第07話「好きな人の話」
窓の外はずいぶん暗く。しかし僕らはわいわい明るく。しんと静まり返った廊下を話も足も弾ませて歩いていた。
「蘭たんミスったから罰ゲームね! さっきのはいけないぞよー?」
「ほう。私がいつ、ミスをした?」
仄香に言われ惚けるように首を傾げる蘭子。
「だって、あのとき机ぶつかんなかったら最後までいけたじゃーん! ほんまヤキ入れたろかー?」
「裁きの……鉄槌……」
「いや二人とも怖いよ……」
仄香と譲羽の、ただならない言葉に苦笑いの僕。蘭子は少し逡巡して、
「そうだな」
短く返す。
それを肯定と受け取ったのか、「うっしっしー」と仄香が怪しく笑い、譲羽もニタァっと笑みを浮かべる。流石に暴力ではないと思うけど。
何が出てくるかな――と考えていれば、
「蘭たんは好きな人居ないのぉー?」
などと、やはりそんな具合であった。しかし、その内容に僕は少しドキリとさせられてしまう。ポッキィゲーム後の流れとしては当たり前のようで、僕にとっては導火線に火が付きそうな爆弾だ。
「好きな人……か」
蘭子は笑うように嘆息し、わざとらしい流し目で僕らを見やる。切れ長の瞳が際立って様になっているのがまた可愛いもの。
「当然、居るぞ?」
「おっ……? 来ましたなー! ドコのダレ!」
「ゴマ……ダレッ」
「何がゴマなの……」
不安ながらもやれやれと譲羽にツッコむ僕だが、蘭子は気にするそぶりはなく。またもフッと鼻を鳴らす。
「みんなの横に居るじゃないか」
「えっ?」
僕と咲姫の声が被る。
ま、まさか……っ。
ここで言っちゃうの……!?
駄目だ! 君が言うと冗談では済ませないっ!!!
その答えが違っていてくれというはやる気持ちに相反して、「そう」と、言の端を繰り出す彼女の口の動きがゆっくりに見えて――――。
「私だ」
ガクッと肩を落とし安堵する。咲姫もまた、この流れに思うところがあったようで、静かにひと息を吐いた。
「なんだぁー、ただのナルシストかよぉー」
「ナルシストで何が悪い? 君は自分が好きじゃないのか」
「ま、好きだけどねー。かわいくてサイコーよっ!」
まさか仄香まで ナルシスト宣言である。でも確かに、これだけ美少女が揃っているんだから、誰もがナルシストではないというのも変な話かもしれない。
「さっきーとか、超ナルシズムっぽいし好きな人居そぉーだよねー!」
そこで話の矛先が向いた咲姫は、先ほどの見えぬ焦りは捨て去ったようで、のんびり「そうねぇ」と思い巡らせる。ナルシストは否定しないんだね……。
「わたしはねぇ~。やっぱり王子さまな人かなぁ~? かっこよくて頼りになってぇ~、それでときどきカワイイのぉっ!」
「カワイイ……ノ?」
ニヤニヤしながら疑問に思う譲羽。レズを疑っているのだろう。百合厨として正しい反応だ。
「おおうっ!? それはまるでゆりはすのコトではないかぁーッ!?」
案の定、次は僕の名が上がってしまった。ちょっとどぎまぎしながら「そ、そうかな……?」なんて。
「う~ん、頼りになるかどうかは怪しいかなぁ」
「そ、そうだよね……」
がっくり心の中でうなだれる。確かに、僕はまだまだ余裕が無くて頼りないからなぁ。ちょっと傷つくけど、頼りになるイケメン女子というのは僕の目指す先であるから、その感想は深く心に刻んでおく。
「でも、最近ちょっと迷ったりねぇ。顔が良ければ、わたしがとことん甘やかして良いくらいかもぉ?」
「ヒモ製造機だーっ!」
「ダメ……ニンゲン……ッ」
「へ、へぇ」
仄香と譲羽にツッコまれる始末であった。咲姫はどんな未来予想図を描いているのか、足をスキップ気味に跳ねさせながら声を上擦らせていたり。う~ん可愛い。
でも、咲姫ちゃんに甘やかされる自分……というは、ちょっと違うかなと思った。やっぱり、こちらから尽くしたいモノ。返ってくるとすれば、最重量の愛があれば……って、これは考え方が咲姫と一緒で、下手したらヒモ製造機か。聞こえが悪かっただけで。
「好きな人が堕落しても良いのか?」
そこに冷たく水を差すように、真面目な蘭子の一言。
「別にいいんじゃない?」
しかし、臆することなく、咲姫は微笑みを突き返す。
「どんなに間違っても、そこにホンモノの愛があれば……ねぇ?」
「ほぉーっ! 深いのう!」
「キモチ、わかる……カモ」
そんなきっぱりと言い放った咲姫の考えを、仄香が褒め、譲羽もうんうんと頷く。
「好きな人と居られるなら……常闇のような地獄を這う天明も……受け入レル」
「あーそれ言えてるかもねー。もしハンザイシャ相手でも、好きになったら分からんもんねー」
と仄香も支持する模様。
「間違っていると自覚するのなら、それは否定し改善すべきことだと思うがな」
だが、首を傾げた蘭子が、解せぬという面持ちで自分の中の正論を告げる。
「蘭ちゃんがそう思うならそれで良いんじゃない? 人それぞれよぉ~」
「む……確かにそうだが……」
やはり納得は言っていな様子で。彼女は何か言いたげに口を開こうとするが、その言葉を飲み込みまた黙る。
そんな口ごもっている間にも仄香の見開いた視線が僕の方へ。
「ゆーちゃんは? さっきから静かじゃん! なんかあるでしょー?」
おっと。つい考え込んで黙っていたのがバレてしまった。思索に耽ると口数が減ってしまうのだ。僕の悪い癖。
「なに? 僕も言わないといけない感じなの?」
「みんなも話したんだから、そのくらいはねーっ! 愛の形ってやつをさぁ!」
「難しくないっ?」
苦笑いしながら。しかし、仄香は折れないようで、
「やっぱ、考え方それぞれだしさー。どんなのか知りたいんだよー。好きなタイプとかでもさぁ!」
さらに話は、より焦点を絞る"好きなタイプ"に戻ってしまった。この流れはいけないな……。
そこで、妙な助け船……というかペリー来航レベルで新たな展開への幕開けをしそうな蘭子が口を挟む。
「百合葉が好きなタイプか……。当てて見せよう。黒髪ストレートロングで、切れ長の大きな目。高くて筋の通った鼻に、整ったフェイスライン……。おやっ……? 私の事じゃないか」
「自作自演ってか、茶番ってか……。自惚れにも程があるでしょ……」
「んっ……? 私が美人だって言う話をしていたんじゃあ無いのか?」
「そんな話はしてませんっ」
まあ認めるけどね。そんな無理やりに自分の魅力をアピールしたがるナルシスト蘭子ちゃんホント可愛い。
だがまだ強引に続けるのか、ワザとらしくフッと笑う彼女。
「ああ、分かる分かる。分かるぞ? 如何にして百合葉にセクハラをするかっていう話だろう?」
そう言ったかと思えば、やがて背後に手が伸びてきて、お尻をポンポンっと触られる。
「無理やりセクハラの流れにするなっ! 馬鹿っ!」
ナルシストな上にセクハラキャラまで追加されて……恐ろし子である。




