第03話「白に映えるグリーン」
僕が投げると、くるりとボードに触れて回るボール。そのままぐるぐるゴール縁に沿って回り、やがてボールはネットに吸い込まれて……。
「よぉっし!」
「おおう! ナイスやっるぅーッ!」
ガッツポーズの僕にギャラリーの歓声。その中でもひときわ目立つ仄香の賞賛。やがて、もう時間が無いと諦めムードの敵チームがスローインする前に、ホイッスルの音が響き渡った。
体育の授業は後半戦。クラス対抗で五人のチームを作ってバスケの試合だった。
遊び程度ならバスケをいくらかやっていた僕だったので、別に不慣れという訳でもなく。タイムアップぎりぎりでレイアップシュートをし、バックボードにボールを回転させながら当てたところ、無事に得点を決められたものだから、僕は一躍ヒーローとなってしまった。クールを取り繕いたいものだけど、どうしても照れちゃうなぁ……。
「おいおいゆりはすよー。かっこよかったぞー? 惚れちゃったかもしんないわー。今ならあたしの横を空けておこうかなー?」
「百合葉チャン、結構イケてるよな。良ければオレの彼女になってもいいんダゼ?」
「あっ?」
「んっ?」
「いや、どっちのにもならないからね?」
「ちぇー。つれないねぇー」
「寂しくなったらすぐ呼んでネ? こんなガサツなのはほっといて」
「あっ?」
「んっ?」
なんて、喧嘩しながら仲良く僕を口説いてくるのは、クラスメイトの茜さんと葵くんだ。赤髪オールバックで短いポニテの姉御系と、前髪を一部青く染めてうなじから細い三つ編みを垂らすV系みたいな出で立ちの二人。そんなかっこいい見た目で色んな女の子を口説き回ってるから他クラスでも有名だったり。女ったらしという点もその知名度上げを手伝っているよう。毎日女の子を口説いている姿ばかり見かけるし。
つまり半端者の僕にとっては目指すべきイケメン女子の先輩なのだ。しかもガチレズのバリタチだと言うウワサ。僕は逆立ちしてもこの人たちを口説き落とすことは出来ないと思う。返り討ちに合うに違いない。
と、そんな軽ーい告白をしてくる二人だったがふと黙り、そろってニヤニヤし始める。
「ほぉーっ。代謝が良いんだなぁ、ゆりはす~」
「フッ。風邪引かないように、早く汗を拭いてくると良いヨ」
「あ、そうだね」
言われて首に掛けていたタオルで汗を拭く。今にもあごから垂れそうだったし、もしかしたら臭うかもしれない。今日はもう激しく動くことは無いのだから、今から更衣室でスプレーでも使おうかな。
次の試合に出る茜さんと葵くんはコートに向かう。それを背に僕は、先に体育館の脇へと戻っていたマイ美少女たちの元へ。彼女たちも僕と同じチームだったので、水分補給や汗拭きなどと各々休んでいる。
「ゆーちゃんおっかえ……りぃ……?」
真っ先に声を掛けてくれた仄香だったが、声は尻すぼみに。次第に表情が緩む。
「うっへっへー。見ものですなぁー」
「白に映えるグリーンか……よいな……」
「すごい汗かいちゃったもんねぇ……」
「スポブラ……」
ニヤける仄香&蘭子と、携帯で写真を撮り出す咲姫に疑問に思うも、譲羽の一言で気付いてしまった。胸元を見れば汗がベッタリ。白いシャツの奥で緑色が鮮やかに映えて……っ?
