第66話「でっきあっがりっ」
そんなこんなで、調理実習も休み時間に近付いてきて……。
「やっと煮込むところまでいけたね……。長かった……」
「ここまで常識知らずとはな……」
「わたしも疲れちゃったぁ……」
げんなりとする僕、蘭子、咲姫の比較的大人しい組。
比べて残りの二人はというと……。
「おういえっ! 常識破りのうちらは最強! カレーがグツグツ、お米がパッパッ。個性が溢れる料理に調理っ! いぇいぁ!」
「業火に耐えた熱鍋が、大地の恵みを溶かし飲み込み、異国に伝わる秘薬までもを、その身に宿して精神の高みを目指す……ふへへ……」
仄香も譲羽も、相変わらず謎のテンションであった。
「すっげー! つまり美味しく出来るじゃん? やったぜ! 最大火力だぁっ!」
「やめなさいっ!」
せっかく弱火でトロトロ煮込んでるところなのに仄香がコンロのつまみに手を掛けるものだから、ペシッと手を払いのける。
そうしたら「うへへ」と苦笑いする彼女。
「さすがに強火にはしないけどねー。ちょっとおふざけ過ぎたわー」
「分かってるならいいけど……」
「ごめんごめんっ」
素直に謝る彼女。でも、どこか本気でやりそうな雰囲気もあるから怖いもの。
そんな僕の心配はよそに、鍋から出る湯気を手で扇ぎ嗅ぐ仄香……その嗅ぎ方は理科の薬品の嗅ぎ方じゃないの?
「ええ香りやのう」
「火傷しないようにね」
「分かってるよぅ。ところで、もう"アク"は取らなくていいんだよね?」
「うん、大丈夫かな」
取るときにいちいち「もったいなぁーい!」と言われ続けたから、もし今アクが浮いてても放置したいんだけど……。アクという存在を気にしたくない……。
「悪ならさっき百合葉ちゃんが、滅していた……。カンペキ……」
「なに? 僕はヒーローか何かなの?」
ちょっと言い回しが気になるぞ? ちなみに取り除いた"あく"はゆずりんが飲みたいと言い出したので、スープみたいに器でゴクゴク飲ませてあげたから、滅することなく取り込んじゃったんだなぁ……。雑味とはいえ栄養価は高そうだから、身体に良いと思うけど。
「ねぇーまだー? おなかすいたー」
「あとたかだか数分でしょ? 駄々こねないの、子どもじゃないんだから」
「ルーがトロトロだったんだし余裕でしょー」
「弱火で煮込む時間が大切なの。そろそろ良いかもだけど……」
せかす仄香につられ、かき混ぜていたお玉から器に軽く入れ味見してみる。僕はじっくり煮込む派だから、少しまろやかさが物足りないけど……
「まあこんなものかなぁ」
「まだ時間掛かりそうかしらぁ」
訊ねる咲姫。僕はうーんと首を傾げる。
「もう充分な気がするなぁ」
「どれどれぇ~」
料理のために結んだポニーテールを揺らす咲姫ちゃんが僕から器を受けとり口付ける。あっ、間接キス。意識してるのは僕だけじゃないよね? と思って彼女の唇に見とれていたら、横目に僕を見やる咲姫。それだけできゅんとトキメキもう胸いっぱいになっちゃったり。
「別に煮込み足りないことは無さそうだし、これでいいんじゃなぁい?」
「そうだね、昼休みも近いし……。出来上がりってことで!」
「うっしゃー! でっきあっがりっ。でっきあっがりっ。ほい、ゆずりんもっ!」
「でっきあっがりっ……」
僕の宣言にテンションを上げた仄香が譲羽を巻き込んで、両腕を交互にあげる奇妙な踊りを繰り広げる……。なにそれ雨乞いか何かなの?
「はいはい。出来たから騒がないの。ゆっくり、よそっていくよ」
「アイアイサー」
返事をする仄香。しかし、盛り付けも彼女には任せられない。咲姫がお皿に炊きたてのお米をよそい、僕がルーをかける。その横に割り入るように蘭子。
「受け取るのは私がやろう。仄香と譲羽では少々不安だ」
ごもっともな提案する。だけど正論とはいえハッキリと言うなぁ。対する仄香は……。
「うぬぬっ……。異議なしっ!」
「本人も認るんだね……」
素直でよろしいことだけれど。
「じゃあ並べる係やる……」
言ってユズが蘭子の横に立つ。それに仄香も続く。
「そうしようぜぇー。二人のコンビネーションで美しく並べてやるよいっ!」
「汚くなければそんなもの必要ないよ……」
テトテトとそれぞれの席に皿を並べる二人。基本お皿は空中で持つことなく机の上での作業なので安心。
ところで周りを見渡せば他の班はもう食べ終わるところまで進んでいて、僕らが最後の食べ始めだった。そりゃあそうだ。なにせもう昼休みは目前なのだから。遊ぶ二人に時間を食わされてたんだ……。カレーは食べられてないのにねっ。




