちは被害者の6歳児だ。最年長は10歳のイアソンだ。


「さて、戻ろっか、ユーリ」





 -姉上、大丈夫ですか?-

 -大丈夫よ。わたくしはあの方の婚約者にはなれませんでしたが、あの方を想う事は自由ですもの。きっと時間が解決してくれるわ。いつかわたくしにも別に愛する方が現れると思いたいわー

 -憎くはありませんか?ずっと姉上は想っていらしたのにー

 -その気持ちが無いわけではないわ。だから、こうして避暑を兼ねて皇都から離れて行くのですもの。でも、恨むような事はしたくないわ。わたくし、それほど落ちぶれてはいなくてよー

 -わかりました。辛かったらいつでも言って下さい。姉上の傍には私がいますからー

 -ありがとう。いつも貴方はわたくしの味方でいてくれるのねー

 -もちろんです、ずっと傍にいますからー


 姉弟を乗せた馬車が深い森の中で護衛とともに消息を絶ったという連絡があったのは、皇都を出発してからしばらく経った頃だったという。


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