第02話「ローズオブジェラシー」
僕はその昔、女子同士、友達同士、笑いあってれば、それは仲がいいのだと思っていた。実際、男子同士は笑い合いながらふざけあっていて、本当に仲が良さそうに見えたから。もしハブる時にはしっかりと態度も変える。そういう分かりやすさが友達同士なのだと。
しかし、知っての通り女子同士というのは、表面上だけではその友情の深さ、仲の良い悪いなど計り知れないのだ。めんどくさいものである。
まだ可愛らしい方ではあるものの、その縮図が咲姫と蘭子に現れ始めたような気がした。向かい合わせる顔は笑っているのに、お互いが同じ仲良しグループには所属しているのに、さり気なく相手を貶して……いや思いっきり嫌味にしか聞こえなかったね……。分かりやすくて結構。
「だけど……。だけどね?」
「どうしたのぉ? 百合ちゃん」
僕がつい独り言を呟くも、横に座る咲姫がご丁寧に問いてくれる。その表情はいつものお姫さまスマイルで、それを見た僕の心は蝶が羽ばたいたように、ふわりとくすぐったくなる。
「こ、これは流石に恥ずかしいかなぁ」
「えっ? 王子さまの横に座るのはお姫さまって決まってるでしょっ?」
「確かにそれはあるかもしれないけど……」
キュルンッと可愛らしいアクションまで付けてくれる彼女の言葉に否定はしない。なぜなら可愛いから。お遊びな設定とはいえ、咲姫の頭の中では僕が王子で彼女がお姫さまなのだ。僕の中でもその通り。いや、それが良い。
「それならいいじゃなぁ~い」
「そうじゃなくてね……っ」
「何がおかしいのぉ?」
そんな惚ける仕草にもウットリしてしまいそうなのだが、今はそれどころじゃない……っ。
「真横だよ! ま、よ、こっ! 同じ椅子に二人はおかしいよねぇ!?」
「えっ、ひよこ? ふわっふわで可愛いよねぇ~」
「ちがぁ~うっ!」
流石にこれはワザと惚けたみたいで首を傾げる事なく咲姫は微笑む。
「あなたのとなりは……わ、た、しっ。将来を約束しあった仲じゃなぁ~いっ」
「それは記憶にないよっ!?」
妄想の飛躍しすぎである。"王子"だの"姫"だの現実味が無いせいか、まだ行き過ぎた冗談――ということで誤魔化せると思うけれど……。現に、『微笑みの甘き王子』だの『白銀のプリンセス』だの噂にはなってるしね……。嬉しいといえば嬉しい事である。
でも、その何が問題って、咲姫が見せ付けるようにベタベタしてくるのだ。昨日の今日。決定的に亀裂が走った恋敵、蘭子への宣戦布告である。
僕ら二人の世界を訝しげに見つめる蘭子の視線が痛い。また、それに対して「ふふん」と得意気な咲姫ちゃんも、こういう性格は敵を増やしそうで怖いなぁ。ハーレム作りのの天敵だ。
ちなみに、今は放課後でも昼休みでもない。普通の授業合間の休み時間。そんな中なら目立つやかましい僕らを、たまーにクラスメイトにチラチラ見られる程度で、その表情は"微笑ましい"という余裕っぷりであった。みんな百合耐性強すぎじゃない? お嬢様学校だからなの?
