第73話「勉強前のドリンクタイム」
「そういえば明日やばいんだった!」
なんて仄香の一言が昼休みの幕開けに。ゆっくりなんぞいざ知らず。僕らは急ぎご飯を食べたのち、教室で机を合わせている。
「再試験……アシタ……?」
「ぜんっぜん勉強してなぁーいっ!」
なんて、テスト前の焦りを今さら。
「落ち着いて、大丈夫だよ。僕が教えるから」
「ああああやや、やばいやばいやばいどうしたらっあ、どれを始めにやるんだっけ!? テストっていつだっけ!?」
「先生言ってた……。来週……の、金曜日……ッ」
「はぁーっ!? やばすぎじゃん!」
「いやいや、もし来週だったら間に合うからね? あくまで先週から見ての来週だから……。焦りで記憶がこんがらがってるよ?」
「やばいやばいやばやっばっばー」
「それ一周回って落ち着いてるでしょ……」
時空が歪んでいるとしか思えなかった。
※ ※ ※
そんなこんなで、昼食をさっさと食べ終え、僕らは教室で勉強の体制を。
「咲姫も蘭子もゆっくりで良かったんだよ? つらくなかった?」
「問題ない。早食いは得意だ」
「わたしはそんなに量を食べなくても平気だしぃ」
「二人のピンチとなれば……な」
「だよねぇ。早く終わらせちゃいましょ~っ」
なんて、協力的な二人で安心する。
しかし……。
「あっ、その前にジュース買いに行こーよ」
大きく挙手して提案するのはやはり仄香ちゃん。ちょっとでもニマニマと勉強したくないオーラが見え見えだ。困るのは本人なのにね。
「そんな場合ではないんじゃないのか?」
「大丈夫! すぐ戻る! 戻るからっ!」
「食べた後お茶飲んでたしぃ、そんなにのど乾いてないでしょお?」
「そんなことないっ! 頭使うなら糖分摂取しないとねー。大切な勉強前のドリンクタイムだぞぉー?」
「集中には、糖分……重要……」
蘭子と咲姫が反対の中、譲羽は怪しさ満点の仄香に賛成のよう。
つまり、今は二対二。僕の意見で結果が左右されるワケで。
「うーん……」
みんなの視線が集まり、ちょっと落ち着かないまま考える。それを察したのか、仄香は僕の太ももに手を添えてさする。
「ねーえー。オネーチャン、いいじゃんかぁー。五万出すからさぁー」
「さり気なくセクハラすんじゃないよっ」
「うへぇー」
地味に高いなと思いつつ頬をつねってやる。そんな彼女は顔をゆがませるもニヤけが取れておらず、反省の色は無さそうであった。まったく、油断ならない子だ。
「要するにあんまり時間を食われなきゃいいんでしょ? こうしてるのももったいないし、僕も買ってくるよ」
「まじ? 五万でヤレんの?」
「生々しい話を続けるな!」
「うっしっしぃー」
などと、僕がひっぱたこうとすれば今度は逃げられてしまい、笑いながらドアに向かって走る仄香。からぶった手が虚しく落ちる。くっ、このセクハラ娘め……。
「ならば、私たちは先に始めてるぞ?」
「ユズちゃんに教えてあげるねぇ~」
「お願いっ、しま……す!」
「おっけー。頼んだよ」
どんなテンションなのか、両手のペンを天に掲げるゆずりん。この子はやる気満々みたいだけど……。
「なぁにを買おうっかなぁー。イチゴミルク? 炭酸? エナジードリンク? もう全部買っちゃえばいっかー!」
こちらは時間がかかりそうである。
※ ※ ※
口移しハイチュー事件を気にしてないのか気にしないようにしてるのか、仄香はいつも通りのテンションで僕と一緒にジュースを買いに廊下に出る。それぞれの階の端に赤い自販機があり、現金か電子マネーで買う事が出来る、便利な仕様だ。
「いやいやー、わっりぃなぁー。あたしのわがままに付き合ってもらってぇー」