「あ、見んなばかぁ……!」
僕が仄香と蘭子のダブルではたこうとすると、仄香は「へーん」とよけ、蘭子は無言のまま僕の腕をを掴む。そしてそのまま僕を抱き寄せる形に。
「んっ……? 女同士でどうして恥ずかしがる必要があるんだ? 疑問だな……」
蘭子は顔を近付け僕の体を抑えたまま。訊いて欲しくない質問を。
「は、恥ずかしいものは恥ずかしいでしょっ!? 離してよぉっ!」
強めに払えば、それを先読みしていたのか、髪を払いながら華麗によける蘭子。ともかく自由を手にした僕は、胸を隠して体を後ろへ向ける。
「もうっ。僕、更衣室行ってくるよっ」
そう言って、彼女らから離れようとしたそのとき。
「百合葉」
打って変わって、真面目なトーンの蘭子。
「な、なに」
「私に抱かれろ」
「へっ?」
そう言った蘭子は、僕が戸惑うのもお構いなしにお姫さま抱っこ……をっ!?
「先生。藤咲が調子悪いみたいなので、私が保健室に連れて行きます」
「あ、ああ。構わねえぞ」
戸惑いつつ首を縦に振る体育教諭。恥ずかしさと混乱で僕は日本語にならない言葉ばかりわめいて、蘭子にぶつけてしまう。
「いいから今は黙っていろ」
※ ※ ※
「君、尻に血が滲んでいるぞ……。ちゃんと危ない日は付けておかないと駄目じゃないか」
なんだって……っ。予定だとまだ来週なのに……。
「で、でも。自分で歩けるって!」
「見えにくくてもハーフパンツに染みてきてるから、周りに感付かれるかもしれないぞ? 君が周囲に恥を晒しているのは見ていても居たたまれないし、何より君の恥じらう顔は他の人に見せたくない」
「そ、それはそうかもだけど……。蘭子重くないの……っ?」
「……大丈夫だ、私は鍛えている。今は私の事よりも自分を心配しろ」
誤魔化す様に笑う彼女。僕が言って、誰も居ない廊下を鳴らす音は一定に。歩みはより優雅になった。だが、そうわざわざ取り繕わないといけない程に、人間一人を抱えるのは相当の負担だろう。そういう、彼女に迷惑を掛けたくない……のもあるし……。
「だからって、お姫様抱っこだなんて……」
「この方が君の顔を見られるからな。後ろに背負うのじゃあ喋りにくいし。本心では嬉しかったりするんじゃないか?」
「べ、別にッ……そんなことないし!?」
「ほーお」
「何さ」
「別に」
「…………」
頬が熱くなったのを隠したくて、僕は黙ってそっぽを向く。それのせいか、蘭子は満足そうに「ふふっ」と鼻を鳴らす。
だが、その返せない自分がなんだか悔しく思えたり。なんで急にこんな積極的に……しかもサマになってるからタチが悪い。
「……セクハラしたりしないでね」
そんな軽口をたたいてみる。
「馬鹿を言うな。こんな状況でセクハラなんかしたら君に嫌われるだろう」
「セクハラは嫌だけど、そんな事で嫌いになったりしないよ」
「ほほう、それは嬉しい事を言ってくれるな。保健室に着いたらベッドに押し倒しても良いか?」
「や、やめてね……?」
自分から流れを作ったのに、結局僕が返り討ちにあって苦笑い。"本気"の彼女は完全にセクハラキャラになってしまったのだろうか。それとも、元々そういう素質を持っていた?