「王子だか姫だか知らないが、百合葉を縛るのはやめないか? 邪魔になってるだろう」
しばし、「くっ」だの「はぁ」だの、溜め息ばかり漏らしていただった蘭子が口を挟む。なんだかクールだった筈のこの子も、『本気』とやらで一気にイメージがだだ崩れだ……。もっとクールビューティー美少女であって欲しい。
「や~ねぇ~。ただのおふざけじゃないの。"ただ"の」
「君のわがままに無理やり付き合せているだけじゃないか」
「んん~。でもお互い楽しいわよぉ? そもそも百合ちゃんが"王子さま"やってくれるって言ったことだしぃ~? ねぇ~」
「あ、うん」
「百合葉が……自分で?」
「そうっ。百合ちゃんから言ってくれたのぉ~」
「そうか……」
僕の腕に抱きつく咲姫に、物言いたげな顔のまま俯く蘭子。その姿には少し悔しさが滲み出ているように見える。クールに見える彼女だけれど、羨ましいとかあるのだろうか。
そんな様子なものだから、ずっと話に参戦出来なかった仄香は何かを察したようで「トイレに行こっかー」と、譲羽を連れて行ってしまった。幸か不幸かわからないけど。仄香もこの関係に茶々を入れにくいみたいだ。
しかし、それが引き金になったのか、咲姫の笑みが挑発的に歪んだ。
「まぁ、そんな感じだからぁ? わたしたちが仲睦まじいのが羨ましいからって邪魔しないでもらいたいなぁ~? 氷の女王さま?」
「氷……?」
「そうじゃなぁ~い? 自分でもクールって言ってるしぃ。あんまり感情が表に出ないしぃ? お似合いよぉ?」
「……そうだな。今までは確かにそうだったが……」
そこで一度息を吸い、蘭子は咲姫をじっと見つめ直す。
「これからは、そんな事はない。積極的に行くからな」
「あら、そう。楽しみにしてるわねぇ」
「ふんっ」
そう不機嫌に鼻を鳴らすと、立ち上がりドアの方へ。
「あっ、咲姫……ごめんね」
「えっ? やぁ~ん!」
ここは残るよりも追い掛けるべきかなと思った僕は、もっと甘えたくて嫌がる咲姫をやんわりどかし、蘭子のあとにつく。「どこ行くのっ」と訊ねる僕に「ちょっと……」と誤魔化し切れなく濁した彼女は、やはり心根は正直者みたいだ。
「ふ~ん……。横やりのくせに……せいぜい慰めてもらえばいいのよ……」
その背後咲姫が小声で怖いことを言っていたのは、気のせいにしておきたい。
※ ※ ※
「百合葉は"アレ"でいいのか? 行き過ぎててちょっと迷惑そうに見えるぞ」
「そんなことないよ。何より咲姫が楽しんでくれるなら、僕はそれで満足さ」
「そうか」
僕の返答は分かり切っていたようで、素っ気なく返す。だがその面持ちは少し残念そうだ。
僕らは隣の空き教室の中に居た。入り口前で壁に寄りかかるだけなのだけれども、二人きりになりたいときはどうしてかここが選ばれやすいみたい。
「咲姫と……その。擬似カップルはいつ、解消するんだ?」
「王子王女のやつ? うーん。咲姫がずっと乗り気なら……演技の関係でもやめないと思うよ?」
「それじゃあ永遠と変わりないじゃないか……」
眉をひそめる。まだクールそうな顔ではあるけれど、流石に不満が表情に現れていて。それを見て僕は、本音を引き出せているのかなと、内心ほくそ笑む。
「蘭子はそんなに僕らの関係を気にするの?」
おっと、これは訊いてはいけない質問だったかも。だが、まだ告白の流れじゃない。直感ではあるけれどまだ煽り立てられそうなのに。
「あ、ああ。なんとも、説明出来ない……。仲良くしたいのに、仲が良い二人の間に入りたいとも、思うのに……。理屈じゃあ……まとめきれない」
自分の中で感情が渦巻いている表れなのか。彼女はまつげを伏せたまま、途切れ途切れの言葉を落とす。
「ただ……」
小さく放った言葉が薄暗い教室で反響する。深くため息をついて、何度か逡巡してから彼女は、
「私が嫌なんだ」
その心深くの本音を出してくれた。
僕を真摯に見つめたその表情。これは本気度がかなり上がっているなと確信する。良い調子だ。嫉妬心が無ければ愛が深まらない。もっと僕を欲すればいい。
そんな彼女に僕は「でも……」と続け、
「僕が誰と王子王女様ごっこに付き合っていようと、蘭子には関係ないでしょ?」
わざと煽るように、冷たく実情を突きつける。
そう、実際には僕の人間関係に口出しなど出来ない――それをわかった上で彼女は僕に気持ちを伝えたのに、僕は否定したのだ。
その言葉を聞いて、静かにわなつく彼女。
「……関係無い?」
怒りと悲しみを込めた瞳。いつも落ち着き気高いはずの薔薇の君は、嫉妬の冷たい炎を宿して僕を見つめる。
「関係が……無いだと?」
「そうだよ。蘭子に何か迷惑がかかるなら別だけどね」
僕がそう言うと、彼女ら一度目を見開いて。
「そうか……そう、だよな」
その凍える刃を仕舞ったかのように、彼女はいつものクールフェイスに。だが、心の中では複雑な感情が煮えたぎっていることだろう。
多少言葉がキツくても、このくらいでへこたれる彼女では無い。だが、少なくとも友だちよりも僕を取りたい深意も見え隠れしている。このペースで彼女の気持ちに揺さぶりをかけていこう。
咲姫も蘭子も頭がいい。みんなで仲良くしたい僕の前で、わざわざキャットファイトなんていう本気の修羅場は起こさないだろう。それは僕が望まないことを薄々感づいているはず。表面上は冷戦でも良いから、内戦で僕への好意を燃え上がらせて欲しい。
「さっ、戻ろっか」
「ああ」
差し出した手。握り返す彼女。
その手にこもった力は、震えているのに少し痛かった。




