宿屋に来た人たち
遅筆ですが、お付き合い下さい。
レイとナリスの目の前で教皇シメオンはにこにこと笑っている。
さすがに下の食堂で話すことは出来ない内容が多いので、シメオンとカリアスはレイたちが泊っている部屋に来ていた。レイはナリスを抱っこしながら寝台に腰をかけて、シメオンはイスに座り、カリアスは扉の近くの壁に持たれて立っている。
(お父さん。アルマ様が教皇様は話しがわかる相手だって言ってたから、少しはボクたちのことを話してもいいと思うよ。教皇様には愛し子が誕生したことは伝えてあるって言ってたし)
(分かった。俺たちの素性などは素直に話そう)
「いやー、兄ちゃんたちに出会ったのはマジで偶然だったんだけど、まさか教皇サマが探してる相手だとは思いもしなかったわー」
カリアスが陽気にレイに話しかけた。
「冒険者だと思ったんだが、神殿騎士だったんだな」
「そうそう、シメオンにこき使われる可哀そうな人なんだよ、オレ」
「随分、気安いんだな」
カリアスは教皇の名前を呼び捨てにしているが、シメオンも文句を言う事もなくにこにこしている。
「幼馴染なんだよ、オレたち。ちっせー頃か神殿で一緒に育ってるから、公式じゃない時はこんな感じだ」
「そうか」
シメオンとカリアスの関係性は分かったが、この2人がここに来たということは神殿にレイたちの動向がどこまで知られているのか分からない。
「それで、教皇様がどうしてこちらに?」
「ご安心ください。レイ様とナリス様の事は神殿内でも限られた者たちしか知りません。光の放たれた方向と私の発行した身分証を追って参りました。フォーマルハウトにいる間に一度、お会いしたかったものですから」
レイが疑問に思った事を感じ取ったのか、シメオンの方から言ってきた。
「教皇様、俺たちのことは呼び捨てでお願いします。教皇様に様付けで呼ばれるとおかしな感じがするので」
「よろしいのですか?守護者と愛し子様ともなれば我らの上に立ってもおかしくない方々です。我ら神殿に属する者は全て貴方方の僕です。いえ、神殿の者だけではありません。例え国王や皇帝であろうとも、しょせんは人が定めた身分です。神の定めたる存在には頭を垂れなければなりません」
(ナリス、僕いるか?)
(いらない。ボク、普通に生きたいんだけど)
(そうだな)
レイもナリスもはっきり言って僕はいらない。
「教皇様、俺たちは誰かの上に立つような存在ではありません。俺もこの子もごく普通の人間として接して下さい。アルマ様もそれをお望みです。何かあれば頼らせていただくこともあると思いますが、どうかその時までは」
レイの言葉にシメオンは小さくうなづいた。
「かしこまりました。では、これから先は呼び捨てにさせていただきます。口調はこれが私の口調なのでお許し下さい」
「それで、どうしてこちらに?」
「申し訳ありませんが、いくら手出し無用と言われましてもその存在を知ってしまった以上、野放しという訳には参りません。これからお2人がどうするのか、なぜフォラスから急いで出なくてはいけなかったのか等を出来る範囲でかまいませんので、教えていただけませんか?」
シメオンの言葉にレイはその通りだと思って納得した。本当なら自分はともかく、幼いナリスは神殿で保護したいのだろう。だが、アルマは教皇に手出し無用を告げ、自分とセバスに育てるように告げた。神の意志はナリスが自由に育つことだ。
「わかりました。少し事情をお話しします。俺たちは血の繋がりでいけば、伯父と甥の関係になります。俺の元の名前はレイノルド。フォラス王国のラグナ辺境伯家の出です。ナリスは弟で現辺境伯の息子になりますが、生まれた時よりこの黒い髪と瞳を気味悪がられたようで放置されたようです。辺境伯家での鑑定では、スキルや称号も無かったとのことで、俺の元に追いやられたんです。俺は諸事情で能力の大半を封じられ、あまり人前に出ない生活をしていたのでちょうど良かったみたいです。あの日、アルマ様が降臨なさって俺の解呪をしてくれて、この子の隠された称号にスーリー様の愛し子があると教えて下さいました。その時に早急にフォラスを出国することと、アルマ様よりこの子の守護者になるよう言われたんです。表向きの称号としてアルマ様の愛し子を付けるので、それで色々乗り切れとおっしゃっていました」
「失礼ですが、元の名前、とおっしゃいましたが、レイ・オウルという名は?それに、黒い髪と瞳が気味悪がられたとおっしゃいましたが、貴方もそうなのでは?」
