第11話「イケメン女子部の勧誘」
それは、僕が保健室から戻って受けた二時限目の、終了の鐘が鳴りやんだ後だった。
ちょっと寒気が抜けないなと思いつつ、席で授業の後片づけをする僕の肩に、突然回される腕。鼻をくすぐるアップルミントの香り。何事だと横を見れば、乱雑に前髪を結い上げた赤髪があった。
「おっすゆりはすー。雨水浴びて具合悪くなったんだってー? 大丈夫かぁー?」
「茜さん……。大丈夫だけど……な、なに? いきなり」
「オレら、百合葉ちゃんに頼みゴトあるんだけどいいカナ?」
その後ろから、ひょこっと細い三つ編みを揺らして現れるのは、右目を青メッシュの長い前髪で隠した葵くんだった。
「単刀直入に言うぞー? あたしらよぉー。男装女子部っていうのに入ってるんだけど、今月中にもう一人メンバー見つけないといけないんだよねぇー。わりぃけど入ってくんねぇかなー?」
「オレからも頼むよ。百合葉ちゃん中性的で綺麗だから、適任だと思うのサ」
「そうそう。悪いようにはしないからよぉー」
「ちょっと、オレらのアソビに付き合ってもらうくらいサ」
「悪い予感しかしないよ、そのセリフは……」
呆れつつ「うーん」と彼女らの言葉を整理する。なるほど部活の勧誘だ。それも男装女子部。校内ではイケメン女子部なんて呼ばれているようで、訪れる女子たちを部室で出迎えホストのごとく接待するという、少女マンガの世界みたいな部活らしい。
かっこよくて素敵なイケメン女子を目指す僕としては、自分磨きの絶好のチャンス。もちろん興味ないではない……けど……。
「せっかくだけど、遠慮させてもらうかな。僕も僕で、写真部に入ってるし」
「んなもん知ってるけどよー。写真部はそんな忙しくねぇーだろぉー? 顔出しはたまにでいいんだ。暇つぶしのストレス発散にでも……気持ち良くさせてやるよぉ……?」
耳元で甘美に囁く茜さん。
「どうせなら、オレだけの専属写真家になってよ。子猫チャン?」
あごをくいと上げて見つめる葵くん。
なんで僕は彼女らの毒牙に掛けられそうになってるの? そもそも僕は別にストレス発散なんて要らないし、なんなら葵くんなんて僕より少し小柄だ。何を言っているのやらと少し呆れてしまう。
だが、そのとき、二人の間から強引に割って入る黒くて大きな影。
「私の可憐な華に手出しをしないでもらえるか?」
二人の腕をガシッと掴む蘭子であった。
「おおっと、こいつぁ~鈴城さん。ちょっといてぇよ?」
「う、うぇ~。離してよぉ~っ……ダ、ダゼ?」
笑いつつ睨みを利かす茜さん。反して涙目で子供みたいな表情に崩れていく葵くん。なにそのギャップは……可愛いんだけど?
そんな二人を見やることなく蘭子は静かに牽制し、そしてゆっくりと手を離す。
「あー、いたかったぁー」
蘭子から解放されて腕を抑えうめいている葵くんだったが、そんな彼女を気にも留めず、茜さんは蘭子に向き合いじっと見つめる。
「なんなら代わりにあんたが来るかい? ゆりはすじゃないのは惜しいけど、歓迎するぞぉー? あたしの虜にしてやるよぉ……」
「蘭子ちゃんもかっこいい美人だからネ。……キミを微睡みの闇に堕としてアゲル」
「そうやって色んな女子を口説いてるのは知っている。愛の言葉は一人に捧げるものだぞ。それに……」
そこで彼女は一度、息を溜めるように口を閉ざし、
「百合葉は私の物だし、私は私の物だ」
そう言い放った。
「誰にも渡さないってコト? ヒューヒュー。お熱いゼ」
「でもよぉー。付き合ってもいないのに、そいつぁーエゴだよなぁ?」
「誰とも付き合ってないなら、百合葉ちゃんは今はフリー……ってもんだろ?」
「……」
並べられる二人の正論に、むぅと顔を歪め押し黙る蘭子。痛いところを突かれたのだろう。
そろそろ、彼女にばっか頼ってもいられないな。流石に割り込まねば。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、僕は一切入る気無いからさ。他を当たってよ」
