心地よい言葉
読んでいただいてありがとうございます。年末は色々と忙しくて遅れました、すいません。あと、寒いから腰が痛いです…。
彼らは先祖代々、この地に根付いてきた。その昔、祖先が1人の青年によってこの地に導かれて以来、ずっとこの地を守り続けてきた。だが、ここ何代か一族を導く血筋の者たちが頼りなくなってきていると感じていた。それゆえ、秘密裏に彼らを監視し、もし一族全体にとって不利益なことをするようならばその排除を目的としていた。排除、つまりはその命を奪うこともいとわないつもりだ。少しずつ、少しずつ現状を憂う者たちが集まり、いつの間にか最初の目的と異なる目的も持つようになってきた。
その内の1つが、この都市の名の基になった存在、誘惑する蛇、イルルヤンカシュの捜索だった。
精神と豊穣を司る主神、イル=ルカヴェラーダが残した言葉によれば、彼の蛇はこの地に封じられたはずだ。その蛇を見つけ出すこと。最初こそ蛇の危険性を重視して監視をするために見つけることを目的としていたのだが、いつの間にかその目的が変わり、今では蛇の力を借りることを目的としてその探索を行っていた。
その課程で見つけたのがあの水晶に捕らわれた上半身が男性で下半身が蛇というラミアだった。見つけた時はこれこそイルルヤンカシュだと思ったのだが、どうにもイルルヤンカシュにしては内包している力が足りない。それゆえに彼の蛇の一族の者ではあるようだが、イルルヤンカシュその方ではない、と結論付けた。とは言え、その身に残っている力は並のものではなかったので、彼の蛇に連なる者として復活してもらおうと多くの精霊力を捧げたのだが、一向に目覚める気配は無かった。
「アザーディー、お前は確かに純粋な精霊ではないのかもしれない。だが、お前はそれよりももっと貴重な種だ。お前は我らの神の一族の力を継ぐ者なのだからな。お前の親であるあのラミアは神の一族なのだから」
自分は精霊ではないのか、そう訴えたアザーディーを精霊ではないがもっと貴重な種だと言って納得させる。単純なアザーディーならばそう言われればそう思うだけの話しだ。真実などどうでも良いが、アザーディーにままだまだ使い道がある。今はまだこちらに従ってもらわなければ困るのだ。その為の心地よい言葉ならばいくらでも紡ぐ。
言われた方のアザーディーは、ふと先ほどルカが言った言葉を思い出した。
『僕の宝物の残滓』
自分が一緒にいる者たちは、あの蛇を特別な存在だと言い、その力から生まれたアザーディーは貴重な種だと言う。だが、もう一方は、アレは自分の宝物の1つだがアレ自体にはそれほどの力は残っていないと言う。心地よいのは前者だ。だが、どうしても後者の言葉がアザーディーの心に引っかかる。
アザーディーは首を横にふるふると振った。
心の中で『違う、違う』と自分にいい気かせるように何度も言った。
「オレは、特別なんだ」
「どうした?アザーディー、お前が特別なのは分かりきったことだ。これからもお前の為に他の精霊もどきを集めてこい」
「分かってるよ。あいつらを導くのはオレの役目だ」
ルカの言葉を振り切るようにパン、っと顔を自ら叩いてアザーディーは心地よい方へつくことを決めた。
そんなアザーディーをこの場に集まった者たちは、微かに侮蔑と嫉妬を含んだ笑みを浮かべて見ていた。侮蔑は『何も知らぬ愚か者に』、そして嫉妬は『神の力を僅かにでも引く者へ』と向けられた複雑な視線だった。
「アザーディー、さっそくだがあちらの精霊もどきたちの力をあの水晶に注いでくれ」
人の集まりの中心に小さな籠が置かれてあり、その中では傷つけられ捕まった精霊が怯えた目でアザーディーを見ていた。アザーディーと目が合うと、とたんに精霊たちがより遠くへ逃げようと籠の縁へと集まって震えている。
今まではアザーディーはその姿を見ても何も思わなかった。むしろ、この不完全な状態をまっさらに戻してやるのだからありがたく思え、と思っていた。イヤ、今でもそう思っている。そうでなくてはいけないのだから。
アザーディーは籠に近づくと、籠の中に手を突っ込んで精霊たちを手に持てるだけ掴むとまとめて水晶の中へと放り込んだ。
「水晶、こいつらの力を受け取って輝け!!」
アザーディーの言葉とともに精霊たちの中からその力の源である精霊力がどんどん奪われていき、やがて姿を保つことが出来なくなった精霊たちはその姿を幼い姿である球体へと変化させた。
球体の精霊はふよふよと移動していく。今まではどこに行こうが気にしなかったが、よく見ると球体たちはあの子供たちがいた場所、つまりヤテの樹の方向へと向かって行っていた。
一方で精霊力を吸収した水晶はその瞬間は輝いていたがすぐにその光を失っている。
「ふむ。あそこにある水晶のようになるまでにはまだまだ足りないようだな…」
神の一族と思われる蛇が捕らわれている水晶は特別な物らしく、どれほどの強度の武器を持ってしても傷一つ付けることが出来なかった。だが、精霊力を注ぐとあの空間にいるだけで魔力が増大した。その水晶を人工的に作れないかという実験のもと、多くの精霊を捉えてはその精霊力だけを抜き取って様々な水晶に注いできた。
アザーディーはその実験で生まれた最初の1体だ。
アザーディーが生まれるまでは自分たちで精霊を捕まえていたのだが、本来、特別な目を持たぬ限り視ることができない精霊を視る為の魔道具は数が少なく稀少なもので、さらに自らの魔力を変換して視ている道具なので魔力が少ない者には扱えないというとても扱いづらい代物だった。
だがそれもアザーディーが生まれてからはずいぶんと楽になった。アザーディーとは血による契約を結んでおけば誰でもアザーディーを視ることができるので、ここにいる者は全員アザーディーと血による契約を結んでいる。
アザーディーさえいれば他の精霊がどうなろうと知ったことではない。自分たちの望みはアザーディーを使って精霊力を集めそして神であるイルルヤンカシュを復活させること。その為ならばアザーディーを調子に乗せることくらいたやすい仕事だった。