シメオンは教皇として多くの民に会ってきたが、同色の髪と瞳を持つ者は今まで皆無だった。この父子が初めてなのだ。
「ナリスは生まれつきですが、俺はアルマ様の加護を頂いた際に変化しました。アルマ様も黒い髪と瞳をお持ちだったので、アルマ様の魔力を取り入れた際に同じ色に変化したんだと思います。それと、名前ですが、アルマ様直々に名付けてもらいました」
レイの言葉にシメオンは目を見開いた。
「お待ちください。私はてっきりレイは”スーリー様の愛し子”の守護者だと思っていたのですが、その言葉から察するに、ナリスは”スーリー様の愛し子”であるのと同時に”アルマ様の愛し子”であり、レイは”アルマ様の加護”を持ちアルマ様に名付けまでされたアルマ様の眷属たる守護者、ということですか?」
”神の名付け”とはその神の眷属になることを意味する。ただの守護者と愛し子の出現というだけでも神殿内では滅多に無いことだと喜んでいたのに、まさか神の眷属たる守護者と2柱の神の愛し子という規格外の存在だとは思わなかった。それも、今まで一度も加護や愛し子どころか、その下の祝福さえも与えたことのないアルマの眷属。さすがのシメオンも絶句するしか無かった。
「……よー、兄ちゃん、悪いがひょっとしてあんた、フォラスの元第三騎士団の団長か?」
黙って聞いていたカリアスが考え込んでからレイに声を掛けた。
「あぁ、その通りだ」
カリアスの方を向きレイが答えると、カリアスはぽりぽりと頭を掻いた。
「あちゃー、マジか。どうりでどっかで見た事ある顔だと思ったわ。髪と目の色が違うだけでだいぶ印象が変わるんだな。そりゃあんたなら早くフォラスから出ないとまずかった訳だ」
「どういうことです?」
シメオンがカリアスの方を向き尋ねると、カリアスはもごもご言いながら答えた。
「あー、兄ちゃん、シメオンに言ってもいいか?」
「どうぞ。知っている人は何人もいる話しだ」
カリアスはレイの許可を貰ってからシメオンの方を向いた。
「フォラスの元第三騎士団団長は”氷の魔法剣士”って言われてたんだ。剣聖に最も近い男、とも言われててさ、一回、剣舞見た事があるんだけど、すっげぇキレイだったんだよ。んで、フォラスの今の王妃の元婚約者だ。10年くらい前に冤罪をかけられて王都追放になり、婚約者だった女性を今の国王が奪って自分の妻にしたんだってよ。実家も弟が継いだってのは聞いてたけど、それ以来、本人は表舞台には一切顔を出していないんだが、それでも何故か国王はいつまで経っても憎しみっつーか、執着じみたものを持ってるって噂は聞いてたんだ」
「では、すぐに出国しなくてはいけなかったのは……」
「フォラスに兄ちゃんがアルマ様の眷属になって、ナリス坊が愛し子だとバレたら何をされるか分かったもんじゃない、そういうことだろ?」
「その通りだ。俺に呪術をかけたのは弟と国王だ。アルマ様曰く、2人は解呪による対価の支払いで意識を失っているだろう、と。その間に出国しろとの仰せだった」
それでシメオンが思い出したのは、フォラス王国の王都デネブの神殿からの報告。王がレグルス皇国の使者との謁見の最中に倒れたという話し。
「フォラスの王がレグルスの使者との謁見の最中に倒れたという報告を受けました。王宮内では、その少し前にあった光に関係しているのでは、との噂があったようですが、あながち間違いでも無かったようですね」
ふう、とため息をつくとシメオンはレイに向き直った。
「お2人の貴族籍などはどうなっていますか?」
生まれつき魔力の強い者が多い貴族の出生届や貴族籍の管理は国の義務だ。怠ってその人間が他国で問題を起こしたら、それが国際問題になりかねないこともあるので、そこに関しては各国厳しくやっている。
「うちの執事が今デネブに行っています。ナリスの出生届と俺との養子縁組届、それといつの間にか取ってきていた絶縁届と貴族籍からの抹消届を提出してるはずです。能力の大半を封じられた俺と特別な力は何も無いとされているナリスの届だから、弟もすぐに書いてくれたそうなので」
「日数的にまだ受理がされていないのであれば、今は貴族と平民の2重籍になりそうですね」
シメオンがそう言うと、レイは首を横に振った。
「いや、セバスはアルマ様が王都の神殿まで転移で送り届けてくれましたので、運が良ければその日のうちに受理されているでしょう」
「……転移、ですか?」
