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仕えてくれる人たち

寒波がまた来てるようですね。今は普通の風邪もひきたくない時ですので、あたたかくしてご覧ください。

「お初にお目にかかります。ドーラ・ウィードでございます」


 目の前でレイとナリスに綺麗な所作で礼をしているのは、ウィード家の異端児、商人のドーラであった。

 ドーラは栗色の髪と緑の瞳を持つまだ30歳くらいの女性で、間違っても空賊などはしていない。

 最初ドーラという名を聞いた時、もちろんナリスはかの有名な空賊のママを思い浮かべたのだが、どちらかと言えば船室の壁にかかっていて一時期世間をざわつかせた若い頃の空賊のママの方に似ている。

 商人らしく抜け目のない雰囲気と全体的に柔らかい感じを持っていて、好奇心旺盛な目の光が隠せていないが、同じ金銀財宝でも探しているのは天空の城ではなくて情報とWIN-WINの関係を築ける商品だ。


「私たちの主たる方々にお会い出来ましたこと、恐悦至極に存じます。このドーラ、今は商人ですが、根はウィード家の者でございます。いかような事でもお申し付け下さい」

「レイ・オウルだ。この子は息子のナリス。これから世話になるよ」


 黒い髪と瞳を持つ父子と対面をドーラは楽しみに待っていた。

 ウィード家はあくまで執事や侍従・侍女を輩出する家だが、一族の者が揃って仕えた事など今まで一度も無かった。自らの主は自らで決める事を許されていたのだ。一応、建前として当主には一族の主を決める権限はあったが、歴代の当主は誰一人としてその権限を発動させる事は無かった。その為、一族の者同士で敵対する主を持つ事さえあったのだ。

 それが、ウィード家の当代の当主であるセバスは、一族全てでオウル家に仕えると決めた。

 その知らせが届いた時、ドーラは思いっきり笑ったものだ。

 あのセバスが、自分たちを幼い頃から鍛え上げそれぞれの主を自ら見つける事の大切さを説いていたセバスが、ウィード家の当主の中の当主と呼ばれたセバスが、一族全ての主を言わば強制的に決めたのだ。

 先代の当主が一族全ての主を決めようとした時、最後まで反対して決して従わなかったセバスが皮肉にも一族全ての主を決めた。反発する者が多少は出るかと思ったが、誰も反対しなかった。セバスが怖いとかそういうのではなくて、先代の時に断固として反対したセバスが決めた主が一族の主にふさわしいのだと誰もが分かっているからだ。

 実際、ドーラはオウルの父子に会って納得した。

 後は自分が一族の者に態度や言葉で認めたことを示せばいいだけだ。それだけで一族の者はやはりセバスが決めた主に間違いは無いと納得する。


「旦那様、私は表向き商人という形を取らせていただきますので、お名前で呼ぶ事をお許しください」

「もちろんだ。ドーラが困らないようにしてくれて構わない」

「では、レイ様、ナリス様とお呼びさせていただきます。お家の方ですが、職人街に近いあのお屋敷でよろしいでしょうか?」

「ああ、ナリスが広い浴室を気に入ってな。楽しみにしているんだ」


 いつも通りレイに抱っこされたままドーラの挨拶を受けたナリスはドーラに向かってにっこり笑いかけた。


「ナリス様はお風呂が好きなのですか?」

「あう!」

「さようでございますか。あの屋敷ですが、名義もすでに我が商会になっておりますので、すぐに修繕をさせます。ナリス様、恐れながら、ナリス様は異世界の知識をお持ちと伺いました」


 ドーラの目がきらりと光った。

 これから長い付き合いになっていくであろうドーラにはあらかじめナリスが神の愛し子であることと異世界の知識を持っている事は伝えてある。セバスの一族ではあるが、念のため”沈黙の誓約”をした上で伝えた。