ウインクしてきっぱり断る。そうすれば、苦笑いつつ仕方がないと言わんばかりに肩をすくめ溜め息を吐く二人。
「いきなりだったし、今決めろって言うのも断られて当然カナ……。だけど、オレらもそうそう諦めないからネ?」
「顔を洗って待ってなよぉー?」
怪しく微笑みながら踵を返し、そう言い残す二人。そして彼女らは教室後方のドアへ向かう。
「それを言うなら足を洗って……ダロ?」
「それじゃあ罪人だろぉーよ。ちげぇーって。首を洗って……じゃんか?」
「死刑囚かってソレ」
なんて話しながら。あの二人、イケメン女子なのにアホの子だったの? 可愛いじゃん? キメながらの捨て台詞なんて吐いていったし。それはまるで強敵が立ち去るかのように。やっぱり可愛い。
でも……。
彼女ら二人とも……同じクラスなんだよなぁ。
※ ※ ※
「百合ちゃあぁ~ん! オトされるんじゃないかって心配したわよぉ~っ!」
場がひと息ついて。咲姫がすぐに声を掛け抱きついてくる。もうこういうのには慣れてしまい、拒否すること無くナデナデする。
「ごめんねー。でも心配しないで。自分で作った部活なんだから、おいそれと他の部には入ったりしないよ。咲姫を置いてったりはしないから」
「うゆぅ~んっ」
なんて、ちょっと決め気味に。僕の言葉で安心したのか、可愛らしいうめき声で僕の胸元に頭をすり付けてくる。
そこに唇を尖らせながら蘭子。
「百合葉を助けたのは私なのだから、そのご褒美は私が受け取ってしかるべきじゃないのか?」
「いや、ご褒美とかじゃないんだけど」
突然、この子は何を言ってるんだと苦笑い。しかし可愛い。
「そうよぉ~? わたしはぁ~、したくなったからこうやって百合ちゃんとイチャイチャしてるだけでぇ~? 何かお礼とかじゃないと出来ない人とは違うんでぇ~?」
こっちもこっちで、なんで笑顔のまま臨戦態勢なの?
「んっ? ずいぶん棘のある言い方に聞こえたが。ともかく、さっきは私が助けたようなものだろう。咲姫は早くどけて、私にスリスリさせるんだ」
「ずいぶん恩着せがましいのねぇ。そもそも助けてはいないんじゃなぁ~い?」
「咲姫なんて、口をあんぐり開けていただけだろう。そんな消極的な君に、百合葉が救えるか」
「わ、割り込む間が無かっただけですぅっ! そもそも蘭ちゃんは言い負かされてただけじゃなぁ~いっ」
と。どうやら笑顔の冷戦は均衡状態。
確かに、僕の右に二人と蘭子が立っていたと言うことは、咲姫から会話に割り込むにはスペース的にもちょっと難しい。それに、嵐のように去っていったのだから、タイミングも無かったのかもしれない。
「まあまあ。次あの二人が来ても断るだけし、この話はもう終わりにしよっ? もう次の授業始まるし」
このままでは笑顔の小競り合いを続けかねない雰囲気だったので、僕は手をぱんっと叩いて打ち止めを提示する。肝心の僕が言うならと二人は席に戻って授業の準備に取りかかる。
ふぅ~っ。彼女らのプチ修羅場も大変だ。
と考えながら僕も教科書を出すため、机の中に手を突っ込む。
んっ? 何かあるぞ?
なんだろうと思い、指先に触れた記憶のない物を取り出す。そして、
「百合ちゃん。なぁにぃ~? それぇ~」
すぐに戻した。
「んっ? いや、なんでもないよ」
「へぇ~」
なんとも思っていない風に返す。彼女はほんと、よく見ているなぁ。ほんの一瞬の出来事なのに即座に反応されてしまって、平常心を装うだけで手一杯な僕は、誤魔化す言葉を何一つ紡ぎ出せ無かった。
不幸の手紙、秘密の相談事、上級生の呼び出し。あらゆる事態を考えつつも、こんな爽やかで可愛らしい葉っぱ柄の便箋じゃあ、可能性が一番高いのは……と考えると……。
見せられないよなぁ。
咲姫の目から隠さざるを得ないのだ。




