第06話「ポッキィゲーム」
「ちょっと待って……!?」
仄香の面食らう命令で、部室にピリリと鋭い戦慄が走る。微笑みが引きつりつつストップをかける僕に、アヒル口で仄香はニンマリと。
「おおうっ? おーさまのめーれーがきけないのかぁー?」
「暴君だっ!」
反射的にツッコむ。だがそれよりも、我が百合ハーレムの和を乱しかねない命令とはいえ、彼女はいつものテンションで通すみたい。何を考えてるんだ仄香は……。乱したいとでもいうのか……っ。これ修羅場を避けられるのかな……?
「ほらっ! 女同士のキスなんてよゆぅーよゆぅーっ! ぽんぽんちゅっちゅっ来ちゃいなよぉ!」
「めっちゃ軽すぎじゃない……?」
まあその位のライトさは好きだけどね。恋愛関係じゃないのにイチャイチャするのはさ。百合好きがイメージする、ザ、お嬢様学校の百合って感じだ。
ちらと咲姫を見る。こちらはいつものプリンセススマイルのようで目が笑ってない。僕の言動一挙一動を見逃さないつもりだ。……疑いを掛けられないように慎重にせねば。
蘭子も蘭子であごに手を当て考えている様子。今はおとなしそうに見えるけど、のちのち彼女はどんな爆弾を落とすか予想がつかない。
ゆずりんは……ああ、複雑そうな顔。百合好きな彼女と、僕が好きな彼女とせめぎ合ってるのかもしれない。
……仕方がないかな。
僕は席を離れ、机を挟んだ向かいの仄香のもとへ。「へーん」と勢いよく立ち上がった仄香は仁王立ちになり僕と対峙する。
「ようやく覚悟が決まったようじゃのう」
「こういうのは慣れみたいなものかなーって」
「ほほうほう。よい心がけじゃ」
なんの長老ポジションなのかお年寄り口調で。しかし意気揚々としたその姿とは合っていない。多分、大して何にも考えていない。彼女の思い付きでの動作なのだろう。
「なら……」
そんな仁王立ちの仄香の手首を突然として取り、冷たい壁に押しやる。そして彼女へ顔を近付けて、
「キス……しちゃおっか」
なんて、余裕たっぷりに。
「お、おおうっ! ばっちこーい!」
突然のことだからかうろたえた様子の仄香だが、やがていつものハイテンション。
ところでそれを見ているギャラリーちゃん達はというと、咲姫は「むぅ~っ」と不機嫌を露わに。ゆずりんは「これは……イイ」と百合好きが勝ったらしくうっとりしている。その気持ちは分かるから構わないけど、もう少し彼女の嫉妬心も揺さぶってみたいところ。
そんな中、僕は小首を傾げたりして仄香を見つめていて。口を半開きに無理に笑い黙っている彼女。
「どうしたの? 顔が赤くなってるけど」
「そそそ、そんなことないしっ? 来るならこいやぁー!」
おお、いつものセクハラ娘にしては珍しいなと。なんだかその姿が愛おしくて、いっそう僕は、余裕満々の態度を取りたくなってしまう。
「ほら、目を閉じて?」
「う、うっしゃー! ぶっちゅーって来てええぞー?」
なんてまだまだ強がりる姿もまた微笑ましい。だが、そんな力んでいたら唇が固くてキスが出来ないんじゃないかと思ったり。
そうして彼女はまぶたを閉じる。「いやぁ……」とか咲姫が言っているのはお構いなしだ。僕は仄香に……。
「特別だよ?」
と言いながら少し背伸びして、
「うぇっ?」
彼女の額に唇を落とした。
戸惑う仄香。今にも止めそうな勢いでじわじわにじり寄っていた咲姫から、一安心の溜め息が漏れる。蘭子も先ほどまでの緊張が削がれたのか、こわばっていた肩の力を抜いていた。
「う、うひひっ。これはこれでありかもしんねぇ……」
なんて、平常を取り戻した仄香が言う。しかし、僕の耳元に口を近付けたかと思えば、
「でも次の時はあたしの番だから」
と告げられ。「えっ?」と振り向いてる間にも仄香は自分の席へ。
