第09話「お着替えパニック」
僕が保健室に着替えに行くところへ、「わたしも行く!」と言って聞かなかった咲姫を、気迫で強引に黙らせた蘭子。そんなにも咲姫を出し抜きたかったのだろうか。僕は蘭子に黙ったまま従い、強く手を引かれて保健室へ。廊下にノックの音を響かせてから、ドアを開ける。
「先生、居ないみたいだな」
「そう……だね」
「勝手に使わせてもらおう」
昨日とは違って保健室はからっぽ。居るはずの先生もおらず、朝だからかベッドカーテンも開け放たれていて、誰も休んではいなかった。
「カーテンの中で着替えると良い」
ベッドメイキングされ整っていることを確認した蘭子は、僕を手前のベッドへ誘導。カーテンに手を掛けながら彼女は、ジャージ袋からタオルを取り出す。
「着替え中……セクハラしないでね?」
「なんだ襲って欲しいのか?」
「いや、そういうワケじゃあ無いんだけど」
「なら早く身体をちゃんと拭いて。朝のホームルームに間に合わなくなるぞ」
「う、うん」
なんだか拍子抜けだ。クソレズなのは建て前で、やはり心根はクールなままなのだろうか。
「ああ。君の制服を整えたいから、脱ぎ終わったら渡してくれ」
「わかった、ありがとね」
そんな彼女は、どこで見つけたのやら、ドライヤーを手に持っていた。なんだ、やっぱり大人じゃん。予想以上の気の利き具合に、僕は少し目を丸くしていたり。
なら、ささっと済ませないとなぁ。僕は先にスカートを脱いでジャージのズボンを穿いて。羽織っていただけのブレザーもすぐに肩から下ろす。
さて、ここは彼女の好意に甘えて、即席クリーニングをお願いしよう。僕は目の前のカーテンを開ける……が、
「あれっ、居ない」
「こっちだぞ」
正面では無く横から声が聞こえた。隣のベッドの方だ。いつの間に移動していたのか。
僕はなんの疑問も覚えずカーテンを引くと……。
肌色。
肩甲骨。
後ろからでも分かる、大人っぽい黒レースの入ったブラジャー。
色白ながらも、健康的で筋肉の程よく引き締まった背中が視界に飛び込んで――――。
僕はシャッと閉じた。
「ごめん。着替え中だったのね」
「入ってきてもいいのだぞ?」
「いや待ってるわ……」
そそくさとその場を離れて元のベッドへ。でも、なんで彼女が着替える必要があったのだろうと思いつつ、汚れたブラウスも脱ぎ捨て着替える。布団の上に置いてみて、着る前から彼女のシャツは大きい事が分かった。そりゃあ身長差があるしなぁ。咲姫みたいに細い子のを借りたらぴっちぴちになってしまいそうだし、こちらの方が良かったんだ。どっちにしろ、蘭子以外に頼めないことだったのだし。背に胸は……いや、背に腹は代えられない。咲姫ちゃんのお胸が背みたいに平らというわけではなく。
「いいぞ、百合葉」
「うん、ちょっと待って」
やがて声が掛かったため僕は急いで、身体を拭いていたタオルで上半身を隠し、そのままブレザーとスカートを渡そうと二つのカーテンをくぐる。
「さっきは声も掛けないで開けてごめ――ってなんで全裸なんだよぅッ! ぜんぜん良くないよねっ!?」
「んっ? 百合葉とレズセックスする準備が出来たから開けていいのだが」
「レズセッ……て」
僕はカーテンで視界から彼女を消しながら顔を引きつらせる。
「全裸になってやることと言ったら……決まっているだろう? ジャージを着るにはまだ早いぞ?」
「決まってないよ早くないよこのクソレズ!」
「ああ、全裸とは言っても、私はパンツくらい穿かせてもらう。なぜなら私はタチだからな」
「知らんがなッ!」
「さあ、早く生まれたままの姿になるんだ。君の花園を開いてあげよう」
「んなもん、開けんでよろしいっ! 襲わないっつったでしょ……もうっ」
「双方同意があれば襲うとは言わない」
「絶対同意しないわ……」
やっぱりクソレズだった。ギャグなの? ねぇレズギャグなの? シャレになってないよ?
まあレズはともかく、ナルシストながらも時々気を遣ってくれる彼女の本性を知っていれば、もしかして自分の肉体美を見せつけつつも笑わせてくれようとしている可能性も否定できないけど。ギャグとしては体を張りすぎだなぁ……。
「そもそも! 付き合ってもいないのに双方同意とか、そういう話っておかしいよね?」
「ん……? それも……そうか」
僕の真面目なツッコミにダメージを受けたのか、ガッカリ表情を浮かべる蘭子。もしかして本気でレズレズ出来ると思ったの……? 怖いな……。
カーテン越しからはドライヤーの音がする。僕のブレザーを乾かしてくれているのだろう。おふざけレズしつつも、こういう引き受けた約束事はそつなくこなしてくれるのは蘭子の良いところなのだろう。
ドライヤーの音はやみ、やがて叩いてとブレザーのシワを伸ばしているようだ。そこまでやってくれるのかと思っている内に、僕の身体も拭ききり乾いていたので、ブカブカなシャツに首を通した。歩きにくいので、裾を捲ってからカーテンを出る。
「蘭子、終わった?」
そうして、彼女が居るベッドのカーテンを開けてみれば……。
ブレザーを抱く羽織って……文字通り、包まれている蘭子。予備のヘアピンが胸ポケットに刺さっているから、これは僕のものだ。その下はやはり白い肌が露わになっていて……。
「何してんの……」
「私は今、百合葉を包んでいるのと同じなんだ。つまり、朝にして聖夜を迎えているのさ」
「いや逆でしょ。とにかくブレザー返してよ」
「フフッ。やる気が出てきたようだな。包むのは私の方だったが、まさか脱げと言われるとは……。よしっ、君が乗り気だなんて、心の準備がまだだが仕方がない。一肌脱ごうじゃないか」
「あっ……! 今脱ぐなっ! あんたブラもしてないんだから!」
「ああ、百合葉は自分で脱がせたい派だったのか。しかし、私はタチ。脱がされるというのは性に合わないんだ」
「知らんがなッ!」
そんなお馬鹿なレズを繰り広げているとき、廊下から声が……。
「やばいっ! 仄香と咲姫だ! この状況はまずいっ!!!」
「さあ、私とレズセックスしよう。そして素敵な未来を築くんだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ馬鹿ッ! ……って、うわっ!」
そんなノリッノリな彼女は、僕をベッドに押し倒す。だが仕返しに、足技で彼女に掛け布団を被せて姿だけでも隠した。
「失礼しまぁーっすっす! って、誰も居ねぇー!」
「先生は……いらっしゃらないのねぇ。百合ちゃんと蘭ちゃんが居るはずだけどぉ~?」
「そこのベッド……靴が……アルっ!」
「でかしたアルゆずりん!」
タッタッタッと近付く足音。もうやばい!
「百合葉、最初から激しいぞ」
「アンタは今黙って! 小さく収まってて!」
ひそひそ声ながらも怒鳴ってしまった。と、その時――――!
「おーぷんッ!」