「僕は勉強しなくて大丈夫だし、構わないよ」
「んんんっ? 今のはイヤミかなぁー!?」
「……自業自得なだけだからね?」
呆れるのも慣れたものだ。
「ぶーぶー。いいもんっ、めっちゃ教えてもらうしっ。覚悟しいやぁ……」
「むしろこっちがそのつもりだよ……」
ニヤリと怪しく微笑む彼女にやれやれとため息をこぼす。担任で部活顧問である渋谷先生に、勉強を見てくれと言われているのだ。ぞれは友だちとしても当然だけれど、部活をすんなり通してもらった以上は彼女らが勉強に困らないようにしないといけないのだけれど……。その彼女自身は自分の置かれている現状を把握できているのだろうか。
そうしてたどり着いた階段前の自販機である。いつぞや休日みたいに今度は何をボケてくるかなと仄香を見る。
「なんか奢るぞよー」
「いやー、それは悪いよ」
「おしることか?」
「悪いよっ!」
案の定だよ……。
そうして。指差したおしるこから手を離し、仄香はブレザーのポケットをさぐり……と、あれ? 色々なポケットをパンパンと叩き出したぞ?
「ああーッ! うぬぬー。サイフわすれぇ~たぁ~。ゆーちゃーん、奢ってぇー」
案の定だよ……。
「電子マネーも?」
「そうそう。学生証、おサイフゥの中っすわぁー」
「まあ前回おごってもらったしね」と呟いて自分の財布を取り出す……んんん? 結局あのときは仄香は一円も出してない? ……まあいいでしょう……。常におごられたいワケでも無さそうだし。
「仕方ないなぁ。何飲みたいの?」
「ゆーちゃんセレクトでッ!」
「はいはい。じゃあコーラね」
僕は財布のチャックを開き見る。あれっ、小銭が切れるなぁ。なら、仄香の分だけでいいかと思い、自販機のボタンを押す。ガチャンと、ボトルが落ちる音がするも、仄香は取り出す様子は無し。どうしたのかなと見やる。
「ゆ、ゆーちゃん。もう、大きいお金しか無いよ?」
「ゆーちゃんの分はどうするの……?」と、少し申し訳無さそうにしていたのだった。というか人の財布を覗き込んではいけませんっ! なんて思うけれど、この子の顔を見ていると指摘する気も起きず、見逃してあげたくなってしまう。フリーダムな雰囲気のなせる技だろうか。
「うーん。お札崩したくないなぁ」
「じゃらじゃら邪魔になっちゃうよぉー……」
考える僕。ところで彼女、小銭が出るのが嫌なのは庶民と一緒なんだなぁと思ったり。
仕方ないなと僕はコーラを手に取れば、それをじっと見つめる仄香。やはり喉が渇いているのか、ゴクリと喉を鳴らすも、"ちょうだい"とも言えないみたいで……それなら――――。
「ああっ!」
プシュッとふたを開けておもむろに飲みだす僕。ゴックゴックと。しかし、強い泡に喉を焼かれる思いもここは我慢だ。でも……。ああ痛い! 勢いが痛い! これだから強炭酸は苦手なのだ。
そうして大きく三口分は飲んだ辺りで、「プハァッ」なんてわざとらしく息を吐いてから、彼女に飲んだボトルを渡す。
「じゃあ、僕と半分ずつね?」
「……なんかイーね、それ」
不安そうな顔が一変。いつものニヤケ面に変わったものだから、プチドッキリ成功だ。
「ユズにも、サッパリ目にサイダーを買ってあげよっか」
「そーだねー。お昼あんまり食べれてなかったから欲しがってるかも」
「コーラはなんか苦手そうだし」
「パワフルって感じだもんなぁー」
お札を入れてボタンを押しガシャコンッ。僕はサイダーを取り出す……けど……。
「あっ……」
「あっ……」
「お札崩しちゃったね」
見合って二人「あははっ」と笑うのだった。