 異世界の知識で今までに無かった物を生み出したいドーラと、いずれくるであろう日本人的食料問題を解決する手段(要はお米探し要員)を持っているであろうドーラを仲間に引き入れたいナリスとのお互いの意向が合致したのだ。


「あう、あう」

「ナリス様、このドーラ、命をかけてお仕えいたします。ナリス様が欲しいと思った物やあったら便利と思った物はぜひお教え下さい。必ず、商品化させて見せます!!」

「ああう!!」


 はたから見れば会話が成立しているのかどうか怪しかったのだが、こうして異世界の知識を持つ赤ん坊と、あくまで主の為の情報収集の為に商人をやっていると言い張る新興の商店主は手を組んだのだった。


 後にこの同盟(?)に異世界の料理に魅了された料理人も加わり、3人は新たな商品や料理を生み出していくのだが、その様子をレイは微笑ましく見守り、時々やりすぎて3人まとめてセバスに怒られる事になるのだった。




「姫様、長い間、お世話になりました」


 深々と頭を下げる女性をアルテミシアは少し寂し気な瞳で見つめた。


「寂しくなるわ、メリア。貴女がいてくれただけでわたくしは楽しかったのだけれど」

「姫様、私のような者にそのようなお言葉を頂きましてありがとうございます」


 アルテミシア付きの侍女の1人であったメリアは本日で王宮を去ることになっていた。

 メリアはアルテミシアと歳が近いせいか、主従ではあっても割と気安く声をかけることが出来る数少ない侍女だったのだが、王宮を去り親戚から紹介された新たな屋敷で努める事になったのだという。

 もしこれが誰かによって強制された事であったなら、アルテミシアは全力で引き留めただろうが、親戚から話しを聞いたメリアがきちんと考えた上での決断だと言ったので、引き留めようが無かったのだ。

 新たな主は紹介した親戚が執事として仕えていて、まだ乳飲み子の赤ん坊がいるが母親はすでに亡くなっているのでその子の侍女になって欲しいと言われたのだと言われれば、立派に成人していてさらに離れて暮らしているとはいえ父親も母親もまだ健在なアルテミシアとしては何も言えなかった。


「皇都にはいるのでしょう?」

「はい。いつかどこかでお目にかかることもあるかと思います」


 侍女として、近しい年齢の女性としてちょっとした事に気を配ってくれたメリアがいなくなるのは痛手だが、自分よりもその赤ん坊の方がよっぽどメリアを必要としているだろう。


「メリア、貴女の行く末に神々のご加護のあらんことを」

「ありがとうございます、姫様」


 旅立つ人に伝える一般的な言葉を伝えると、メリアは一礼して部屋を出て行った。




 今まで仕えていたアルテミシア姫の前を辞すと、メリアは自分の部屋へ戻ってまだ残していた数少ない荷物をカバンに詰めるとそのまま使用人用の出入口に行き、見慣れた門番に一言礼を言ってから外へと出た。

 メリアはこれでもう皇宮に仕える侍女ではなくなったが、心はとても晴れ晴れとしていた。

 別に今までの主であったアルテミシア姫が仕えづらい主であったとかそう言う事ではなくて、ただ、うれしいのだ。

 なぜなら数いるウィード家の侍女の中から、セバスは自分を選んでくれたのだから。

 一族全ての主であるレイ様とナリス様。

 セバスからレイとナリスの事を聞いた時、メリアはセバスが選んだ主なら間違いは無いと思ったし、実際、2人に会ってさらにそれを確信した。

 アルテミシアには悪いとは思ったが、皇宮を辞して屋敷に行くのが楽しみでしょうが無かった。

 これからメリアも暮らす事になる屋敷は改装に2ヶ月ほどかかり、今日ようやく2人もそちらの家に引っ越しをする事になっていたので、その日に合わせてメリアも皇宮を辞めたのだ。


