3話
「じゃあ本当に今までガチャを回したことがないのね?」
「ええ、そうですね」
俺は彼女らに自身がこの辺りの地理に疎い旅人であると話し、近くにあるという街まで案内してもらった。
「そんな人本当にいるのねぇ。無課金勢っていう宗教の人がいるのは知ってたけど、一度も回さないなんて初めてだわ」
ガチャ狂いの課金勢のほうがよっぽど宗教じみていると思うが。
「遠い所から来たもので、ガチャについてはよく知らないんですよ。何が当たるんです?そのガチャ」
「何が……って、何でもよ。神から送られる石で回すんだもの」
彼女は当たり前のことを訊かれて戸惑っているようだ。
この世界ではガチャは運営ではなく神の元で行われているらしい。
「なるほど……」
「というか、気になるなら回せばいいじゃない。使ってないならいくらか持ってるでしょ?石」
彼女に促されて鞄を開けると、見覚えのない宝石のようなものが五つ、底に転がっていた。
「これは……」
「なんだ、けっこう貯めてるかと思ったらこれだけなのね。これじゃ一回しか回せないわよ」
彼女は残念そうに鞄から目を離した。
こんなものを入れた覚えはもちろん無い。
この世界の神様は俺がここに来たのを分かっているのだろうか。
俺は戸惑いとガチャに対する期待を胸に抱きながら街を目指した。
「おお……けっこう立派な街だな」
街は西洋風の建物が連なっており、異国感溢れる光景だった。
しかし俺が想像していたような、いわゆる中世ヨーロッパよりは幾分近代的なように感じる。
「なにキョロキョロしてんの、こっちだよこっち」
俺が街を観察していると、同行していた女性が俺の腕を引っ張った。
「ど、どこに行くんです?」
「どこって、ガチャやるでしょ?こっちにあるから」
そう言うと彼女は強引に案内を始めた。
初対面の俺にここまでしてくれるのは、恐らく他人が石を貯めているのを見ると消費させたいという心理が彼女にも働いているのだろう。
俺もよくなるから気持ちはわかる。
「ほい、これがノーマルガチャね」
案内された所には石造りの妙な建築物が建っていた。
コインを入れるであろう穴やレバーから、巨大なガチャガチャであろうことは察しがついた。
「しかし、これはその……えーと、お名前は」
「あたし?クランって呼んで。それで、回さないの?」
回すも何も、これは明らかに先ほどの石で回すのではないだろう。
あの穴はどうみても石と大きさがあっていない。
「俺、これを回すためのコイン?ないんだよね」
「嘘、文無しでここまで旅してたの?すごい根性ね」
俺が情けなさそうに言うと、クランは大げさに驚いた。
これに100円玉が入るなら良かったんだが、まぁ使えないだろう。
「じゃあいいわ、私も回そうと思ってたし、10回分貸してあげる。出たものは私が貰うわよ」
彼女は俺に10枚のコインを手渡してきた。
なるほど、一枚で一回分か。
「他人のコインで回しても問題はないんですか?」
「別に?石は自分のものじゃないと意味ないけど、それは特別なものでもないからね」
なるほど、これはいわゆるフレンドポイントガチャに近いような、気軽に回せるガチャなんだな。
言われた通りにコインを入れ、レバーを回すと、建物はゴトゴトと音を建てながら10枚のカードを吐き出した。
「お、このティーカップは当たりね。石鹸も無くなってたところだから丁度いいわ。うーん、この服は趣味じゃないからいらないわね」
クランが集めているカードを横から覗いてみると、どれも日用品のようなものが描かれており、左上にNのマークが書いてある。
「なんか、雑貨みたいなのばっかりですね。いらないものはどうするんです?」
俺が質問すると、クランは困ったように笑った。
「本当にガチャやったことないんだね。いらないのは市場に持っていって他の物と交換したり、需要があれば買い取ってコインに替えて貰えるのよ」
この世界ではどうやら、経済にガチャが深く関わっているらしい。
まぁこんな便利なものがあれば当然か。
「このコインはどうやったら手に入るんです?」
「そりゃあんた、働いたらお給料として出るのよ。当たり前でしょう」
ガチャを回すためのコインが通貨になっているのか。
これはもはや、ガチャが支配する世界に来たといっても過言ではないな。
俺が望んだような世界とは違うが、これはこれで面白い。
あとは美少女が出てくるガチャさえあれば満点なんだが。
クランにそう話すと、彼女はケラケラと笑った。
「なんだ、知ってるんじゃない。じゃあ早速やりましょうか、あんたのお望みの石を使うレアガチャを」