フォーマルハウト神王国へ
明日から更新が少しスローペースになります。
美しい夜空を見ながらのお食事(※ミルク)は大変おいしかった。
ナリスにミルクを与えたあとに、レイは自分も食事を取り、今は焚火の近くで軽く剣を振っている。
(お父さん、剣筋がきれいだねぇ)
「分かるのか、ナリス」
(ボク、元の世界でさんざん剣技仕込まれてさぁ。おかげで今のジョブに”放浪する剣聖”ってのがついてるんだよね)
「剣聖?それはすごいな。剣聖が現れたなんてここ数百年は無かったはずだぞ。そうか、ナリスは剣聖か。剣聖に剣筋を褒められるとは、まだ俺も捨てたもんじゃないな」
捨てたもんどころか剣士としてはこの世界でも屈指の実力を誇るであろうレイの剣技は本当に無駄が無く美しい動作をしていた。軽く振っているだけでこれだ。アルマとその奥方が剣舞を見て気にかけた理由も解るというものだ。
「しばらく剣を使っていなくてな。身体も鈍っているし、これから冒険者をしていくことになるだろうから、鍛えなおしだ」
そう言って愛用の剣を何度か振り込んだ。
「そうだ、ナリス。今日はどうする?このままテントで寝るか?一応、空間拡張型のテントだから大きさ的に2人でも全然余裕だが、お前がアルマ様の言っていた”箱庭”とやらの方がいいならテントの入口を繋いでくれ」
レイの持つテントは空間拡張型のテントで、見た目より中はずいぶんと広い造りになっている。空間拡張型のテントは作れる職人が限られているし、数が少なく市場に出回っても高値で取引をされるのが常だが、レイはたまたま知り合った錬金術師がこの手の職人の1人で、破格の値段で手に入れることが出来た。魔力設定で持ち主登録もしてあるため、レイが空間拡張機能を起動した時以外は普通のテントでしかないが、野営時などは重宝している一品だ。
(ここで寝ても安全なの?)
「そうか、視えていないのか。ナリス、目をちゃんと使って視てごらん」
そう言われて目に力を集中して視てみると、蛍の乱舞のような膨大な数の光球があたりを飛び回っていた。
(すごいね)
『愛し子様だー、みんなー、やっと愛し子様がこっちを視てくれたよー』
光の中から声が聞こえる。
(精霊?)
「そうだ、ナリス、ここは精霊たちが守ってくれてるんだよ」
『そうだよー、ぼくたち、愛し子様と守護者を守るよー。変な動物やおっさんたちは近づけないよー』
変な動物はともかく、おっさん限定で近づけないんだ。変な女性だったらどうしてくれる。
「ここは言わば精霊のスポットだな。ここに入れば魔獣や獣には襲われんし、変なやつらが近づいて来たらすぐに教えてくれるそうだ。俺たちみたいな精霊の恩恵を受ける者には安全に休める場所だ」
精霊の瞳と精霊の友の称号を持つレイと、スーリーとアルマの愛し子たるナリスが夜営するには最適な場所。夜番も要らないし、火の加減も精霊たちが勝手にやってくれる。今日はさほど寒くも無いし、テントの中で寝るのもキャンプに来たみたいで楽しそうだ。
(今日はお父さんとテントで寝るよ。”箱庭”にはまた今度、招待するね。ボクもまだ行ったことが無いからちょっとわくわくするよ)
「そうだな。まだナリスは1人じゃ動けないもんな」
(うん。アルマ様が森の大木の家を用意してくれたらしいんだけど、どんな感じなんだろ)
「森の大木の家?まるでエルフの集落みたいだな」
(エルフ?エルフってこの世界にいるんだ)
剣を鞘に納めたレイはナリスを籠から抱っこして焚火の近くに行くと、ナリスの言葉に苦笑した。
この辺りがナリスを”常識ある方”に育ててくれと言ったアルマの言葉の真意だろう。
ナリスの当たり前はこの世界では非常識かもしれないし、ナリスが知らない事がこの世界では当たり前になるのだろう。下手にこちらとあちらの世界の知識がある分、一般的な知識をどう出していけばいいのか分かっていない。自分たちの前でならいいが、他の人たちに言ったりしたら悪目立ちしそうだ。
「ナリスのいた世界にはエルフやドワーフと言った種族はいなかったのか?」
(ボクのいた神界の他の地域、って言えばいいのかな、そこにはいたけど、人の世にはいなかったかな)
「そうか、この世界では人間以外の種族も多く暮らしている。いずれその人達のところにも行ってみようか」
息子に甘い父は、ナリスが望めばどこへでも連れて行ってくれそうだ。
(少なくとも、ボクがちゃんと歩けるようになってからね)
「そうだな。もう少し育ってからだな。さ、そろそろ寝るか。寝ないと背は伸びないぞ」
どこの世界のご家庭でも言われる共通のセリフを言って、レイはナリスと共にテントの中へと入って行った。
「精霊たち、後は頼むぞ」
『はーい。愛し子様、ちゃんと寝ないと小っちゃいままだよー』
(余計なお世話だよ、ゼッタイお父さん並みの身長になってやる!!)