「いっやぁー。流石は咲姫ちゃそが王子って言ってるだけはあるなぁー。思ったより中々ええぞよー。顔が良いからかねぇー」
「や~んずるぅ~いっ! 百合ちゃんわたしにもやってよぉ~っ!」
「だめですぅー。おーさま特権ですぅー。羨ましかったら、おーさまになってみろですぅー」
「うぅぅ……っ、ほのちゃん覚えてなさいよぉ~?」
そういった風に、仄香は咲姫を煽る。二人ともいつもの明るい体を取り持ってくれるから、僕はなんだったんだろうと思いつつ。ともかく、この場で修羅場は起きなかったことに安堵する。
「っていうか、割り箸を一斉に引いたら色見えちゃうかもだし、一人ずつ隠しながら引いた方がいいんじゃないの?」
僕は席へ着いてゲームの話に戻す。
「おおうっ!? 抜かったぜ!」
「そりゃあ最初から誰が何を引いたか丸わかりだからな……いや、それはそれで面白そうじゃないか」
「駄目だよ……命令する相手を選べるじゃん……」
それはもうゲームじゃないし、修羅場になりそうでもあるし、余計に怖いよ? みんな僕狙うじゃん。いやウェルカムではあるけれど。
※ ※
最初からクライマックスなネタが出てしまったせいか、普通の命令になんてならず。しかし、最初がピークなぶん制限にもなったのか、口説くだのどこにキスだの太もも揉むだの、比較的ライトな内容が続いた王様ゲーム。色はランダムで宣言されるのになんの因果なのか、セクハラされる対象はいつも僕だというのは百合神様のイタズラと思いたい。
一方で咲姫はずっと僕に口説いて欲しかったみたいだけど、運の女神は今に至るまで彼女に微笑んでくれることはなかった様子。笑ったまま目が見開いていて怖いよ?
「もうすぐ下校時刻だし、次が最後だね」
「ぐぬぬ……まあ楽しかったから仕方ないっかー」
「百合百合……スバラシカッタ……」
僕が言うと、仄香が残念そうに言う。なんて、ゆずりんは見る側としても楽しみ切ったようだ。レズッ気のある百合好きとか得しか無いなぁ。素晴らしいよ?
「最後こそはわたしが……うふふ」
やっぱり咲姫ちゃんは怖い。
仄香が握り差し出した割り箸を一人ずつ、手元を隠しながら引いてゆく。ラストゲームだからか、妙な静けさが走り抜ける。
赤……じゃないなぁ。
僕自身が王様になったのは一回しかなく、その命令も咲姫と蘭子が十秒抱き合うという結果にして終わった。やはり嫌がる素振りはなかったし、何より、二人とも超絶美人だから良く映えていた。なかなか良い物を見られたと譲羽と見合ってサムズアップしたり。彼女も百合好きレズで良かった。
そうして皆が引き終わったあと、蘭子が考えるように少し伏せていた顔を上げる。
「私が王様だな……。では……」
そこで一度止める。考える風では無いから、より雰囲気を出すためなのだろう。クールながらも彼女なりの配慮だ。
やがて蘭子はフッと笑い、
「オレンジの人が紫の人とポッキィゲームをするという事で」
なんて。
「えっ!?」
「ほう、百合葉は確定か」
つい声を上げてしまった……っ。手元にはオレンジマーカーで先の塗られた割り箸が。
うーん、なんて提案を……。それは、棒状のチョコレート菓子『ポッキィ』の端を両者がくわえて最後まで食べきれるかという、チキンレースまがいの恋愛ゲーム。最後まで食べると言うことはつまり唇が重なるということ。場所を代えようのあるキスと違ってポッキィじゃあ誤魔化せないじゃないか。近くまで行ってギリギリのところをさりげなく折ってしまうか……。
そもそも、蘭子は僕とだってポッキィゲームが出来た可能性もあるのだから、せめて自分を選べばいいのにと思うが……。
いや違う。ちらと見た蘭子の目は知略に燃える狩人の目。そうだ。蘭子自身を"二人"のうちに入れたら、僕が選ばれるぐんと可能性が低くなる。まさか、僕の動向が試されている……?
