自然と宗教
更新が遅くなってすいませんでした。ちょっと番外編みたいなものを投稿したのと、2回目でちょっと体調不良を起こしてました。久しぶりに真夜中に寒気で起きました…。
「違うよー、稲を植えるのはもっと間隔を空けて、整然と並ぶように!」
「それはどうやってやるのだ?目視で難しいだろう」
「ひもとか田んぼに線を引くとか方法は色々あるでしょう?」
ナリスが現在農業指導をしているのは、この地に田畑を構えて数百年、代々農家をやっているというイル族の人物だ。
「縦横に同じような間隔でひもとか線でまっすぐひいて、交差したところに植えるの。同じ間隔で交差する場所さえ分かればいいからどんな方法でもかまわないんだけど、そうすれば稲が同じように並ぶでしょう。誤差は全然いいんだけど、詰めすぎも広すぎもよくないからどのくらいがいいのかはこれから試行錯誤していけばいいと思うよ」
一応、お米の国・日本で農業の進化というものを見てきた身としては、この世界の稲作のつたなさに切なくなる。
「お米も病気に強い稲や太い稲、実の付き方のいい稲とかを交配させていくと新しい食べ物ができていくよ」
品種改良は初歩の初歩だ。このまま自然に任せるのでは無く、環境破壊にならない程度に手を加えるのは有りだろう。
「…それは、我らのイル=ルカヴェラーダ様のお怒りをかってしまわないか?」
新しい食べ物、と言ったら農家のおじさんが恐る恐る聞いてきた。
「?どうしてイル=ルカヴェラーダ様の怒りをかう事になるの?」
「知らんのか?まぁ、お前さんは外から来た人間だからそうかもしれんが、イル=ルカヴェラーダ様が願うのは平穏だ。新しい物は新たな争いを生む。そうなればイル=ルカヴェラーダ様は我らを許さないだろう」
いかにも信心深い農民の言葉だが、すでに信仰の神が矛盾していることに気がついてはいなさそうだ。
イル=ルカヴェラーダが新しい物を拒み、平穏だけを求めているのならば、なぜ、イル=ルカヴェラーダはこの地にイル族を導き新しい食材としてお米を提供したのか。平穏だけを望み、瞑想だけをしている神なのだというのならば、外の世界のことなど気にもしないだろう。ならばイル=ルカヴェラーダの瞑想は何のために行っているのか。精神を鍛える、ということは変化に対応するため。毎日同じ出来事しか起きないのならば、精神を鍛える必要性は全く無い。なぜなら、心が動く出来事が何も起きないからだ。それがいつか起きると分かっているからこそイル=ルカヴェラーダは瞑想をして精神を鍛えているのだろう。
そしてイル=ルカヴェラーダは豊穣を司る神でもある。作物が正常に育成し豊かな実りが出来るのに、新しい種は必要不可欠だろうし、進化や偶然で生まれた新種とかはもう自然の摂理だ。
「大丈夫じゃないかな。イル=ルカヴェラーダ様は豊穣を司る方だよ。みんなが豊かな生活をして、それが精神の平穏に繋がるのならば、やってることは瞑想か育成かの違いでしかないでしょ」
詭弁だよなぁーとか思いつつも、いざとなればイル=ルカヴェラーダに直接、もしくはアルマを通じてお話し合いをさせてもらうことにしよう、と心に決めて、今は自分の欲望=お米豊作、安定供給の為に、こちらの世界の農業改革に乗り出すことにした。
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。一般市民が豊かな生活を送れれば、豊穣を司るイル=ルカヴェラーダ様への感謝と信仰がますます増えるだけだよ。それにボクたちも自然の一部なんだから、極端な自然破壊とかじゃない限り、自然のあり方の一部として許されると思うよ」
イヤ、そう言われればそうなんだけど、とその場にいた大人の誰もが思った。確かに、イル=ルカヴェラーダの教義に品種改良は悪だ、などと書かれてはいない。イル=ルカヴェラーダの教義は至極簡単で、『己の精神を鍛えることは他者への思いに通じ、それは豊かさへと繋がる。ただ平穏に自然に生きる努力をするべきだ』というものだけだ。戒律も特にはなく、イル族は最初の言葉通り、ただひたすらに己の精神を鍛えている。鍛えられた精神力は時々、既存の魔法さえも簡単に突破して凌駕してくる。
先ほど稲の新種を生み出す方法が怒りをかうのではないか、と考え方は、平穏に自然に生きる、という部分がひっかかってくる。新しい物を生み出す為に自然に、ではなく人工的に手を加えること。生み出された植物が新たな争いの種になりかねないこと。そして、それらは全て平穏を崩すのでは無いのか、ということ。イル=ルカヴェラーダ本人に聞けないので、人が勝手に想像して何らかの天罰が下るのではないかとおびえたのだ。
「イル=ルカヴェラーダ様への信仰が増えれば、少なくとも外部での余計な心配は無くなるでしょ」
内部、つまりイル=ルカヴェラーダを奉る神殿の神官たちのことは知らない、それが外部、どころかイル族の人間ではないナリスの本心だろう。
ウル=リクはナリスの言葉を聞きながら、たった1日でこの少年は何を知ったのだろう、と考えた。
どんなに高潔な教えを説いている宗教でも内部のどろどろ権力争いの具合はなかなかのものがある。イル族の信仰は政治の部分にもずいぶんと入り込んでいて、イル=ルカヴェラーダへの絶対の信仰を第一に考える、という宗教家たちと、どのような教えに傾倒する者がいようとも願うのは民族全体の豊かを追求する政治、という政所の対立は表面化こそしていないが、深部ではすでにバチバチ状態だ。今回の出来事で表面に出てくるかも知れない。
人以外の自然に任せるのではなく、人が手を加える事もまた自然だと言った少年の言葉を、宗教家たちは許さないと言うかも知れないが、それを言い始めたらこの地に都市を築いていることさえ許されることではないだろう。そういった矛盾に気付かないふりをしてアレコレ口出しをしてくる宗教家たちとの決着をつける良い機会なのかもしれない。
「ナリス君、君のその知識がどこからきたものかは聞かないが、もうしばらく付き合ってもらうことになりそうだよ」
あ、でも、ルカが問題を先に起こしちゃうかも…、農家のおっちゃんとあーでもなこーでもないと言い合っている少年を見ながらリクは、他の人の案内に付けた弟が何かと宗教家たちと面白がって対立しているのを思い出した。対立、というか一方的にからかっているだけのような気もするが、ウル=ルカという名を持つ弟がイル=ルカヴェラーダを過剰なまでに奉っている一部過激派を嫌っているのを思い出していた。