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風の子亭

連日、コロナの話題がすごいですね。皆様も感染に気を付けてください。

 レグルス皇国の皇都アークトゥルスは大変賑やかだ。


 人種も多種多様で、人族以外の種族も数多く住んでいる。さすがに大陸で最高の都と言われるだけある。


 レイが住んでいたフォラス王国の王都デネブもそれなりに栄えていたが、ここに比べれば規模も小さな都市だったし、住人たちがこんなに生き生きと活気付いてはいなかった。どこかどんよりとした空気が漂っていた思い出がある。それに比べてアークトゥルスは住民も商人も皆生きる力というものに満ちている。


(すごい、人がいっぱいいるね。お父さん)

「そうだな。ここは大陸で最も美しく活気にあふれた都だと言われているからな。俺もアークトゥルスに来たのは初めてだが、いい都だ。商人がここまで集まっているのは治安が良くて流通経路がきちんと確保されているからだろうな。ここならナリスも楽しく暮らせるんじゃないか」


 初めてアークトゥルスに来た2人は賑やかな大通り沿いを歩きながら、周りの様子を楽しんでいた。人も人以外の種族も多く住んでいるこの都なら自分たちの黒い髪と瞳もそんなに目立つことはないだろう。


「さて、風の子亭とやらに行ってみるか」


 幸い道を尋ねた商人が場所を知っていて、丁寧に道順を教えてくれた。食事が出来る典型的な宿屋だが、その食事が結構美味しくて、商人たち曰く隠れた名店なのだと言う。

 その場所はメインの大通りから少し外れた所なのだが、閑静な住宅街と賑やかな商店街のちょうど中間という絶妙な場所にあった。外観はごくありふれた感じの宿屋になっていて掲げられた小さな看板に「風の子亭」と書かれた文字と食事と宿のマークがある。


「教えてもらわなければ完全に迷ってたな」

(だねぇ。セバスさん、もう来てるかなぁ?)


 ぎいっと扉を開くと、品の良さそうなご婦人ともいうべき女性が笑顔で対応してくれた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 にこにこと微笑みながら女性が素性も用事も何も聞かずに2階の奥の部屋へと案内してくれた。


「レイ様、ナリス様、ご無事で何よりでございました。こちらへどうぞ」


 そこにいたのはセバスであった。今までの執事服では無くてごく一般的な服を着ているのだが、違和感が半端ない。部屋の奥にあるソファーに2人を座らせて自分はその前へと立つ。女性が部屋にあった茶器でレイにお茶を入れてくれて、ナリスには哺乳瓶に入ったミルクをくれた。


「セバス、そちらこそご苦労だったな。首尾はどうだ?」

「問題ございません。書類もすぐに受理してただきましたので、お2人はすでに一般人でございます」


 一般人というには少々違う雰囲気がありすぎるが、フォラス王国からは籍が抜けた事に間違いは無い。もちろん書類の写しはちゃんと保管してあるので、誰がなんと言おうと2人は一般人なのだ。


「レイ様、さっそくでございますが、拠点はアークトゥルスに持つ事で問題はございませんか?」

「あぁ、活気もあっていい街だ。ナリスも喜んでいるからな」

「あぶ」


 セバスにナリスの言葉は分からないが、レイの膝の上で哺乳瓶をくわえているナリスの目がきらきらしていて問題ない、と言っているように見えた。


「では、いくつか目ぼしい家を押さえてありますので順番にご案内いたします。それと、ギルドの登録の事でございますが、先日、神殿騎士団のカリアス様とおっしゃる方がこちらの書状を届けてくださいました」


 そう言ってセバスが机の引き出しから取り出したのは2通の封筒だった。1つはレイ宛てになっていて、もう1つはアークトゥルスにあるギルドのギルド長宛てになっていた。レイは膝の上にいたナリスをセバスに預けると自分宛てになっている封筒を開けた。



  レイ殿

 無事にアークトゥルスにご到着されたこと、喜ばしく思います。

 早速ですが、レイとナリスは冒険者として登録をされるということでしたので、私からアークトゥルスにあるギルド長宛てに書状をしたためました。こちらで少し調べさせていただきましたが、レイノルドとしての登録が残っているようでしたので、こちらを更新されていない事を理由に凍結してもらい、新たにレイ・オウルとして登録していただけるように書状にはしたためてあります。勝手で申し訳ありませんが、ギルド本部にも掛け合って許可を取ってありますので、問題なく登録できると思います。

 もちろん、関わったギルドの人間とは私との沈黙の誓約を取り交わしていただきましたので、そこから情報が洩れるという事はございません。また、アークトゥルスのギルド長とは知り合いですので、人間性は保証出来ますし、彼が情報を漏らすことは一切無いとお約束出来ますので、ご安心して冒険者生活を楽しんで下さい。

それと”オウル家”ですが、先々代の教皇が見込みのある者を養子にしては家名を与えて独立させる、という事を繰り返していましたので、オウル家はその内の1家ということで体裁を整えてあります。もし、何か聞かれた場合は、神殿関係の家系だ、とおっしゃって下さい。 

 私の身分証はそのままお持ち下さい。神殿に用がある際にはそちらを見せれば最優先で処理をさせて頂きます。私に用がある際はお近くの神殿でそちらを見せて下されば、すぐに私と連絡を取る事が出来るようになっていますので、ご遠慮なくご活用下さい。