『ムリだってー。愛し子様は小さいほうがかわいいよ』
(ちくしょー、見てろよ)
『はいはいー。おやすみー、愛し子様』
精霊たちにまでからかわれるなんて屈辱だよ、そんな風に思いながらその日は眠りについて行った。
『おはよー、起きてー、愛し子様、守護者。朝だよ、いー天気だよ。歩くにはサイコーの日だよ』
パチパチとして目を開けると精霊たちが話しかけてきた。
(おはよ、精霊たち)
「あぁ、朝か。おはよう、ナリス、精霊たち」
隣で寝ていたレイが少し気だるげな感じで顔を上げてむくりと起きて髪の毛をかき上げた。その姿は朝っぱらから男の色気に満ちている。
『わーい、守護者、すごーい。かっこいいー』
「は?何がだ」
精霊たちにも分かるほどの男の色気にナリスは朝からじと目になってしまった。
「……ナリス、なんだか朝からすごい目で俺を見るのはやめてくれ」
全く分かっていないレイは一度身体をぐっと動かすと身支度を整えてからナリスを抱っこして外へ出た。
外の焚火はまだ弱い火を残しており、少し木をくべてミルクを温めてナリスに飲ませてから自分の分の朝食をとる。ミルクは多めに温めて3本の哺乳瓶に入れた。
「しまったな。もう少し哺乳瓶を買っておけばよかったかな。何事もなければ今日中にフォーマルハウトに入れるからそこで買い足すか」
遠征には長い期間行っていたこともあるので、大人用の用品は色々取り揃えてあるが、赤ん坊用の哺乳瓶などはセバスが持って来た物しか無い。旅に出たのも急だったので、いくらレイが時間停止機能付きの無限収納ーインベントリーの持ち主だとしても、哺乳瓶が無ければ温めたミルクをすぐにナリスに飲ませてあげられない。
(お父さん、いざとなれば何とでもなるから大丈夫だよ)
「そうか?火魔法が生えてきていたから、訓練をすればミルクを温めることくらいすぐに出来るようになると思うんだけどな」
火魔法の使い方が思っていたのとちょっと違う。火魔法ってばんばん攻撃するような感じじゃなかったっけ?攻撃力NO1みたいな感じなのでは…、と思ったが、平和な使い方だし、息子の為を思ってのことだし、と思ってスルーした。
「片付けたらすぐに出発しよう。ナリスは背中に背負って行くから、眠たかったら寝ていていいからな」
手早く火の始末をしてテントを片付けると、レイとナリスはフォーマルハウト神王国に向かって出発した。
「精霊たち、ありがとう」
『はーい、気を付けてねー。精霊の連絡網で愛し子様と守護者のことはみんなに伝えてあるから、いつでもぼくたちは味方だからねー』
精霊たちに見送られて街道に出る。特に兵士が何かを探して行きかっている様子は無いし、どうやらまだレイが消えてことには気付かれていないようだ。
「ナリス、身体強化をかけて少し走るぞ。国境の関所は夕刻には閉まるから、それまでに着いて今日中にはあちら側に抜けたい」
(了解。お父さんの思う通りにしていいよ)
「揺れがかなりあるからな。酔ったら早めに言ってくれ」
インベントリがあるとこういう時に便利だ。重たい旅の荷物を持たなくていい。誰もが持っているスキルでは無いので、インベントリ持ちは商売人や騎士団等で重宝され高い給料で雇われることが多い。
「行くぞ」
そう言うとレイはすごい速さで走り出した。