「ふっ。ようやく平常を取り戻した様だな。軽口を叩いたお陰で、いつもの微笑が浮かんできた。君にはその顔が一番似合っている」
「そ、そう……。ありがとう」
そうだ。僕の心からは、いつの間にか恥ずかしさや焦りなどは消えていた。セクハラされつつも、これが一番彼女と楽しく話せるのかもしれない。ただ、その内にも、僕を抱き抱える男前な彼女のお陰で、心臓は早鐘を鳴らしっぱなしだけれど。
僕も彼女も黙ってしまって。自分の鼓動の音が余計にうるさく聞こえる。でも、その感覚がどうにも心地良くて。ふと目を閉じてその温かさを感じていたら、いつの間にか保健室の前に着いてしまった。
ゆっくり降ろされる僕。何も言えないまま、彼女を見つめてしまう。
もう少しだけ味わっていたかったかな……。
そんな気の緩んだ僕だったからか、蘭子は気まずそうに目をそらす。
「じゃあ私は君の着替えを持ってくるから、その間に、保健の先生に話しておくんだぞ?」
うんと頷く。僕の中では未だに心臓が甘く揺れていて、どうも言葉が上手く出せないでいた。
「ああ、それとも。私に脱がせて欲しいか?」
「ふふっ、遠慮しておきます」
だが、そんな彼女のレズジョークに、つい満更でもないように笑ってしまった。だからこそやれやれと返せたのもある。
クールでお堅いだけの彼女より……こんな彼女も、悪くないかもなぁ。
※ ※ ※
「失礼しました」
授業終了のチャイムが鳴って。僕は保健室を後にした。
先ほど着替えを持ってきた蘭子は、まだ汗でしっとりと濡れていた僕をまじまじと見つめていたが、先生の前では恥ずかしかったのか、そそくさと帰ってしまった。可愛いものである。
ちゃんと拭ききったとは言え、汗かいたあとの廊下は少し冷えるかなと思いながら教室へ向かっていると、何やら後ろから駆け足の音。
「百合ちゃん! もうっ! いきなりで心配したんだからぁ!!!」
「ああ、ごめんごめん」
振り向けば銀色を振り乱しながら僕に飛び込んでくる咲姫。優しく受け止める。
「蘭ちゃんも『具合が悪いみたいだ』としか言ってくれないしぃ……。もうどうしちゃったのかと思ったじゃないのぉ~!!!」
「ふふっ、心配してくれてありがとう」
「もう! もぉ~うっ!!!」
そんな至近距離でポカポカと甘く叩かれて、僕はつい頬を緩めてしまう。とても病人への気遣いとは思えないんだけどね。
ところで蘭子の名前を出したときだけ真顔になったのは見過ごせなかった。完全に敵意を隠さなくなったのかな? 怖い子である。
「それよりもっ! 百合ちゃん、明日からは下にシャツとかキャミソールちゃんと着てきてねっ?」
二人で教室へと歩き出し始めて、突然の話の切り出しであった。汗の件だろう。つまりは血が滲んでいたことはバレていないみたいでホッと安心。
「ええ? でも暑いんだよなぁ」
「だって汗かいたら透けちゃうじゃないっ。普段も体育の時も……着けて欲しいな……って」
「うーん。流石に体育の時まではつらいかなぁ。まあ恥ずかしいけど、暑いのもいやだなぁ。別によくない? ここ女子校だし」
「それでもッ! 百合ちゃんの下着……誰にも見てほしくない……っ!」
「どうせコソコソ着替えても見られちゃうんだし、そこまで気にする必要なんて――――」
「それとこれとは話が別なのぉっ!」
僕の言葉に食い気味で咲姫が声を荒げる。次の句は無く、その場で立ち尽くす彼女と僕。珍しくきつめに放たれた声に、僕も驚いて動けなくなってしまった。
でも、落ち着いて。考えろ。この執着はきっと蘭子が原因だ……。つまり、彼女もまた独占欲を強くせざるを得ないということ。先ほどの蘭子のお姫さま抱っこのせいだろうか。
まあ反論してしまったけれど、彼女の意見も一理ある。僕だって、同性相手でも下着が見えるのは嫌なのだ。ただ、登下校時や体育の前後は暑くて汗をかきやすいから、中には着たく無いというだけで……。
まあ、いくらカーディガンで外面を誤魔化そうとも、素肌にブラウスは生地が傷みやすいしね……。この場合は僕が非常識なのかな。
「んー、考えとくね。そのとき次第でもあるし」
「絶対よ? ゼッタイ」
その言葉には僕は返事をせずに「行こっか」なんて。本当は着てきても良いかって思い始めたのだけれど、明日も着てこないで怒られたなら、それはそれで可愛いものだなぁ――と、甘い考えしか浮かばなかった。