などと彼女の思惑を探っていれば「さらに」と続ける蘭子。
「先に折ったり離したりしてしまい、負けた人は好きな人の名前を言う……という追加ルールだ」
「そりゃマズいって! 後からなんてズルいって!」
「ほう、私達に聞かれたらマズい人を好いているのか……」
「そ、そんな事は……っ」
しかも追加で地雷を踏んでしまった……!
「うっひょー! 好きな人居ます宣言じゃん今のッ! 」
「だからそんな事は……」
『無い』――だなんて言えない。好きな人は目の前に居る乙女、四人ともなのである。居ないと答えたならば、彼女たち皆が傷つくのは必然……。とんでもない地雷を踏んでしまったようだ。
「紫の人は……?」
咲姫がゆっくりと手を挙げる。それは戸惑いつつも嬉しそうに。だが、僕とて折れるわけには……。
「咲姫……。いいんだよ、断わっても。こんなのゲームなんだし、罰ゲームとか恥ずかしかったら----」
「は、恥ずかしくなんかないっ! やるわよぉ!」
可愛い両拳を握って、彼女はやる気をアピール。まあそれもそうだよなぁ。やっと僕が咲姫の相手として捕まったのだ。血走っていた目も今は喜び混じってギラギラとしている。やっぱり怖いよ? 可愛いけど。
仄香があらかじめ用意していたポッキィの、余った分をポリポリ食べながら、僕らの様子を逃すまいと凝視する。
机を挟んで――というのは失敗だったかもしれない。皆が息を潜め見守る中、ゲームを始めた僕ら。距離が短くなるにつれ、お互いが安定をはかるために机の上に寄りかかって、ついには座り向き合ってしまう。咲姫も本気なのか、意外と折れないものだ。
カリッと一口ずつ……。味わえる余裕なんか無しに進めていく。一度大きく息を吐いて近付く咲姫の顔から目を背ければ、譲羽もリスみたいにカリカリカリっとポッキィを食べていた。その可愛らしさと真剣な表情が不釣り合いで、口元が笑いに歪んでしまうのを必死に抑える。今、口元に力が掛かってはいけない。
そうして距離はついに、歯の隙間から悩ましげに漏れる彼女の吐息がかかるほど、あと少しの距離。そんなところで、咲姫はかじるのをやめ目を閉じてしまった。
こ、これは……?
僕から進めって言うこと……!?
いや、それは仕方がない……っ。彼女が姫で僕が王子なのならば、それは王子からキスしてしかるべきだ。
ゴクリと喉を鳴らし見守られる中、僕は最後の一くわえを……。
そうしようとしたとき、
ガツンと。
体が揺れて衝撃が。
「あっ」
「やぁん……っ」
そのせいで、短くくわえていたポッキィを、お互いが落としてしまった。僕たちは残り一センチの距離で向かい合ったままで。
「すまない。脚を組み直したら机にぶつけてしまった」
軽々しく謝罪する蘭子。クールな顔を取り繕った彼女を見ても、はたしてそれが妨害工作だったのかどうかは分からないけれど、僕は彼女にほっと感謝していた。
あのままいっていれば、公然キスが確定していたから……。
そこまでいくと修羅場になりかねない。キスするどうかは、それぞれの美少女たちと二人きりの時じゃないと、特別感を味わってもらえないのだから。ハーレムが完成してもいないのにみんなの前でする事は避けるべきなんだ。
安堵に緊張の糸が切れて、溜め息だのちょっとした感想だの繋げ合う。ともかく今日も、百合百合な日を過ごせたわけだ。ハラハラながら楽しいのが本音である。
だけど、やはり咲姫だけは楽しくなさげに蘭子を見て。蘭子はわざと避けるように仄香と喋っている。咲姫と蘭子の冷戦は一層激しさを増すかもしれない。




