家探し
鉄道通ってないので、駅近物件は無いです(笑)
無事に冒険者ギルドに登録を完了し、新たなギルドプレートを2人分もらうと、再び風の子亭へと帰ってきた。
その日はレイは商人たち絶賛の料理に舌鼓をうち、ナリスは、よく考えたら今までおっさんばっかりに抱っこされてミルクを飲ませてもらっていたのが、今日はカルラの胸元を堪能し、夕飯は外見神秘のアマーリエに抱っこされてミルクを飲ませてもらっているので、ますますご機嫌になっていった。
翌日はこれから住むことになるお家探しだ。セバスがいくつか物件を探しておいてくれていたので、風の子亭の近場から見ていくことにした。
レイとしては、住むのは自分とナリス、それからセバスとアマーリエも来てくれると言ってくれたので4人の部屋と客間があれば良いと思っていたのだが、セバスがそれでは足りないと反対した。
「良いですか、旦那様。旦那様がこれから冒険者をなさっていくのであれば、最低限、鍛錬の為にも外から見えない中庭や裏庭といった場所が必要になります。それに教皇様がいつお立ち寄りになるかもわかりませんし、ウィード家の者も何人か呼び寄せて使用人として仕えさせます」
「ウィード家の者を?」
「はい。旦那様と坊ちゃまは秘密が多うございますから、決して秘密を洩らさない我が家の者で使用人を固めた方がよいかと思います」
確かに、レイは料理も掃除もあまりしてこなかった方で、引きこもり時代も見かねたセバスが料理等を差し入れてくれていたほどだ。基本、仕事に出かけてしまえばナリスは置いていかざるおえないし、そうなるとセバスとアマーリエの他に何人かは雇い入れをしなければならない。
「費用の事でしたら、ご心配はございません。以前、お預かりした旦那様のお金を我が家ゆかりの者の事業に投資しておりまして、十分元は取れておりますし、今現在も右肩上がりでございます」
この世界の貨幣価値は
銅貨…100円
小銀貨…1,000円
銀貨…10,000円
小金貨…100,000円
金貨…1,000,000円
くらいで他にも大金貨や星金貨といった金貨もあるのだが、その辺はめったに民間には出回らない。
レイが若い時に仕留めた炎の獣がギルドの特別討伐懸賞金になっていて、さらに各部位や素材がそれぞれ高値で売れたので、レイは一時期金貨を100単位で持っていた。その他にも基本騎士団の給料で暮らしていたレイは、ギルドのランク上げの為におこなっていた依頼の報奨金等は手付かずで残してあったので、内の半分くらいセバスの一族に投資という形で預けてあった。
「一族に変わり者がおりまして、これから先、貴族や王族の情報だけではなく、商人の情報と動向が必ず必要になる、と言って商人希望の者がおりましたので、その者に渡しましたところ見事に店を大きくしてくれたのです。ドーラ商会をご存じですか?」
「知っている。近年、名前を聞くようになった大きな商会だろう。それがセバスの一族の出身だったのか」
「はい。商会長のドーラは我が一族の者です。他にも上層部は一族の者ばかりです」
ドーラ商会はここ数年でその規模が大きくなった商会で、庶民の商品から王侯貴族の商品まで東西南北あらゆる国の商品を取り扱っていて、今では「ドーラ商会に売っていない物は無い」とまで言われるほどだった。
セバスがこの商会に投資していたのなら、確かにレイの持ち金は増えているのだろう。
「旦那様が最初に投資して下さいましたお金はそのままドーラ商会の資金となっています。つまり、旦那様はドーラ商会のオーナーともいうべき方で、その配当金は毎年まとめて旦那様専用の口座に入れてあります。ドーラ商会がだいぶ大きくなり利益の方も順調でしたので、旦那様のお金も順調に増えていっております。皇都にそれなりの屋敷を購入したくらいでは減りませんのでご安心下さい」
あんまり安心出来なかった。
さらっと言ったが、レイは知らぬ間に商会のオーナーになっていて、さらに知らぬ間に配当金の為の口座が開設されていて、知らぬ間に資金がとんでもない金額で貯め込まれていた。
「セバス…何か俺の知らない事があまりにも多いんだが」
「今までは必要ございませんでしたが、これからは違います。ドーラにも挨拶に来るように伝えてありますし、今後は収支の報告もさせていただきます。…今までの旦那様は生きる気力がございませんでしたので、自分のお金の行方など興味も無かったと思いますが、これからは坊ちゃまの為にも、情報と人脈とお金はあって困りません」
「そうだな。ありがとう、セバス」
確かにセバスに預けていたことも忘れていたくらいだ。セバスが自分の事を”旦那様”と呼ぶ事に決めたのだ。これからは色々な面で積極的に生きていかなければならないだろう。
「セバス、屋敷の購入代はそこから出すが、それ以外のお金はそのままドーラ商会に預けたままで好きに資金源として使ってもらって構わない。今後も増やしてくれそうだしな」
「はい。ドーラも喜びましょう。料理人、侍従、侍女をそれぞれ1人ずつは家の方に入れたいと思っておりますので、そうなりますとそれなりの大きさの屋敷で無くてはなりません」
「そうだな。それぞれの部屋と客室などを考えたら最低でも10部屋くらいはないとダメか」
「はい。今後の事も考えますともう少し部屋数は欲しいところでございます」
資金は問題無い。購入時に保証人がいるようならそれこそドーラになってもらえば良い。
(ねぇ、鍛錬ならボクの箱庭をどっかのドアにくっつけるからそこでやれば?)