転移、未だその魔術が開発されていない技の1つ。だから、誰も体験したことなど無いはずななのに。
「うらやましいです、その執事殿が」
グッと手を握り締めたシメオンにレイは少しだけその気持ちが分かった。自分も正式に出国しようと思わなければ、転移を体験してみたかった。
「正式に出国していなければ、後でどんな問題になるか分からなかったので、俺たちはきちんと国境を超えることにしたんです」
確かに、少しの弱みも無くそうと思うのならば、正式に出国するのが正しいやり方だろう。平民としての身分証明書が教皇発行の物である限り、下手な手出しは出来ない。
「そうでしたか。それでお2人はこれからどうなさるおつもりですか?」
「取りあえずはレグルス皇国の王都アークトゥルスに行くつもりです」
「おー、姫将軍に会いに行くのか?」
出会った時に姫将軍の話しをしたカリアスはのんきにそう言ってみた。
「しばらく女性はこりごりだよ。ナリスを安全に育てる為にもレグルスがいいだろうと思って。うちの執事の知り合いがアークトゥルスにいるので、そこで合流することになってるんです」
レイは苦笑しながら答えた。実際、ナリスを育てるのと冒険者になる気でいるので身体の鍛えなおしと新たな魔法の練習で当面、そっち方面に用は無いだろう。
「アークトゥルスならば、我々のいるベテルギウスにも近いですね。こちらとしては大変助かります」
神殿の総本山である神都ベテルギウスは皇都アークトゥルスの近郊にある。そこはレグルス皇国内ではあるが、治外法権の場所であり、ベテルギウスを治めているのは代々の教皇で、治安を維持しているのは神殿騎士団だ。レグルス皇国と神都ベテルギウスは基本的に違う政治形態を持っており、協力はするが干渉はしない、が大原則で存在している。
愛し子とその守護者がアークトゥルスに暮らしてくれるのならば、何かあればすぐに駆け付けられるし、密かに2人の傍に人を配置することも容易い。また、最悪、アークトゥルスにある大神殿に逃げ込んでくれれば、シメオン自らが出張ることも十分できる。
「お2人はしばらくはのんびりとアークトゥルスに向かわれるのですか?」
「えぇ、この子も旅が楽しそうなので、時間もまだ有りますし、のんびり行こうかと」
「わかりました。フォーマルハウトにいる限りお2人に危険はございませんでしょう。レグルス皇国に入られますと時折盗賊なども出るようですからご注意下さい。私たちは先にレグルスに戻りますが、出来れば一度ベテルギウスにもお寄りください。古い町並みや神殿内に描かれた絵画などがなかなかの観光名所となっておりますよ」
そう言ってシメオンは立ち上がった。
「さて、行きますよ、カリアス。いつまでの旅の邪魔をする訳には参りませんから」
シメオンが立ったのであわててレイもナリスを抱っこしたまま立ち上がる。
「ふふ、ナリスは不思議なお子様ですね。こうして話していても泣くこともないですし、これが愛し子様と言うものなのでしょうかねぇ」
違います、シメオン様。中身が歳食ってるだけです。とは言えずにナリスはシメオンに手を伸ばした。
「おや?触っていただけるのですか?」
嬉しそうに手を伸ばしてきたので指をぎゅっと掴むと、シメオンの中に魔力を流した。
「これは……」
「シメオン?」
不思議そうに尋ねてきたカリアスにシメオンは驚きの表情を見せた。
「身体の中にあった澱んだ気が解消されたようです。魔力がいつも以上に循環しているのが分かります」
「えー、ずっこくない?ナリス坊、オレにもオレにも!」
子供の様に言うカリアスをナリスは嫌いじゃ無かった。お父さんもこれくらいあっけらかんとしていればもうちょっと人生違ったのかなぁ、と思いながらついでにカリアスの指もぎゅっとしてやった。
「お!?ホントだ。身体が軽くなったぜ。オレの魔力も循環始めたかも」
レイが腕の中のナリスを見るとあうあう言っていたので、一応、代弁をしておく。
「気にいられたようですね。それはこの子からのお礼でしょう」
「おー、ありがとな、ナリス坊。いつかうちの息子にも会ってやってくれよ。息子は今、騎士になる為のお勉強してるんだが、いつかナリス坊の守護騎士になれるように鍛えておくからな!」
父が勝手に決めた進路に果たして息子が素直にうんと言うかどうかは分からないが、シメオンもカリアスも取りあえずは合格だ。神殿関係でめんどくさい事態になったらこの2人に丸投げしよう、とナリスは密かに決意したのだった。




