第82話「悪酔いプリンセス」
「百合ちゃんなにしてるのぉ~?」
そのように、自分の百合ハーレム計画の方針に疑念を抱き始めたころ、すっかり忘れていた咲姫が戻って来た。い、いや……忘れてなんかないよ? ただ、他の美少女たちの様子が変でね? ちょっと咲姫にまで気が回らなくてね?
そんな彼女は頬は朱に染まっており、どこかフワフワ歩く姿は酔っているように見える……。んんん? ウイスキーボンボン如きで全員が酔っぱらった……? そりゃあ慣れていないにしろ、これほど効果抜群なのにはビックリする。
咲姫はわざとらしくゆっくりと、カツカツと靴を鳴らしながら近付く。立ち上がり見やる蘭子と二人に揉みくちゃにされたままの僕。顔を上げるも、視線が噛み合わない咲姫の瞳は、トロンとしているのに、どこか危なげな闇が感じられる。
「わたしというお姫さまがありながら、他の女の子と浮気だなんて、イケない王子さまねぇ~」
柔らかい口調の裏でチクチクという視線を送りつける咲姫。
「さ、咲姫も来る? 僕はウェルカムだよ?」
「へぇ~。浮気しているのに、随分強気なのねぇ」
その怖さに少し怯みつつも、僕は引っ付く二人を手で指しながら言えば、余計ににこやかに。でも目が笑ってない。
「浮気とかじゃなくてっ。く、来るもの拒まずなだけだよ! ほらっ! みんなでくっつくのも楽しいよ!? 僕ら仲良いから! ねっ?」
「おういえーウチらまぢ仲良しだっしぃー!!!」
「生まれは一緒でも、死ぬときは違うと誓い合った仲……」
「それ違うよね? 死ぬときは共にってことだよねっ?」
この二人は二人で頭が働いていないようだ。
「咲姫、君もどうだ? 今なら正面が空いているが」
と、蘭子も珍しくノリノリである。
だが、そう言った矢先……。
「ダメ……っ。ココはアタシの席……」
なんて、右手に引っ付いていた譲羽が正面に周り混んで、僕の膝の上にちょこんと座る。
「あらユズちゃん。わたしの場所は~?」
「ここはアタシの特等席にナッタ……」
「いつになったら順番回ってくるのかなぁ~?」
「……イチネンゴッ」
「長っ……!」
「善処して、一分くらい譲ってあげても……イイ」
「しかもケチだ!」
意外と心の狭いゆずりん。どうやら僕は彼女の中で専用の椅子化しているようだ。
「うふふふふ~、けちんぼさんねぇ~」
だが咲姫も負けじと、「うぇぇ?」という譲羽の手を取って立ち上がらせると、壁に押し付ける。
「そんな心の狭いユズちゃんには、オシオキが必要ねぇ~」
「ん……、え……っ?」
※ ※ ※
「あぁああぁああ……。こんな辱めを受けるだナンテ……不覚……」
ガクッと机に突っ伏しグッタリする譲羽。ゆずりん成分を摂取したせいか、咲姫はやたらとツヤツヤしている。これが『オシオキ』だったのだろうか。僕には百合百合……をちょっぴりオーバーしたレズレズにしか見えなかったけれど。
「次は仄香ちゃんかしらぁ~?」
僕の後ろから抱きついたまま、胸をムニムニしていた仄香であったが、姫様の次の標的としてロックオンされたみたい。手を止めてお互い無言の牽制をしあう。
だけど……。
「んー。あたしとしても負けない自信はあるんだけど、ちょち分がわりぃなー。ここはさっきーに譲るぜ……」
両手ヒラヒラと無害をアピールすれば、すんなりと僕から離れる仄香。酔っていても相手が強敵であるという本能は働いているみたい。虚ろな目をした譲羽の横に座って、彼女を優しく抱き寄せる。
「ふ~ん? ありがとねぇ~」
「いいって事よぉー。ほらぁーゆずりん。元気出してー」
そんなあっけなく身を引いた仄香に疑問を抱いたのかジッと見つめるも、だらけた譲羽でムニムニ遊びだしたため、敵でない――と、咲姫は僕へとロックオン。標的にされ引きつった笑顔を向ける事しか出来ない……。
ちなみに、いつの間にやら離れていた蘭子は、向かいの席から撮影係に専念している。この子はそれほど百合百合タイムに参加する気は無かったのか。少し寂しさも覚えるけれど。
「さぁてっ、百合ちゃん~? 説明してもらおうかしらぁ?」
「いや、これは、みんな酔っちゃったみたいでね?」
「わたしのいないうちに酔った子たちとイチャイチャ……? これは有罪よねぇ? いけない子にはぁ~、おしおきだぞぉ~」
と、譲羽にしたのと同じように両手をワキワキと。くっ……。よく分からないけどレズ的に強そうだ……! あの魔の手に堕ちるワケにはいかない……っ。
「なんでぇ、浮気したのぉ~?」
「う、浮気も何も、三人が勝手にして来たことで……」
「そうなんだぁ~。相手から来たら、なされるがままになっちゃうのねぇ~」
「そ、それは無理して拒んだら傷つけちゃうからね?」
「そうだよねぇ~。でもぉ~? そんなデレデレしっぱなしの顔を見ちゃあ信用ならないなぁ~。何か、わたしが一番大切っていう証拠が欲しいかもぉ~」
