黒い石
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「やっぱ、強いヤツとヤらないと楽しくないよ!なぁ!!」
赤い瞳をさらに輝かせて男はナリスに向かってもう一度走り出した。その手に持っていたナイフをナリスに向かって投げつけると、今度は右手の親指と人差し指で何かを弾くように小さくパチンと弾いた。
ナリスは最初に投げられたナイフを避けると男が指を弾く仕草を見てとっさに夜と構えて飛んできた何かをはじき返した。キン、という金属音が響いて何かが弾かれて飛んでいった。
男が再び同じように指を弾いたので、今度は夜ではじき返さずに左手でソレをつかみ取った。
「すごーい!すごいよ!ソレを素手で捕ったヤツはアンタが初めてだ!!」
防がれたというのに男は楽しそうに飛び跳ねている。そんな男を放置してナリスは手の平の中にあるモノを見つめた。それは、ほんの小さな黒いいびつな石。どこにでも落ちている石と言われればそうなのだが、その石に纏わり付く濃密な魔力がソレをただの石じゃなくしている。
「アンタ、やっぱすごい強いな!!見た目子供なのに、何でそんなに強いんだ?なぁなぁ、ちょー楽しいよな!!」
興奮しているのか、男の声がものすごく弾んでいるのと対照的にナリスは掴んだ小石をイヤそうな目で見ていた。
「うわぁ、ちょー悪趣味。コレ、どうやって作ったの?」
「ん?興味あんの?でも教えなーい。ちょっとばかし貴重な石なんだから返してくれよ!!!」
男のかけ声と同時に再びナイフで斬りかかってきたので、ナリスは夜で受け止めて間近で男の顔を見た。
男の顔は妙に整っていて、黙って立っていれば女性陣が放って置かないような雰囲気を持っている。やんちゃな感じと幼さが同居したような感じで、女性からしてみたら母性がくすぐられるタイプだろう。
「…女性にいろんな意味でかわいがられてそうだよね…」
「えーそれってオレの事?でもオレは可愛がる方が好きなんだけど」
「ナイフで?」
「そう、こういう風に!!」
くだらない会話をしつつも隙を見て男の方がさっと飛び退いて再び石を弾き飛ばした。ナリスはその石を避けるのではなくて、魔力を両手に流しながら全て威力を無効化してから石を回収した。
「おぼっちゃーん、出来れば返して欲しいんだけど」
「ヤダ。コレはボクが回収するから残りも全部投げてきて」
「それこそイヤだよ!苦労して作ったモノなのに!こうも簡単に捕られちゃうなんて割に合わねーや」
お互いに隙を伺いつつ会話だけは妙に弾む。
「で、キミはダレなの?答えてくれる気はなさそうだけど」
「おう、ないな。あー、ヤバいなー、アンタといつまでも戦ってたいけど、ちょぉーっと時間が足んねぇんだ。わりいけど、また今度な」
軽い口調で男はそう言うとざっという音がして唐突にその場から男が消えた。その場に残されていたのは、砂のようなものだけだった。
ナリスはふぅっと息を吐くと夜を鞘に収めた。念のため、顕現はさせておく。
「ナリス、今のは?」
「んー、よくわかんない。視ようと思ったら、アレ、土人形だったんだよねー。実物視ないと正体はわかんないや」
ナリスの森羅万象の瞳はその目に写したものの全てが鑑定できるスキルだが、逆に言えば、目に入らなければ鑑定が出来ない。さきほどのは遠隔操作による土人形だったので、ナリスの目には、”操られた土人形”としか出なかった。操っている本体まで視ようと思ったら何重ものロックがかかっていたのでそこにまで辿り着けなかった。
「で、コレは何?」
さきほどの最初の攻撃でナリスが弾いた黒い石を拾い上げてがユーリが聞いてきた。
「ソレ、すんごい悪趣味なモノ。中に精霊が丸々1体入ってる。それも死んだ状態でね」
「…は?」
「どうやってんのか知らないけど、通常なら消えて自然に帰るはずの死んだ精霊の身体をそこに閉じ込めてんの。それを核にして魔力を纏わせてるから威力が増してる。さらに魔力と死体に微妙に残った精霊力を操って、被弾した瞬間に爆発する仕掛けになってるんだよ。それも魂さえも傷つけるように」
嫌悪感でいっぱいの表情をしてナリスが説明してくれた。
