2話
靴の感触から今立っているのが部屋のカーペットではなく、地面の上であることがわかる。
恐る恐る目を開けると、一面は広大な草原だった。
辺りを見回しても、さっきまで確かにあった友人も部屋も見当たらない。
「すげぇ……来たんだ、異世界に」
俺は急いで足元の魔方陣をチェックした。
その次に自分の体を調べると、手の甲に魔方陣の中央に描かれているものと同じ模様があった。
「これだな、あいつが言ってたのは」
ユウジは俺が魔方陣について調査していた時、一番重要な話を教えてくれた。
元の世界への帰り方だ。
あいつは異世界に迷いこんだ時、2日ほどかけて城下町にたどり着いたらしい。
そしてその町で不思議なことに、あいつはあっさりとある女性と羨ましい仲になった。
するとその日の晩、体にあった模様の色が輝きだした。その瞬間体が透け、気がつくとユウジは世界へ戻ってこられたという。
この話から、俺はある仮説を立てた。
俺が読んだ書物によると、これまで行われてきた魔方陣による儀式には、必ず条件があった。
家畜を捧げる、生け贄を用意する、満月の夜に行うなど、地域や時代によってそれは異なってきたが、ただ魔方陣を描くだけでは儀式は成功しない。
そしてユウジはその女性と結ばれた結果、模様が発動するための条件を達成した。
すなわち、この模様を発動させるための条件とは、俺の純潔を捧げることなのだ!
あいつもその時まで童貞だったから間違いない。
こんなこともあろうかと取っておいて良かった。
「これで良しと。じゃあ早速街に向かうとしよう」
魔方陣の近くに目印として落ちていた木の棒を突き立てると、俺は遠くに見える街道を目指し歩いた。
「……街が見つからなーい」
かれこれ30分は歩いたが、街はおろか人の影もない。
きちんと整地されている道を通っているから、そのうち街に着けると思っていたが、考えが甘かったらしい。
「おかしい、俺の愛読書なら歩いて数分で街にたどり着いて、よそ者だろうと関係なくはした金で中に入れるはずだというのに」
まぁこの世界の貨幣など持ってはいないのだが。
その時は持ってきた胡椒か砂糖を売り払えばいい。
「どんな子と結ばれようかなぁ。街の娘…宿屋の受付…女騎士…奴隷の子を救い出してってのもありだな」
しかしよく考えてみれば、結ばれたその瞬間に俺は元の世界に帰らねばならないのだから、相手は慎重に選ばなくては。
「それにしてもそろそろ何かしらのイベントがあっても良い頃だと思うけど……ん?」
非日常的な状況下にあるためか、どこかゲーム脳なことを考えていると、道の先から何やら喧騒が聴こえてくる。
自身の異世界知識から察するに、こういう時は商人やら旅人の女性やら護衛が少ない姫やらが山賊に襲われていると相場が決まっている。
まだ見ぬヒロイン候補を救うべく、俺は声のする方へ走った。
「「「あぁぁぁぁぁぁ爆死したぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」」」
「思っていたのと違うな」
向かった先では確かに女性と厳つい男たちが大きな声を上げていた。
ただ、男が彼女を脅している訳ではなく、むしろ全員で仲良く地面に突っ伏しながら叫んでいた。
予想していた光景とは違うが、一応ヒロイン候補っぽい子が困っている?様子ではあるので声はかけるべきだろう。
「あの、大丈夫ですか?喉枯れちゃいますよ」
女性は俺の声に気づくとパッと顔を上げた。
おでこに小石が張り付いている。
よっぽど強く地面に倒れこんでいたのだろう。
「あなた!どうだったの!?」
「は?」
どうだったとはなんだろう。
もしかするとさっき叫んでいた爆死というのは何かモンスターからの攻撃を指していて、まだそいつは近辺に潜んでいるから俺を心配してくれているのだろうか。
多分それで間違いないだろう。
まさか異世界に来てまで爆死の意味が俺に馴染み深いもののはずがない。
「安心してください、もうエクスプロージョン的な魔法を使うモンスターはここにはいないようで」
「何の話してんの!あんたも詫び石貰ったから回したでしょ!ガチャを!どうだったの!?」
めちゃくちゃ聞き馴染みのある話を異世界でするのは止めろ。