第07話「初修羅場」
「こほん」
僕が天使の笑顔な仄香ちゃんに見とれていると、わざとらしい咳払いをする咲姫。いけない、彼女をほったらかしだった……。
「勉強……するんでしょお?」
咲姫がニッコリと首をかしげ問い掛ける。怖い……笑顔なのに怖いです姫様……。
「そ、そうだね。どうしよっか」
「あっ、でもぉ~。ほのちゃんは補習で勉強するから大丈夫じゃないのぉ?」
「オーノーッ! 懊悩悩めるオーノーッ! 補習だけじゃあ付いていけんぜよ!」
Oh, NOーッ!? 仄香ちゃんには優しくして!? なんで突然拒絶的になっちゃったの咲姫ちゃんっ!
「補習だけじゃあ不安だってなら、基礎がちゃんと出来てないのかもね……点数は?」
「れい点っ!」
「えっ?」と僕と咲姫の声がハモる。
「どれが0点なの?」
「ぜんぶっ!」
「へ、へぇ~……」
僕と同様に呆れて物も言えない咲姫ちゃん。う~ん、激レアショットゲット! ……心のメモリーに保存してる場合ではなかった。
「満点取るなら努力が必要だけど、れーてぇん取るのはもはや勇気! スゴイ! あたしヒーローになれんじゃねっ!?」
「いや、ダメダメヒーローでしょ。子どもの喧嘩すら解決せずに、すぐ投げ出すタイプでしょ……。仄香、本気で解けなかったの?」
「違うんだってー。五分くらい眺めて無理っぽいから寝ただけー」
「それを途中で投げ出すって言うんだよ……」
かなりの強者を引いてしまったようだ……。しかし、このアホの子美少女を手放すワケにはいかない。なぜなら美少女だからさっ!
「とりあえず教えるからさ、一からやり直そうか」
「おういえっ!」
「あのねぇ~?」
しかし、その提案を待ったをかける咲姫。
「どうしたの?」
「ほのちゃんに教えるなら、百合ちゃん一人でも大丈夫じゃないかなぁ~って。わたし帰るねぇ~」
「あぁ、ちょっと待ってよ!」
咲姫がカバンを手に伸ばそうとするため、慌てて制止する。なんてことだ。僕のハーレムはみんな仲良しじゃないと駄目なんだ。こんなところでハーレムを諦めてなるものかっ!
「何よ、百合ちゃん」
ツンとした態度の彼女。チラチラ横目を投げるからには止めて欲しいに違いない。どうやったら彼女の機嫌を……何を言えば……。
「僕には君が必要なんだ」
なんでだよぉ~ッ! 馬鹿かよぉ~ッ! そこは口説いてる場合じゃ無いでしょ!?
「そ、そお……?」
なんか効いてるしーッ!? この娘カップルごっこがしたいんだな間違いないよ! というか落ち着こうか僕っ! はいっ! ヒッヒッフーヒッヒッフーってそれは出産の呼吸だよっ!
「あー、あのさー」
そこで助け船仄香ちゃん。さあどうやって咲姫を引き止める……?
「あたしもゆーちゃん"だけ"に教えて貰いたいなーって」
火に油でしか無かった!
そんな上目遣いの仄香のセリフを聞いて、眉をひくつかせる咲姫。
「なぁに~ぃ? ほのちゃん。わたしから百合ちゃんを取ろうって言うのぉ~?」
そして、ヘンッと真正面から対抗する仄香。
「自分で帰るって言ったじゃん。あたしらは仲良くお勉強してるから、大人しく消えたら?」
「二人とも落ち着いてよーっ!」
お互いに視線をぶつけ合う。おおう、こんなに早くから修羅場かな……? どこで間違ってしまったのだろう……。
教室の喧騒が遠くに聞こえる。バチバチと火花が散る。ああ、僕の百合ハーレムの夢はこんなにも早く終わってしまうのか……。
何が駄目だったんだろうと僕が思い返しているそんな中、フッと息を吐く音。
「あっはっはっはっはっ!」
「うふふっ」
仄香が突然笑い出し、それにつられてか咲姫も柔らかく微笑む。
「えっ?」
んんんっ? 何が起こったんだ? 展開に着いていけないぞ?
「いやぁー、会って早々こんな茶番繰り広げられるなんて、やっぱ二人とも気が合うわぁー」
「修羅場ごっこぉ~」
「ねぇーっ」とハモる二人。あれっ? あれれっ?
「どうしたの? ゆーちゃん。お口あんぐりだよ?」
「二人とも……お互い気に入らないんじゃなかったの?」
「だってゆーちゃんがクッサ~いセリフ言ったから始めたんでしょ」
「あ、あぁ。言ったわ確かに……」
仄香の言葉に、なんだぁ……と脱力。そりゃあ日常のド真ん中であんなセリフは冗談だと思うよね。演技に思われたのならそれで良かった……。
「わたしも途中から楽しくなっちゃったぁ~」
「ホントねっ、またちょいちょいやろーよ。修羅場ごっこ」
「良いわねぇ~っ」
両手を握り脇"わき"でパタパタと楽しさを表現する咲姫に仄香が賛成する。でも突然始められたら心臓が止まりそうだから勘弁だなぁ……。
「そういえば、流石にあたし一人が二人に見てもらうのは申し訳無いから、助っ人連れてくるよー」
仄香から新しい提案。教えてもらう側は助っ人ではないと思うけど……。とにかく誰だろう、美少女ならいいなっ!
タッタッタッと小走りに教室前方へ駆けてゆき、教卓前の席に座っていた女子にちょっと話し掛けたかと思えば、強引に立ち上がらせ連れてくる仄香。えっ、その子は……。
「この子も赤点みたいだからよろしくぅー」
前髪で目元を隠しもじもじする立ち姿。鳳さんである。