第77話「映画は百合モノ?」
「映画かー。それもいーねー」
僕の提案に賛成の仄香。良かった。彼女がカラオケに行きたいとか駄々をこねたら、勢いに押し負けてしまいそうだったし。僕にはどうしても映画を見る理由があるのだ……。
「何か見たいものでもあるのか?」
訊ねる蘭子。特に嫌そうな素振りはない。
「そーそー。今日はレディースデイだから安いし、丁度いいかなーって」
「なになにー? B級ゾンビ映画とかー?」
「そんなのじゃなくて有名どころだけど……。ゾンビ見たいの?」
「いや? 全然っ」
「何で言ったのさ……」
いつも通りノリだけ娘であった。
そんな横で、譲羽が身を縮めギュッと両こぶしを握っている。
「エイ……ガ?」
「そうだよ、映画館。行ったことある?」
ふるふると顔を振る。そんな仕草も可愛い。
「は、初めて……だから。よろしく……お願い、シマス」
「いやそんなかしこまんなくても」
「んんんーっ? ふつつかモノですがよろしくって?」
「ふつつかモノですが……」
「なんで言い直したのユズ?」
婚前挨拶なの? ウェルカムだよ?
「どんな映画なのぉ~?」
「皆が満足出来るものならいいのだが」
「ぬー、つまんなかったら微妙だよねー」
「漫画の実写化、だったら……よくネットで悪く言われ、テル……」
顔を見合わせて各々が言う。その面持ちは拒否……というよりは映画に対する不慣れ感という印象である。
「大丈夫だよ、最近売れてるはずだし。まっ、着いてからのお楽しみってことでねっ」
そう、下調べは済んでいて、あとはタイミングを見計らっていただけなのだから。つまらなかったという最悪の事態は避けられると思う。
四人とも映画には乗り気でない思惑顔だったけれど、僕が告げる自信に咲姫と仄香と蘭子は頬が緩み顔色を明るくしていた。しかし、そんな中、まだ不安そうな譲羽。
「アクションとか、ジャナイ……? テレビでも酔っちゃうノ……」
ああ、それすごいゆずりんっぽいなー。アクションで酔っちゃうとかゆずりんっぽいわー。
「ふふっ、アクションじゃないよ。怖いことも無……」
そこで一度言葉を止める僕。思い付いたセリフを脳内で練り上げる。
「だけどもし、怖い時には手を握っててあげよっか?」
甘く囁いてキメ顔を作る。そうすれば、トマト色に頬を染めてぷいとそっぽを向く譲羽。
「そ、そう……。お願いする……カモ」
唇を結んだままの彼女。しかし、僕が「でも……」と呟くと、またこちらをチラと見る。
「どちらかと言うと、感動とかワクワクとかの方がありえるかもしれないけどね?」
「えっ……?」
言って彼女にウインク。細目の視線に熱をはらませて、微笑み彼女をとらえる。
「ユズも見たいやつだと思うから」
※ ※ ※
「意外と空いてるね」
ちょっとほの暗い映画館のホール。券売機でポチポチと選んでいく。始まる三十分前だと言うのに、五人が並べる席を見つけられるなんて、運が良かった。
そこまでタイトルを隠す必要なんて無かったけれど、せっかくだからと思い、進めるところまでパパッと決めて。近くは目が痛い~、真ん中はトイレに行きづらい~などの要望を受けながら、スクリーンから近すぎず遠すぎず、それでいて通路側の席を確保したのであった。
皆からお金を集めてお釣りを渡して支払いへ。無事に発券して皆に配る。さて、開場までの時間をどう過ごそうか。そう思索していたとき、
「へいへーい。ポップコーンが食べたいぜっ!」
仄香が子どものようにはしゃぎながら指差したのは香ばしい匂いを漂わせる売店。確かに、ポップコーンを食べながらというのは映画館の定番であるし、乙なものかもしれない。しかし……。
「わたしはいいかなぁ。油分は肌が荒れちゃうしぃ」
「食べながら見るというのは性に合わない」
「太……ルッ」
残念なことに否定的な三人であった。並べられる否定の言葉に仄香はがっくりとうなだれながら、僕に救いの目を向ける。
「うーん、手が汚れるのが嫌かなぁ」
「なんだよぅーあんたらぁっ。つれねぇーなぁー!」
なんて。彼女はぷりぷり怒りながら一人、売店に向かっていくのであった。
「悪いことしちゃったかしらぁ……」
「まあ、みんな苦手なら仕方ないよ」
後でフォローの一つでもしてあげないと。
※ ※
売店で選ぶ仄香の後ろで待つ僕ら。「飲み物は?」と訊ねれば、飲まないなり、自販機で用意するなりで不要だったようだ。咲姫ちゃんなんて持参の水筒にジャスミン茶……姫様なんでそこで素朴な女子力発揮してるの? 彼女にしたいよ?