 アークトゥルスでの新たな生活に神々のご加護がありますように。

      シメオン 



「ありがたいな」


 ギルドで冒険者登録をする際には不正や二重登録を防ぐために自分の魔力を登録する必要がある。過去にレイノルドとして登録はしてあるし、騎士団の仕事が忙しくてギルドランクは積極的に上げていなかったが、それでもBランクまではいっている。記録は残っているだろうし、当然、魔力登録も残っている。基本的に冒険者ギルドに登録出来るのは1回だけで、後はその記録を更新していくだけなので、余程の事情が無い限り過去の記録を破棄して新しく登録をする事は出来ない。

 レイとセバスが新しく登録出来るだろうと思ったのは、レイの魔力が変化しているからだ。アルマの魔力を取り込んだことで、レイが今まで持っていた魔力とは若干違う感じになっているので、別の人間として登録出来るだろうと思ったのだ。もし問題があるようなら、セバスがウィード家の力で持ってして何とかする気ではいたが、教皇シメオンが手配してくれたのなら、登録は問題なく出来るだろう。


「ナリス、シメオン様にだいぶ借りが出来てしまったよ。今度、ちゃんとベテルギウスにお会いしに行こうな」

「あう!」


 ナリスがセバスの腕の中で「了解!」と伝えると、レイは2つの封筒をインベントリにしまった。


「本日はこれからどうなさいますか?」

「まずはギルドで登録をしてくるよ。ギルド長がいなければ明日以降でもかまわないが、いつまでも教皇様直々の身分証では不審な目で見られてしまうからな」


 フォーマルハウトではそうでも無かったが、さすがにレグルス皇国に入る時やアークトゥルスに入る時はちょっと不審な目で見られた。ベテルギウスが近いし、書類は本物なので門を通してはくれたが、きっとシメオンに連絡が行っているだろう。

 ギルドの発行する身分証はプレート状になっていて、それにはどういう仕組みか分からないが、本人の基本情報や討伐記録、賞罰などが記録されており、ギルドにある専用の水晶で確認することが出来る。任務の最中に亡くなった人がいれば最低限それを持ち帰ることが推奨されていて、どこかの地で人知れず亡くなっている冒険者を発見した場合はプレートを持ち帰り、ギルドに提出すると多少の褒賞金が出る仕組みになっている。プレートを持つ冒険者から犯罪者が出た場合はギルドが全力を持って捕縛したり時には殺害したりもするので、身分証の信頼度としたは高いものだ。冒険者側としても、ギルドのプレートは全都市で入場可の物であるし、冤罪をかけられたりやむを得ず犯罪を犯してしまった場合などはギルドが調査して表立って交渉してるので、使い勝手のいい身分証なのだ。当然、ランクが高ければ高いほど信頼度は増し、場所によってはギルドランクが高くなければ入れない所もある。


「まだ昼過ぎだし、まずはギルドに行ってくるよ。今の時間なら空いてるだろうから」


 ギルドが混むのは朝早くと夕刻くらいだ。依頼を受けに行く冒険者と報告の冒険者が受付に列をなしていることが多いので、急ぎでない依頼を出しに行く場合や他の用事がある者はだいたい昼くらいを狙って行く。ギルド側もそれが分かっているので、面倒事が起きた時要員としてギルド長が滞在している事が多いのだ。


「アークトゥルスのギルド長がいるギルドは、正面の門から入ってすぐの大通り沿いから1本中に入った場所にございます。行けばすぐにわかります」


 これだけ大きな都市だと冒険者ギルドは1カ所では無く、東西南北それぞれにある。アークトゥルスの場合、総括しているのは南のギルドでギルド長もだいたいそこにいる。南は大通りを真っ直ぐ行けば、皇城の正面に行くことも出来るこの国の顔とも言うべき道で、多くの店がこの通り沿いに店を構える事をステータスとしている為、一番賑やかな通りだ。

 風の子亭もこの南の大通りからすこし東よりにずれた位置にあり、場所としてはまあまあ良い地区にある。


「今夜はこちらにお泊り下さい。明日は物件の方をご案内させていただきます」

「世話をかけるな」

「とんでもございません。それと遅くなりましたが、紹介させていただきます」


 そう言ってセバスは部屋の隅で黙って立っていた女性を呼んで自分の隣に立たせた。


「レイ様、ナリス様、この女性は私の妻でアマーリエと申します」

「アマーリエ・ウィードです。よろしくお願いいたします」


 そう言ってアマーリエは頭を下げた。


「妻?セバスの?えっと、お若い奥様ですね…?」


 なぜか疑問形になったレイをセバスは残念そうな目で見つめた。


「レイ様、女性の外見年齢は神秘でございます。ちなみに同い年でございます」


 セバスは50歳を超えたくらいの年相応の落ち着きのある執事だが、アマーリエの外見年齢は50歳を超えているようにはとても見えない。せいぜい40歳を超えたくらいだ。


「…すまない。二度と触れない」


 レイの残念案件が増えたところでアマーリエがころころと笑った。


「ご安心ください、レイ様。私とセバスが並んで歩いていたら、よく父と娘に間違われますので」


 アマーリエ的にはよくある案件だったようなので、レイはほっとした。自分が女性には鈍いと言われる方なので、一応、話すときは無難になるように注意は払っているつもりだ。


「あー、じゃあ、行ってくるよ」

 

 レイは立ち上がってナリスを受け取ると扉に向かって歩き出した。


「いってらっしゃいませ、レイ様、ナリス様。本日は皇都の名物料理を用意してお待ちしております」


 そう言ってセバスとアマーリエは深々と頭を下げて見送ってくれた。  

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