「その手があるか。でもナリス、信用出来る人間以外、箱庭の事は秘密にしておかなくてはいけないから、少しは鍛錬用の庭がいるな」
「旦那様、坊ちゃまは何と?」
セバスとアマーリエにはレイとナリスが会話できることは伝えてある。アルマの降臨時から一緒にいるセバスはもはやこの程度では驚きもしないし、アマーリエはセバスの妻としてウィード家を仕切ってきたので何があっても動じない胆力の持ち主だった。
「ナリスの箱庭だ。旅の間は俺のテントを使っていたからまだ行ってはいないのだが、森の中に大木の家と庭があって、そこはアルマ様の結界に守られた場所なのだそうだ。ナリスが、ドアの1つを箱庭と繋げて鍛錬などはそこですればいいと言ってくれているんだ」
「さようでございましたか。でしたら庭は小さめでもかまいませんね。部屋数の確保を優先いたしましょう」
ある程度方針を決めると、4人は家を見に行く事にした。アマーリエが一緒なのは、家の掃除やら何やらをどうしてもアマーリエに頼る事になってしまうので、管理者の目線で家の使い勝手を見てもらいたいからだ。
近場から順番に見ていくと南の大通りに近い家や閑静な住宅街にある家などがあったが、どの家も何か物足りなくて、全員が首を横に振った。
「この家ですが、敷地や家自体は広いのですが、少々年代が経っていまして、全体的に修繕が必要な家となっております」
次にセバスが案内したのは、風の子亭からさらに東よりの職人街に近い場所にある家だった。
門から入ると花壇などがある庭があり、その奥に年代物の屋敷が建っている。小さな裏庭もあるようだ。
門も多少壊れているようだし、建物自体もとてもではないがすぐに住める状態ではない。だが、部屋数は15+キッチンと食堂、珍しく大きな浴槽が付いた浴室もある。この世界では一般家庭では身体は拭くくらいで、裕福な家でも浴室はシャワーだけで風呂に入る習慣は無い。王侯貴族でもせいぜい1人用のバスタブがあるくらいで、ほとんどがシャワーのみだ。代わりに誰でも使える生活魔法でクリーンがある。
旅の間はクリーンと宿屋で身体を拭くくらいで過ごしてきたが、ナリスの魂は日本人だ。
それだけではものすごく物足りない。
頭の中では、清潔になっているのは分かるのだが、そうじゃ無い。
湯舟に浸かる文化で生きてきたナリスとしては、この浴室は見逃せなかった。
(お父さん、大きなお風呂場があるよ)
「そうだな、こんなに大きな浴室は珍しいな」
「はい。こちらの家ですが、元々貿易を営んでいた商人の家でして、その商人が東のとある国に行った時にその国のお湯に浸かる文化に感銘を受けて大きな浴槽を作ったそうです。ですが、商人が亡くなると残された家族は国外に出て行ったそうで、屋敷は手付かずで放置されておりました。ドーラがつい最近、その商会と取引を初めたので、その縁でこちらの屋敷を買い取って欲しいといわれたそうです」
「ナリスが広い浴室を気に入ったみたいなんだが、修繕はすぐに出来るか?」
「職人はすぐに手配出来ます。浴室の方は魔石の交換等が必要になると思いますが、浴槽自体は問題ございません。家具等もドーラに手配させます」
「そうか。ナリス、ここの家に決めていいか?」
(うん。わーい、お風呂だー)
ナリスがここが良いというのなら異存は無い。部屋数も確保できているし、後はどこかをナリスの箱庭に繋いでもらえば、鍛錬も十分出来るだろう。
「セバス、この家で決めよう。手配を頼む。アマーリエ、必要な物は遠慮なく揃えてくれ」
「はい、旦那様。修繕の間は風の子亭にお泊り下さい。この規模ですから、少しお時間を頂くことになると思いますので」
「そうだな。急がせる必要は無い。その間はナリスとギルドで依頼でも受けてくるさ」
「さようでございますか。坊ちゃま、良いですか、旦那様を見て、常識というものをぜひとも覚えてくださいませ」
(……無理だと思う)
セバスにレイを見て常識を覚えろと言われたが、ある意味レイもナリスとどっこいどっこいの非常識だ。特に戦闘面ではレイを基準にしたらダメな事くらいはさすがのナリスにも分かる。
「ナリス、お父さんは婚約者にも振られるようなダメ男だが、ナリスを立派に育てて見せるからな」
レイの宣言を聞いて、アマーリエは微笑みながら
(似たもの父子です)
と心の中で思っていた。