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イルルヤンカシュ

読んでいただいてありがとうございます。誤字脱字に気をつけたいです。報告ありがとうございます。

 ルカが綺麗に飾った抜け殻がゆっくりと動き出した。ずるずると蛇の尾が地面を這いずる。魂が入ったせいか、抜け殻は全体的に生気を感じるような姿形へと変化していった。


「ちゃんと生き物っぽくなってきたじゃん」


 夜を片手にナリスがにやりと笑った。




「愚か者たちが…!!」


 図書館の館長たちがアザーディーを抜け殻=彼らの神と思わしき存在の中へと入れたために動き出した男性型のラミアの姿を遠くから見て悪態をつく。


「あれではせっかく我らの神に通じるはずの道標が役に立たなくなってしまったではないか!」


 同じ神を崇める仲間の暴走に彼は怒っていた。仲間と言ってもやつらのことは使い捨ての下っ端としか見ていなかったのだが、下っ端が暴走して大切な道標が壊されてしまった。


「全く、本当に役立たずは最初から最後まで使えないな。そうは思いませんか?リク殿」


 男は、ナリスたちをイルルヤンカシュの入り口から案内してくれたウツギと言う名のイル族の青年だった。そして呼びかけた相手は執政官にしてルカの兄であるウル=リクだった。


「ウツギ、道標はアレだけですか??」

「ええ、今のところ見つかっているのはアレだけです」

「そうですか」


 リクはいつもの弟に甘々な顔ではなく、真剣そのものの表情で動き出した男性型のラミアを見ていた。執政官でありウル家の当主であるリクは、文献として残っていないような口伝の類いもよく知っていた。ウツギたちはそうした伝説や口伝を追いかけいってようやく見つけたのがあのラミアだった。アレは神に通じる存在。一部の熱狂的な信者たちはそう信じている。リクとしてはそれを否定はしない。否定はしないが、そうではないことも知っていた。


「…仕方ないですね」


 可愛い弟と皇都から来た2人の子供はラミアと敵対している。出来れば巻き込みたくはなかったのだが、こうして戦っている以上、無関係ではいられない。というか、あの子供たちが来てから物事が一気に進んだ気がする。


「リク殿?」

「…個人的にはもう少しあちらの正体を知りたかったのですが、ここまでです」

「??何をおっしゃっているのですか?」


 リクの背後からひゅっという音がしたと思ったら、ウツギの胸元を何かが貫いていた。


「……え…??」


 胸元から流れ出る真っ赤な液体は己の血。ごふっと咳き込めば同じ色の液体が口からまき散らされた。


「かっはっ!」


 ひゅーひゅーと呼吸が荒くなっていくのがわかってゆっくり胸元を見ると胸元から緑色の鱗のようなものが見えた。美しい鱗の連なりに己の血が流れていく。


「リ、リク…?」


 目の前に立つこの人は何者なのだろう?緑の鱗の正体は尻尾だ。それもリクの背後から現れたもの。否、正確にはリクから生えているもの。


「ウツギ、ご苦労でしたね。もう用はありませんからゆっくりお休みなさい」


 声は優しいのにやっていることはウツギの胸をその尻尾で貫くこと。


「ま、まさ、か…あなた、は…」


 だんだんと暗くなる視界で必死にウル=リクという名を持つ青年を見た。


「アレは抜け殻です。誰も彼もがあの抜け殻を崇拝していて面白かったですよ」


 目の前で死にゆく者がいるというのにやった張本人には何の動揺もない。平然とウツギと動き出した抜け殻を見ている。

 リクが尻尾を引き抜くと、それに支えられていたウツギの身体がドサッと地面に倒れた。まだウツギは生きていてリクの方を必死になって見ていた。


「少しは役に立ってくれたお礼です。アレは道標なんかじゃありませんよ。アレはただの抜け殻。遠い昔に捨てたはずなんですけど、愛しい弟が綺麗に飾ってくれていたようですね」


 うっとりと見ているリクの言葉の端々から、ウツギは先ほどから思っていた予想があったっていることを確信した。


「イルルヤンカシュ様…」

「はい。そうですよ。邪神みたいな扱いの伝承は非常に不本意でしたが、それであの子が守れているのならばまぁ良いでしょう。ちなみに私と弟は本来2柱で1柱の神なんですよ。精神と豊穣を司る神、イル=ルカヴェラーダ、その名は弟のものですが、私が豊穣を司り、弟が精神を司ってるんですよ、ってもう聞こえませんか」


 リクがしゃべっている最中にウツギの身体は死を迎え、その魂が身体から抜け出ようとしていたので、2度と輪廻の輪に戻らぬようにウツギの魂をぎゅっと握りしめて潰そうとした。


「止めておけ。その魂は私が持っていく。死の世界で相応しい罰を与えるさ」


 そう言ってリクを止めたのは、いつの間にか降臨していた彼らの長兄ともいうべき存在だった。


「アルマ兄上…」

「久しいな、イルルヤンカシュ。相変わらず弟が大好きなブラコンのままで何よりだ」

「兄上もお変わりなく」


 アルマはイルルヤンカシュの手を開いて握りつぶされようとしていたウツギの魂を奪った。


「その魂はルカを害そうとしたんですが」

「そうだな。ついでにナリス様にも手を出しかけたな。だが、あの2人、ユーリも含めてあの3人はそう簡単には害されないだろう。お前は本来は豊穣の神だ。こういう魂の相手は私に任せておけば良い」


 どれだけ年月が経とうとも、何だかんだとアルマは身内に甘い。兄弟姉妹が見事に揃ってブラコン、シスコンに育ったのはこの長兄を見て育ったせいだと思っている。自分も弟や妹にはすこぶる甘い。中でもすぐ下の弟は自分と2柱で1柱の役割を持たされたせいかブラコンが過ぎると怒られることも多々あった。喧嘩となると少々はた迷惑で命がけになってしまうが、それでも仲が悪くなることはない。


「まったく、お前がすねて輪廻の輪に加わったおかげでルカも暴れて大変だったんだからな」

「あははは、それは申し訳ありませんでしたね。ちょっとした兄弟喧嘩です」

「私はいつでも弟妹たちに振り回されっぱなしだな。ヤン、お前たちの本体は無事だな」


 ウル=リクはイルルヤンカシュの魂の一部が分離して肉体を持った存在だ。同じようにルカもイル=ルカヴェラーダの魂の一部が分離して人の身体を持ったにすぎない。魂の大半とその真の肉体は別の場所でひっそりと眠っている。追いかけてきたルカとの壮絶な兄弟喧嘩の果てに本体が疲れて休息が必要となったので、ちょうど良い機会だからと思って人に宿ってみたら、ルカも追いかけてきて同じように人に宿った。輪廻転生の輪に加わって流されるままに人に宿ろうと思ったら、ルカが魂そのものに強力な糸を結んだのでいつでも同じ時代に兄弟として転生してきた。この人生ももう何度目になるのかわからないが、時には全ての記憶を失って人として生きてきたりしたので、ルカは兄のリクがイルルヤンカシュの完全なる記憶を持っていることを知らない。リクも悟らせないようにしてきたので、ルカはリクがこうやってイルルヤンカシュの姿に変化することも知らない。


「今生は今まで以上に面白い人生になりそうな気がしますよ」

「騒動の源と面識を持ったからな。ルカもナリス様も楽しそうで何よりだ」


 これから抜け殻相手に一戦やろうとしている子供達を見て、アルマとイルルヤンカシュは優しい目をして微笑んでいた。 

 

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