「メリア」


 道の途中で待っていたのは、メリアの幼馴染で、一緒にオウル家に仕える事になった侍従のキリルだった。


「まぁ、キリル、迎えに来てくれたの?」

「姉さんに言われてな。ついでに姉さんの商会に寄って荷物を受け取って来いと言われたんだ」


 キリルはドーラの弟にあたり、最近は侍従の仕事はせずにドーラと一緒に各国を巡っていた。


「商会の仕事の方が楽しかったんじゃないの?」

「俺は侍従の方が性に会ってるよ。あっちの仕事は姉さんや他の一族の人に任せるさ」


 さり気なくメリアの荷物を持つと2人揃って歩き始めた。まずは、南の大通りにあるドーラの店に寄って荷物を受け取り、それからオウル家に移動だ。

 何気ない会話をしながらも2人は周囲に警戒をしていた。商人見習いみたいな事をしていたキリルと違い、メリアは今の今までアルテミシア姫に仕えていたのだ。万が一、メリアの後をつける者がいないとも限らない。だから、自分が迎えに来たのだ。


「大丈夫そうだな。メリアは本当にただの侍女として仕えていたんだな」

「当たり前よ。姫様は良い方でしたけれど、私の主では無かったわ」


 少し寂しい気持ちになったが、でも、アルテミシア姫はメリアの主では無かったのだから仕方が無い。 


「そうか……、お2人にはお会いしたか?」

「もちろん。私たちの大切な主たる方々ですもの」


 先ほどとは違い、メリアは心から微笑んでいる。その笑顔にキリルは小さく微笑んだ。

 

(やっぱりメリアへの思いもあの人たちにバレてるんだろうなぁ)


 セバスとアマーリエがいるとは言え、自分たち2人が屋敷の事を回していく事になる。一族の者しか内部に入れたくないセバスとしては、一族の者とはいえ外で家族を持たれたくないのだ。

 メリアが侍女になると決まった時に、姉のドーラとセバスは自分をみてニヤッとしていた。くそう、そう言う事かよ、と思いながら自分も必死になって叩き込まれた侍従としての知識や振舞を表に引きずり出してセバスの試験に挑んだのだ。

 レイとナリスは間違いなく自分たちの主だ。いざという時は自分たちが命がけで守らなくてはならない。

 だが、好きな女性と一緒にいられるのなら一石二鳥だ。それにメリアなら、たとえ主と自分の命が天秤にかけられた時に主を選ぼうとも納得して泣きながらでも褒めてくれるだろう。もっとも好きな女性はキリルの気持ちに全く気付いていなくて、これから口説いていくことになるのだが。



 改装に2ヶ月かかった屋敷では、セバスが引っ越しの指揮をして家具やら何やらの配置を決めていた。

 あらかたの物は先に運んで場所も決まっていたが、レイとナリスの私室などは2人に見てもらいながら最終的に使いやすい配置を決めた。

 一段落した昼頃に侍従のキリルと侍女のメリアが到着し、後は料理人だけとなったのだが、料理人についてはドーラが待ったをかけていた。セバスとしては一族の中から、と思っていたのだが、ドーラが心当たりがあるから、とセバスを止めたのだ。ナリスの異世界の知識から生み出されるであろう料理はそこら辺のお堅い頭の持ち主ではダメだ、と。ドーラの知り合いに1人うってつけの人物がいるので、その人に連絡を取ってとりあえず面談に来てもらう事になったのだが、その料理人は食材の調達の為に、ちょっとダンジョンに潜っているのだという。とれたてのダンジョン産の食材と共に面談に行くと言われたので、レイもナリスも面白がって楽しみにしている状態であった。


 後日、本当にダンジョン産の食材と共に面談に来た料理人でありながらギルドランクA級の冒険者であるオリオンはセバスが納得する料理の腕前を持ち、かつレイの通訳でナリスが教えた異世界の卵焼きを綺麗に巻いてみせたことから正式に採用となり、和食料理の再現に付き合ってくれる1人となっていくのであった。

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