(わーお、ジェットコースターみたい)
レイの背中で無邪気にナリスは笑って楽しんでいた。
途中何度か休憩を挟んで、夕刻より少し早めのまだ日があるうちにフォーマルハウト神王国との間にある関所の門へと着いた。入国の受付はフォーマルハウト側にあるので、結界の境にある門をくぐれた者はフォーマルハウトに入国する資格を有している者、ということだ。レイとナリスが門をくぐる列に並んで待っていると、前の方で騒ぎが起きていた。
「待ってくれ。何で俺が入れないんだ!!」
男が1人結界に阻まれたようで、フォーマルハウト神王国の警備兵に追い払われていた。
「お前が何をしたのかなど我々は関知しない。神がお前が入国するのを拒んだ、ただそれだけだ」
警備兵によって追い払われた男は、周りの冷たい目に耐えられなかったのか、門の方を睨みつけながらどこかへ去って行った。
(ふぇー、本当に入れないんだね)
「あぁ、そうだな。フォーマルハウト神王国の結界は天秤の女神とも言われる審判の女神エイレーネー様が張ったと言われている。エイレーネー様の御心に叶わない者は入国出来ない」
(ふーん、エイレーネー様かぁ。どんな女神様なんだろ)
「エイレーネー様はフォーマルハウトの主神たる女神だ。国王は戴冠の時に一度だけお目にかかれるそうだぞ。エイレーネー様は緩やかに波打つの金の髪と緑の瞳を持つ大人の女性の姿をしているとのことだから、神殿にもそのお姿の銅像や絵画が多くある」
(……エイレーネー様は実際に会ったことがある人が姿形を伝えて銅像やら絵画があるんだよね。アルマ様は?)
「…………全く違うお姿だ。黒い髪と黒い瞳、ということだけしか合っていない。神殿で銅像やら絵画を見たら驚くぞ」
アルマは今までその姿を人前に現したことが無かった。初めて姿を現した場所が神殿でも王宮でも何でも無い森の小さな家だ。しかもかろうじて貴族2人(内、1人は赤ん坊)がいるだけで、神官も王族もいなかった。
小さな声で雑談をしながら並んでいるとレイ達の番が来た。
(ようこそ、ナリス様、レイ。この国にいる限りわたくしが守ります)
門をくぐって結界を通った瞬間に優しい女性の声が聞こえてきた。
(エイレーネー様?、お父さん、声が聞こえたよ)
「あぁ、どうやらエイレーネー様の御心に叶ったようだな」
そう言いながら入国の受付の役人の元に歩みを進める。
「ようこそ、フォーマルハウト神王国へ。身分証明書を見せていただけますか?」
フォーマルハウト神王国は役人も警備兵も白を基調とした服を身に纏っていた。白は”潔白”を示す大切な色としてこの国では神聖な色とされ、住民たちも好んで身に纏っている。
「これだ」
レイが懐から身分証明書を出すと、役人は中を確認してはっとした顔をした。
「この身分証明書は…」
「1つ頼まれてくれ。フォラス王国側から赤ん坊を連れた男が通らなかったか、との問い合わせが来たら、人が多くて覚えていない、とか何とか言って曖昧に誤魔化してほしい」
レイの言葉に役人とその場にいた警備兵が驚いた顔をしたが、役人は身分証明書を丁寧に折りたたんでレイに返した。
「分かりました。それが神と教皇猊下の御心に叶うことなのですね。我々は貴方様方を歓迎いたします」