本来、精霊は何らかの理由で精霊力がなくなりその存在が消えた場合、その全てが自然に帰るようにできている。死んだ状態でその魂の抜け殻である身体が残ることはない種族なのだ。その魂が抜けた瞬間に身体は消え去る。だが、今回の場合、何らかの方法でその抜け殻の身体を黒い石に封じ込めて武器として使っているのだ。確かに、あの男の言う通り、これを作るのは苦労するだろう。
ルカも少し青ざめたような顔をしている。それにも増してさらに青ざめた顔をしているのはアザーディーだった。
「アザーディー、これの製造に君が関わっているのなら、ボクは君を滅ぼすよ。例えルカさんの庇護があろうとも、これを作り出せる存在を許すわけにはいかない」
青ざめたアザーディーの様子からこの黒い石の製造にも関わっているとみてナリスはそう宣言をした。
「オ、オレ、オレ、は…」
「アザーディー、ゆっくり落ち着いてしゃべって。ナリスは問答無用で滅ぼすとは言っていないでしょう?理由をちゃんと言えば、大丈夫だよ、たぶん」
ユーリがアザーディーを落ち着かせるように言ったのだが、最後の一言で怪しさが増したような気がしなくもない。
「ユーリくん、ナリスくんの性格が大変よく分かっているようだけど、今の言葉は不安を煽るだけだよ」
先に立ち直ったルカがくすくすと笑ってユーリをたしなめた。
「アザーディー、僕は君が愛しいけれど、何をしたのかはきちんと話してくれないかな」
「ち、ちがう!アレは精霊じゃないって!!」
「精霊じゃないのはキミの方だよ。精霊である自分に固執してるのはわかるけど、ダメなモノはダメ」
「う!!うるさーい!!精霊はオレだけなんだ!だから、だから!!」
感情を爆発させたアザーディーが上空に勢いよく浮かび上がると、ぎっとナリスを睨み付けてからそのまま猛烈なスピードで上空へと昇っていった。その姿が見えなくなると、ユーリはため息を一つ吐いた。
「…ナリス??」
「あのままお仲間のところまで飛んでいってくれないかなー」
「強引な手段をとったね」
「あはは。あの子は何とかなるけどさ、こっちの黒い石の方は時間がない。精霊の抜け殻なんていびつなモノを核にしてるせいか、変異が早いよ」
ナリスが持っている石に目を向けると、すでに石からしゅわっとした煙が出てきて、それが小さな見た事もない気色悪い虫へと変化した。
ナリスがその虫を手の中で潰すと黒い霧のようなものが放出された。
「うわ!今の何?」
「変化した魔素だよ。放っておくと新しい魔物で溢れそうだね。知性も何もない本能だけで破壊行動に走る魔物の大量発生は遠慮したいところだよ」
あの黒い石が今現在どれだけ生産されているのかはわからないが、男の言葉からそれなりに貴重なものだというのはわかった。
「ナリスくん。どうしてあいつの手の内にある間に変化しなかったの?」
「時間停止系の収納袋かインベントリにでもいれてるんじゃない?素早く出して変化する前に攻撃に使って相手が死ねばそれでいいし、、運悪く弾かれてもそこら辺で魔物になれば万々歳でしょう。死体に残ってもそっちも魔物化するから運悪くどこからか入り込んだ魔物に殺されました、で済むし。むしろ死体の処理まで魔物がしてくれそうだよね」
まだ変化していない捕獲した黒い石を次々に処分しながらナリスは何でも無いことのように言った。
「やれやれ、まためんどうな術を編み出したヤツがいるようだね」
「これを大量に作られたらイヤだから、早いところ何とかしたいんだよね」
だからこそ、アザーディーを煽って仮面の男たちの元へ行くように誘導した。あの状態なら不信感を持って行ってくれることだろう。
「ここもあいつらに関わりある場所なんだろうけど、先に黒い石の作成場所を特定したい」
先ほどのアザーディーの様子から考えると、アザーディーが何らかの関わりを持っているのは間違いないだろう。
アザーディーには目に見えないヒモを付けたので、それを辿っていけば黒い石の製造場所へと行くことが出来る。
「っと忘れてた。ターちゃん(仮)、仲間の居場所はわかる?」
そもそも第一の目的はノームのターちゃんのお友達救出だったはずなのにいつの間にか大事なってしまっていたのだった。