第64話「ごきげんよう」
咲姫の為のサプライズ誕生日パーティーによって好感触を得られたその翌日。
登校し教室に入る僕。中の様子を伺うも、我が美少女たちは、まだ蘭子しか居ないようだった。
「ごきげんよう、蘭子」
「おは……ごきげんよう」
「あはは。慣れないよね」
疑問顔に返されてしまい、僕は照れ隠しに笑って誤魔化す。ここは一応お嬢様学校だから学院長のこだわりなのか、この学校はごきげんようから始まるのだ。
そこへ、前の扉から教室に戻ってきた仄香、譲羽、咲姫が。
「おっすおっすゆりはすはっす~! おっはようだぜぃいぇい!」
「今日も、平穏なる日々の始まり……オハヨウ」
「おっはぁ~」
三人が次々に挨拶を。あれれ? 言い方は違えど普通に"おはよう"だ。最後の咲姫もだ。
「そういえば二人は中等部からここに上がってきたんだよね? 朝の挨拶って"ごきげんよう"じゃないの?」
疑問に思いながら首を傾げて、仄香と譲羽に向けて訊いてみる。
「あはははは! そんなん使うわけ無いよーっ! お堅い先生の前だけ!」
「先生以外に使ってる人……見ない……」
「あれだよあれあれ! 時代覚悟ってやつ!」
「"時代錯誤"ね、何を覚悟すればいいの……」
「それよ! ちょっと錯誤ってるわぁー」
「いやよくわかんないかな……」
相変わらずの仄香ちゃん。日本語のミスも気にせずノリで押し通す。
「表向きだけだったんだな。騙された」
「んんんー? あっるぇ~っ? 蘭子ちゃんさん騙されちゃったのぉー? はっずかしいなぁ~?」
「くっ……」
そんな仄香に煽られ蘭子は少し悔しそうに唇を引き締める。ウザ可愛いアンドギャップ可愛い。
「わたしは途中で気付いたけど、入学し始めはごきげんようって挨拶してたわよぉ~。今思うと恥ずかしくなっちゃうけどねぇ~」
苦笑いし顔を覆う咲姫。こちらも可愛くてよいぞ?
「あれよ? この学校、お嬢様学校気取ってるだけでそうでもないんよ?」
「設備が整ってて校則が少し厳しいダケ……」
「充分だと思うけどなぁ」
仄香も譲羽もやっぱり本人達は自覚が無いみたい。箱入り娘感が強いのだ。少なくとも、彼女ら二人はたくさんおこずかいもらってるみたいだし。
「言うけど、そういやお嬢さん方! 今日は調理実習だぜ! 準備はいいかな~っ!?」
「仄香はとくに準備なんて無いでしょ」
「んー? お腹の準備とか?」
「せめて料理する心の準備くらいはしてね?」
まさか食べるつもりでしかないだなんて……。
「すまないな、百合葉に任せっきりで。具材は用意できたのか?」
「大丈夫だよ。朝一番で家庭科室に具材を入れてきたから」
「ありがとう……あたし、買い出しは不安ダッタ……」
「このくらいどうってことないよ」
そう。僕が具材の買い出し係かつ、リーダーなのだった。労力の偏りがあるけれども、こういうのは自分でやってしまわないと不安でしょうが無いのだ。もしかしたら、リーダー気質なのかもしれない。
ただ、このシステムが、お嬢様方の買い物スキルの為なんじゃないかと思い始めて、失敗したかなとも思う。
「お主ぃ~もしや、あたしらから集めたお金を着用してはおるまいなー?」
「それを言うなら着服ね……そんなのするわけないよ……。ほらレシートとお釣り」
月曜日に家庭科の先生から言われ、集めたお金の使い道。仄香が少しでも良い肉をっと言うので、お釣りがほとんど出ないように計算し尽くしていたのだ。残るは十円玉と一円玉が数枚。そして、五円玉。
「ほら、着服する?」
「へいっ! 着用っ!」
僕が冗談を言えば仄香は、本当に着用したのだった。とは言っても、ひたいに五円玉を貼り付けただけだけれども。アホ可愛い。
「あー、すぐに落ちちゃうなー」
「やめなさいよぉ。ひたいに痕が残っちゃうじゃないのぉ~」
「馬鹿にしか見えないな」
「それでいいんだよ!」
彼女は強く押しつけていた五円玉をはがし、そしてそのまあるく残ったひたいの痕を見せつけてくる。
「へいっ! 第三の目!」
「なんてコト……仄香ちゃんは悪魔の申し子だったの……ネ!」
「そうだぜー! 呪っちゃうぜー!?」
そんな風に遊ぶ仄香とノってしまう譲羽に、僕らは呆れたまま眺めるだけだった。
「お馬鹿さんよねぇ……」
「馬鹿でアホだな」
「あほのかちゃんだね……」




