9話
俺は目の前に現れた猫をじっくりと観察した。
つぶらな瞳、ぷにぷにの肉球、短い脚、ふわふわの毛並み。
野生とは程遠い、血統書付きの飼い猫の様な外見だ。
猫は腰にバターナイフくらいの大きさの剣を差し、ハットをかぶっている。
本人(猫)は様になっていると思っているのか自信たっぷりだが、猫の可愛さのせいかコスプレにしか見えない。
「おい、聞いてるか?」
昔ハマっていたゲームで猫をオトモにしていたことはあったが、現実だとこうなるのか。
「おい!無視は嫌いだ」
「ああ、悪い。聴いてるよ。で、お前は今までのやつと違ってバトル志望なのか?」
「その通り。俺様こそ最高の武器」
猫は自信満々にふんぞり返った。
正直言って、あまり強そうには見えない。
「さぁ!わかったらさっさと契約するぞ」
「待て待て、まだ自己紹介も済んでないぞ」
猫は俺の膝まで素早く登り、眼前にまで迫ってきた。
「俺様はレオ!お前も早く名乗れ!」
「レンだよ。なぁ、もう少し落ち着けよ。ゆっくり話そうぜ」
どうもこの猫、レオの様子はおかしい。
そわそわしていて、どこか焦っているように見える。
「嫌!自己紹介が終わったんだからすぐに契約するんだ!」
『あと30分で本日の武器コンは終了とさせていただきます。参加者の皆様は契約を希望される相手の名前をお手持ちの紙に記入してください』
突然会場にアナウンスが流れてきた。
もう終わりなのか。
思ったよりあっという間だった。
「あああ!時間がない!早く!早く俺の名前を書け!」
アナウンスを聞いてレオは更に焦り出した。
今にも泣き出しそうな顔で俺にペンを握らせてくる。
「俺お前のこと全然知らないんだけど……なぁ、また次回俺も参加するからさ、そこで縁があれば契約でいいんじゃないか?お前ももっと良い相手が見つかるかもしれないしさ」
大事な契約なのだから、俺はもう少し慎重に相手を選びたかった。
この子猫より強そうな武器なんて、いくらでもいるだろうしな。
「それじゃダメだ!」
「どうして?」
「えーと、そう!武器コンで相手を見つけられなかった奴はモテないダメ男扱いされて、二度と武器コンには参加できないんだ!これがお前のラストチャンスなんだ!」
レオの発言に俺は衝撃を受けた。
まさか武器コンが一度しか受けられないなんて。
「じゃ、じゃあ契約しといたほうがいい……のか?」
「その通り!じゃあ紙出しとくからな!」
俺の返事も聞かずレオは係員の元へ2枚の紙を持って走っていった。
俺の分の紙も勝手に書きやがったな。
結局、俺もレオもお互いに別の相手からのアプローチは無く、契約は成立した。
「あ、お帰りなさい。どうでした?」
外に出ると、ドクが手を振っているのが見えた。
「一応契約できたよ。まぁ理想とは違うけど、贅沢は言えないよな」
「それはおめでとうございます!珍しいですね、一発で契約が成立するなんて」
……ん?一発での契約は珍しいってどういうことだ?
「チャンスは一回しかないんだから一発なのは当たり前だろ?」
「え、一回?武器コンは別に回数制限はありませんよ。それにさっきレンさんが言った通り、一度で良い相手が見つかるとは限りませんから、大抵は何度も参加しますよ」
なんだって……
レオのほうを見ると、額から大量の汗を流していた。
「……騙したな」
「なんのことニャ?」
そんなキャラではなかっただろ。
「可愛い子ぶってもダメだ、このクズ猫!そういう話なら契約は無しだ!」
「待て!これには訳があって、やめろ!ヒゲを引っ張るな!」
何が訳ありだ、俺の冒険の邪魔をしやがって。
皮を剥いで三味線にしてやろうか。
「レオ様!こちらにいらっしゃったのですね!」
「げっ!」
「ん?」
声のする方に振り返ると、そこには猫の耳がついた女性が立っていた。
かなりの美人で、そこらの女優では歯が立ちそうにない。
「さぁ!帰りますわよ!」
美女はこちらにくると、レオの足を掴んで引っ張り出した。
一方のレオは俺の服にしがみつき、必死に抵抗している。
「えーと、もしかして飼い主さんですか?ダメですよちゃんと逃げないように面倒みなきゃ」
「飼い主とはなんだ!」
俺の言葉にレオは激しく反応した。
いい加減服を離せ、爪で穴が開く。
「そうですよ、あなたが誰だかは存じませんが失礼です」
美女も俺に講義の目を向けてきた。
ではどういう関係なんだろう。
猫耳があるから恐らく近親者なのかもしれない。
「ひょっとしてお姉さんとか?」
「あら、惜しいですわ。家族であるのに違いはありませんが」
では妹か。
妹にくっつかれて嫌がるとはこの猫も可愛らしいところがあるもんだ。
せっかくだからこいつとの契約を存続してこの美女とお近づきに
「私はレオ様の妻です」
殺してやろう。