第16話「彼女の痕」
「えっ……」
なに……それ……。
鬼気迫る、妖気を纏った咲姫の言葉に、疑問を抱きつつ僕は自分のお腹を見る。
そこには、赤く鬱血した虫さされのようなあと。
でも妙に横長く、それが虫さされではないことが明白だ……。
これは……。
まさか……っ。
噂の……!?
でも、記憶にないよ? そういうコトをした記憶が。
僕が何もいえないで居ると、またも咲姫は僕の耳元に息を吹きかける。
「蘭ちゃん……でしょ?」
「――ッ!?」
ビクッと飛び上がるように反応してしまう。むずがゆい感覚と落ちつかない今では冷静を取り繕う事なんて出来そうにない。
ただ、そのパニックになりかけな頭で、あれやこれやとぐちゃぐちゃのなか思い返す。そうだ……。昨日、あの保健室のときっ……!
確かに吸いつく感じはあった。でもあれでここまで痕が残るなんて……! こんなこと初めてだから油断していた……。
などと、蘭子のイタズラに苦く思っていると、咲姫は僕のお腹の痕をくるくるといじり出す。
「わたしの知らないところで、蘭ちゃんと、ナニを……していたのかなぁ」
「あ、いや……何もヤマシイ事はしてないっ! 神に誓って!」
『神に誓って』ってなんだ。余計に後ろめたく聞こえるじゃないか。
そんな僕の言い訳がましい返しに、咲姫は「うふふっ」と笑って、また僕の身体を拭き始める。動きがさっきよりもいやらしくて、パンツぎりぎりのお腹とか、わき腹とか、感覚の弱いところばかり這うように責められてしまい、僕は恥ずかしい声を出さないので精一杯だ。
「ホントに何もしてないの?」
「し、してないよ。するわけないじゃん」
最初はどもりつつも、僕は言い切った。そのおかげか、
「ふぅ~ん、まあいいわ」
と、諦めてくれた様子。なんとか乗り切った……?
しかし、問いただす口は閉ざされても、その手は休むことを知らない。動きはゆっくりなのに僕は急かされるように緊張し、お腹周りを責めていた指が、そのまま肩を腕をと周って胸もとへ。まあるく撫でられていると、僕の背中から彼女の感触が強く伝わってきてしまった。いや違う。僕が意識し始めたのだ。布越しでもバクバクという心臓の音がバレてしまいそうで……。恥ずかしさで余計にのぼせそう。
「百合ちゃん。すごい、ドキドキしてるわねぇ」
「か、風邪だからね。それにやっぱり裸は恥ずかしいよ……」
それを見透かされたようで、咲姫は僕の耳元で囁いた。だが今までとは違って優しい囁きだ。
「恥ずかしくなんてないわよねぇ? わたしたちは女同士なんだから。何も気にする事なんても」
「う、うん……」
「だから、百合ちゃんは安心して? 何にも怖がる事なんてないの。わたしを受け入れてくれればいいのよ」
「そう……かな」
「そうよ」
ゆっくりと僕に語りかける彼女。それは保健室の先生が性の相談をされたかのように、そして僕を諭すように。ドキドキから急に落ち着いてしまい、僕の脳は風邪らしくトロンと蕩けそうだ。
確かに、変に恥ずかしがり過ぎるのも、レズバレしてしまうかもしれない。ハーレムを作るために天然ジゴロを演じつつも、その確信だけは与えてはいけないから。
と、働かない頭でなんとか納得している内に、僕の心臓は穏やかになっていることに気付く。咲姫の柔らかい声のお陰でもあるかもしれない。お湯を絞って、また拭かれる身体。温かく、安心してきて……。
あれっ、なんだか急に……。
「眠たいかしらぁ?」
「あ……うん。そう、かも……」
「じゃあ後はわたしに任せて、ゆっくり休みなさい?」
「ごめん……ね……咲姫……」
僕は意識を閉ざした。




