第70話「蘭子の疑惑」
「咲姫と何を話していたんだ」
完全下校時刻前特有の静まりつつある校舎の中。ふざけあう仄香、譲羽、咲姫の三人を少し離れた後ろから眺めながら、蘭子が言う。僕としては、あの三人というボケ二人柔らかなツッコミ一人という面白い組み合わせを見ていたいものだけど、僕は顔を蘭子の方へ向ける。
「何を……って、何が?」
「さっき、窓から顔を出していたじゃないか。二人でしばらく話していたのだろう?」
わざわざ訊いてくるからには何か引っかかるものがあるのだろうか。そう、推察する通りである。この子、なかなか見抜く力がありそうだなと思いつつ、なんの話からだったかなと思い起こす。
「今日の調理実習の話だよ。咲姫の包丁さばき上手だったよねぇ」
「まあ、確かにそうだったが」
唇を結び黙る蘭子。生徒のいない四階の廊下では前を歩く三人の声ばかりが響いている。
「すまない、訊き方を変えるな?」
そう言うと少しばかり逡巡して、
「君が待っててと言い、そして、咲姫が窓から離れる直前、風でカーテンが大きく揺れてたとき……何をしていた?」
ずばり、肝心な出来事について触れてきたのである。
ああ……。蘭子が部室に入ってきてすぐに譲羽と仄香のもとへ行ったから、僕らのことなんて気にしていないと思っていたけれど、見られていたのかぁ……。蘭子の疑惑は正しいものだけれど、そのことにはあまり言及して欲しくないもの。
「うーん? そのときは夕日を直に見ちゃって目を痛めてさぁ。何も見えなかったから動けなかったんだよねぇ」
「……そうか」
無表情のまま、一応納得はしてくれたようで、僕から視線を逸らす彼女。もしかしてカーテンの向こうから見えていた? 疑えるだけの見え方はしていたようだし、その可能性も念頭に置いて今後の発言には気をつけないといけないな。
「君たちは仲が良くていいな」
間を置いてからしみじみと彼女は言う。それは少し寂しそうに。
「そう?」
「仄香と譲羽とも……そして、咲姫とも」
「まあそりゃあねー。付き合いは短いけど、みんな個性的で面白いよ」
ほらと言わんばかりに、前ではしゃぐ三人……咲姫がお子さまな二人に振り回されている様子を手で指し示す。
「そう言ったって、蘭子も一緒じゃんかー」
「私は君たちのグループに、後から入ってきたじゃないか。どうしても、思ったことをそのまま指摘してしまうから、皆に煙たがられているのか、認められているのか、不安になるときがある」
「そんなことはないと思うけどなぁ」
本人もキツい性格である自覚があったんだぁとは感じるけど。ナルシストで中二病な彼女の事だから、そういうオブラートにつつまない真っ直ぐに物言う性格に納得しているのかと思っていた。
「気になったのは最初だけかな。最近は、みんなの保護者的な立ち位置だし、打ち解けてると思うよ」
「そうだろうか」
「大丈夫大丈夫、あの二人の無邪気さを見てみなよ」
相変わらず咲姫を困らせる、目の前ではしゃぐ二人を指しながら。
「それに、最近は蘭子と咲姫、仲良さそうだしぃ」
わざと口を尖らせそう言うと、うむと考える蘭子。
「私は……。彼女の考えていることが分からない」
「あぁー……」
それはあるかも。あーんさせたり、下校時にこれ見よがしにベタベタしたり。ここ数日は蘭子を狙っているようにも見えて、でも僕にもちゃんと気があるように見える。現にさっきだって……。
「まあ、好意はあるみたいだし。仲良くしてあげてよ」
「そうは言ってもな……」
迷うように口をまごつかせ僕から顔を逸らす。んん? なんだろうこの雰囲気。蘭子は咲姫に苦手意識を持っている? そんな様子が読み取れた。
「咲姫はともかく、今日だってカレー食べながら冗談言い合って楽しかったでしょ? 違和感なくて自然だったし、あんなノリでいいよ」
「あれは……ちょっと本気で……」
「えっ?」
僕をペットにするとか言ってた気がするけど? 蘭子ちゃんドS説濃厚かな?
「いや……なんでもない」
首を振り、滑らせた言葉を否定する。本気だったの? 趣味を疑うなぁ……。まあゆずりんだってどこと無くレズりんっぽいし、みんな変わり者ってことで気にならない……かな?