と、それぞれの装備品を確認しているうちにも、仄香が戻ってくる。その両手には溢れんばかりの大きな器と大きなカップ。そのまま近くの席に座るみたいで僕らもそれに着いていく。
「ほ、仄香だけの分だなんだよね……?」
「当たり前じゃーん。カレー味のポップコーンとコーラ、二つともビッグなLサイズ! へぇーん。あんた達には分けないもんねー」
言いつつ座った仄香は、遠ざけるように体をよじり「おーいしーっ」と非常にわざとらしく食べ出す。カレーのスパイシーな香りが辺りに広がって、ちょっと食べたくなる気分だ……。そうして彼女はジュースも一口。
「またコーラか?」
「ほんと好きよねぇ~」
「へんっ! このクドさがたまらんのよっ!」
蘭子と咲姫に言われ、ストローで吸い上げてわざとらしくぷはぁっと美味しそうに「この一杯!」と。この子、どことなくオッサンっぽいところもあるよなぁ。オッサン美少女……お嬢様らしくは無いけれど、面白くて良いのでは?
実際問題、そんな風に美味しそうに飲まれては、僕は喉をゴクリと鳴らしてしまう。
「ほーのかっ。ポップコーンちょっとちょーだい?」
「うぇーっ。ゆーちゃんも苦手なんじゃないのぉー?」
「いま食べたらすぐに手を洗えるし。食べさせてよぉー」
なんて横に座って彼女の肩に頭をすりすり。甘えてみる。
「しっかたないなー」
なんて僕の口にひとつ。パクリとくわえさせられる。
「こんなら手ぇ汚れないっしょ」
ニカッと笑いながら。そのヒマワリみたいな笑顔には心温まるものがある。恋愛抜きにしても、この子と居ると心がポカポカするなぁ。
しかし、だからこそ煽りもてあそびたいもので、
「ひと粒じゃあ美味しいか分かんないかなぁ」
「ぐぬぬっ! そんなら連続でくれてやるわぁっ!」
と、僕の挑発にまんまと乗り、ぽんぽん粒を僕のすぼめた唇に納めこんでくれる仄香。でも小鳥の餌付けみたいでちょっと恥ずかしいな……。
などと思っていれば、やはり咲姫と蘭子が渋顔。プチ嫉妬かな? 修羅場にならないように控えめにしないとね。
それぞれが今まで見た映画の話をしたり。来たことの無い譲羽もそうだけど、咲姫、仄香、蘭子もここ数年は来ていなかったようで昔親と来て以来だと。仮にもお嬢さま学校に来るような子達だし、外で遊ぶという習慣は無いのだろうか。
そんな話をしていれば時間はあっという間で、開場案内の声が響き出す。
「さて、ありがとね仄香。お礼にあげるよ」
と、僕は包装されたウェットティッシュを彼女に差し出す。しかし、その手に目を向けることなく、彼女は器の中を覗き見ていた。
「やべぇ、もうちょびっとしか残って無いや……」
※ ※ ※
「好きだった子が妄想だったなんてねー」
「ちょっと悲しいけど、良い話だったわねぇ」
「すれ違う……オモイも……ツライ……」
「そうそれっ。おんなじ好きでも重さが違うって切ないよー」
「仄香が"切ない"だなんて、雪でも降るんじゃないか?」
「なぁにうぉうっ!? あたしの情熱は真夏並みだぞぉー! 暑くしてやるぞー!?」
「それは困るなぁ……」
というかその雰囲気はこれっぽっちも切なくないよね?
「みんな楽しめたようで何よりだよ」
「背景が良かった」とか「告白で胸が痛くなった」とか。各々が感想を延べあう。とりあえず目的は達成できたみたいだ。友情とて恋愛とて、感動の共有は心のつながりを深めるものだと思うから、こういうイベント事は積極的に取り入れたいもの。
本当はもっと同性愛を意識した作品を見たい思ったけれど、いくら百合好きとはいえ、なぜそんなディープな映画を"みんな"で見ようと言ったのかが怪しまれてしまいかねない。今回の映画作戦は、あくまで友だち以上の関係の"好き"を、というものを、作品を通して意識してもらいたかっただけで。今までを見ている限りでは、女同士という点には受け入れこそすれ否定する様子は皆なさそうであったから。
「百合葉……ちゃん」
そこで僕の袖を引っ張りながら、訊ねるゆずりん。
「あの映画は百合モノ……だった?」
「どうだろうね。でも、きっとユズも見たかったでしょ?」
コクリと頷く彼女。以前に広告ポスターを見ていたから、もしやと思っていたのだ。こちらも成功したみたい。
「これもまた、我が創作の糧とナル……ふっふっふっ……」
「いいね」
そして、こういう中二病キャラに成りきるときは、テンションが高い証だと分かってきた。満足いただけたようで。しかし何だろう。今回は怪しい魔女系のキャラか何だろうか。そのときのノリでキャラがころころ変わるけど、座敷わらしみたいなパッツン髪には、これが一番似合っている気がする。
 