そんなにデレデレしているのかなっ……。頬を触るも、いつも通りの張り付いた笑顔のままのはず。それでも、百合百合楽しむ僕の本心が見透かされているのだろうか。
その間にも、ぐいと近付く咲姫。椅子のまま後ずさる僕。警戒されていることに気付いたのか、次はゆっくりと近付いて僕の耳元に口を近づけ、
「誓いのキス……欲しいかもぉ……」
そっと囁く。
「そ、そういうのは結婚してからの話じゃない……?」
「でも、わたしが一番大切だって言う証拠でしょお?」
彼女はわざとらしく唇に人差し指を当てて、考えるように。
「ねっ?」
「いや、駄目でしょーっ!」
「ダメなのぉ? それなら先に初夜を迎えちゃいましょうかぁ~っ。優しくしてあげるからねぇ?」
「ちょ待って!? 僕が受けなの!?」
戸惑う僕の胸に、さっそく手を伸ばす彼女。身をよじってそれを避ける。
「いいじゃないのぉ、減るものじゃないしぃ~」
「減る――ッ!」
そう。肉体的な接触は、胸だろうが尻だろうが、色々と減りそうで怖いんだ。物理的にはなんにも減らないにしろ。
何より、酔いの勢いだとしても、こんな本気で迫られてキスを受け入れれば、他の子達との関係にヒビが入りかねない。友情スキンシップの延長線上としてかわし切れれば良いのだけれど……。
と油断していれば、またも忍び寄っている魔の手。避けたと思っていれば、手早いものでカーディガンのボタンは全て外されていた。ついに、両手でぐいっと胸を揉まれそうになって、椅子から逃げた僕の両肩をしっかりと掴み、壁に押し付けられそうになる。
「くっ……」
「待ちなさぁ~いっ?」
すんでのところで振り払い、キスを迫ってくる咲姫と距離を開け、机を囲って逃げ回る。だが、椅子だのほのゆずだのの障害物に阻まれ、たなびくカーディガンの袖が掴まれる。
「うわっ!」
「覚悟しなさいねぇ?」
振り向いた僕。後ろは壁。ついに追い詰められるというところ。……だが。
「させないっ」
「うわっ!」
腕を引かれて放り出される。何が起こったのかと見れば、僕の代わりに蘭子が咲姫の目の前に。
「あ、だめぇっ!」
彼女と彼女の距離は僅か数センチ。そんな寸前のところで、蘭子は咲姫の唇を塞いで……。
なんてことはない。直前で咲姫が蘭子の口元を手で塞ぎ、触れ合わないようにガードしていたのだ。
その、ギリギリを逃れた咲姫の瞳には拒絶。絶対に渡さないとでも言わんばかりの強い意志が見られた。
落ち着いて距離を置く二人。目を細め睨み合って、蘭子が先に口を開く。
「私だって寸止めのつもりだったが……。私のことが好きかのように、あんなにもアピールしておきながら……キスは嫌がるんだな……。なるほどな」
より離れる両者だが、蘭子の言葉にプリンセススマイルのまま、ギリッと歯をこすらせた咲姫。
「これで落ち着いただろう……。頬に化粧までして……。酔っていないんだから冗談は程々にするべきだ」
ひと目もやらず椅子に座る蘭子を、興味なさげに見やりながら咲姫はフッと嘆息する。
「蘭ちゃんだって酔って無いんでしょ? 百合ちゃんで弄びたかったんだからぁ、もうちょっと遊ばせてくれてもねぇ~?」
「これだけ楽しめたのなら充分じゃないか。からかい過ぎて彼女を傷つけるわけにはいかない」
「わたしは"ものたりない"けどね?」
「ふんっ」
不機嫌にそっぽを向く蘭子。今まで妙な距離感だった態度と打って変わって、二人の間には見えない火花が散り始めたように見えた。
そうして蘭子は深く溜め息を吐くと、
「私も本気を出さなければいけないようだな……」
一人ボソッと呟く。
「えっ? なんだって?」
「いや、なんでもないさ」
彼女の本気……? 僕へのアタックなら大歓迎だけど、もし咲姫ちゃんとバチバチするなら本気で修羅場っちゃうよ? 本気で困るよ?
だが、そんな不安いっぱいな百合先――ならぬ行き先に、心ときめかせ期待してしまっている僕もいる。百合ハーレム好きの弊害だろうか。
ともかく。「うへへー」だの「やめてよぉ」だの、正気を取り戻し百合百合しあっている"ほのゆず"な二人を除いて。咲姫と蘭子には、どうやら遊ばれていたようだ。
そんな中で、カメラを操作する蘭子。
「今日は楽しかったな? 百合葉?」
向き直って確認するようにそう告げる。それは皮肉を込めた笑みを浮かべつつ……。
「しかし、今回のこと、覚えておけよ?」
そう言って、蘭子は自分の唇に指を当てそのまま指の腹を僕の唇へと繋ぐ……。突然のことでなんにも抵抗できなかった無感情の自分が情けない。その様子を見て「ふ~ん?」と咲姫は不機嫌そうにしている。
少しずつ彼女らの本心が見えてきた。僕には恋の矢印は向いている。だが、どうにもこの出来事を通して、平和な百合ハーレムが出来上がる前に亀裂を入れてしまったみたいだ……。
そんな事はそしらぬ風でイチャイチャしてるお馬鹿百合ップルなほのゆず。だけれども、その合間合間で僕らの会話に耳をそば立てている様子の仄香が気になった。




